何がドーピングの内部告発を阻んでいるのか? 欧州6カ国のアスリート対象定性的研究
アンチ・ドーピング活動の推進のため、ドーピングの内部告発は効果的な手段だと考えられている。しかし実際に内部告発が広く行われる状況にはなっていない。これには、アスリートに、問題を部内者のみのこととしてとどめておきたいという願望、告発後に自分が告発したとばれる可能性があるというコスト、社会的サポートの欠如などが関係していると考えられるという。欧州6カ国のアスリートを対象に行った定性的研究の結果として、論文が発表された。要旨を紹介する。
アンチ・ドーピングについて
アンチ・ドーピング情報ロシアの国家ぐるみのドーピングは、内部告発で明るみになった
論文のイントロダクションでは、ある事例が紹介されている。その事例とは、2014年に、ロシアの陸上競技アスリートとロシアアンチ・ドーピング機関の職員の二人がドイツに移住し、ロシアのスポーツ界で組織的に行われていたドーピング行為を内部告発したことだった。その後、周知のとおり、同国では国家ぐるみでシステム化された大規模なドーピングが行われていたことが、明らかにされていった。
二人のドイツへの移住はロシア政府からの報復を恐れたためであり、実際、世界アンチ・ドーピング機構(World Anti-Doping Agency;WADA)は2016年に、告発者の個人情報がハッキングされていた事実などを明らかにした。これにより、内部告発であっても相手次第で組織的な報復を受けるリスクのあることが示された。
この事例は、内部告発がドーピングのような不正行為の排除に極めて有効であることを示した。WADAも、本人がドーピング行為に関わっていた場合に内部告発をした場合には、告発者への制裁を軽減する規定を設け、アンチ・ドーピング活動の推進力の一部として利用している。しかし、内部告発が十分機能しているとは言い難い。著者によると、内部告発をし得る状況にあるアスリートが、内部告発をするか沈黙を守るかを規定する因子は、「ほとんどわかっていない」という。
欧州6カ国、33人のアスリートに半構造化インタビュー
この研究は、欧州6カ国のアスリートを対象とする定性的研究として実施された。内部告発の経験者を募集することは困難であるため、まず内部告発に詳しい専門家を特定したうえで、インタビューに応じることのできるアスリートを募集。適格条件は、年齢が18歳以上の競技アスリートであることとし、最終的に男性19人、女性14人、年齢24.78±4.75歳(範囲18~45歳)のアスリートが参加した。国籍はギリシャが9人、スペイン6人、ルーマニア3、英国、ドイツ、セルビアが各5人であり、行っている競技はバスケットボール、フットボール、トライアスロンなどで、競技レベルは国際レベルが19人、国内レベルが10人などだった。
研究参加者には匿名であることを保障し、英語または参加者の母国語でインタビューが実施された。このインタビューではまず、ドーピングと内部告発の定義を明示したうえで、次のシナリオを示し、自分がどのような行動に出るか答えてもらった。
示したシナリオは、「ある日、クラブの更衣室にいると、チームメート同士がステロイドなどのパフォーマンス向上物質(performance enhancing drugs;PED)の使用について話しているのを耳にした。その後でチームメート1人は別の1人に、容器に入った薬を見せ『これを飲むと記録が向上したり回復が速まる』などと話し、さらに、どこで入手できるかといった話をしていた」というもの。
インタビューの後半では、内部告発に関連する構造化インタビューが続けられた。インタビュー時間は平均35分(範囲25~50分)だった。
分析により、内部告発に対する考え方と、その実行を阻害または促進するいつくかの要因が浮かび上がった。
内部告発に対する態度と、その阻害要因・促進要因
内部告発の阻害要因
参加者の間では、ドーピングは非倫理的であり競技スポーツの精神に反するというのが一般的な見解だった。そして、ドーピングと思われる行為を告発する義務があると感じていた。ある参加者は、「嘘をついたりすることで、自分自身に責任を負わせることはできない。なぜなら、それによって自分自身を違反のリスクに曝してしまうからだ。また、何も言わないことも偽証に該当し、何か言うべき道徳的な義務を負うと考える」と話した。
問題を部内者にとどめる
多くの参加者が、ドーピングを知った時に最初にとるべき行動は、ドーピングの疑いのあるアスリートと直接、向かい合うことだと主張した。一部の参加者は、内部告発よりも、アスリートと話し合うほうが良いと回答した。ある参加者は、「私は、とくにチームメートを密告するような人間には絶対になりたくない。なぜなら、チームメートはある種の家族であり、コート上では自分の命を託すほどの存在だからた。自分が全力を尽くして説得し、やめさせ、問題に対処できるよう手助けする。決して告発はしない」と話した。
しかし、一部の参加者は、パフォーマンス向上物質(PED)使用の疑いについて直接チームメートと対峙しても、問題の迅速な解決にはつながらないことを強く認識していた。ある参加者は、「もし、そのような行為を行っているのが親しい友人で、『ナンセンス、関係ない』と言われたとしたら、私はもう一度考え直さなければならないだろう」とし、別の参加者は、「自分以外の選手やチームがどう反応するかを知る必要がある」と話した。
個人的なコストの認識
告発をためらう理由は、報復を受けるかもしれないという恐れなどの「コスト」の認識の影響も挙げられる。ある参加者は、「チーム内に亀裂を生じさせたくはない。亀裂によって、チームから排除されたり、評価されてなくなる可能性がある。長い間ともにトレーニングしてきた仲間全員から疎外されたくはない」と述べ、別の参加者は「告発によって、チームメートからの信頼を失うことになるのではないか。もちろんそのような結果は正しいことでないが、それが社会の仕組みであって、一部の人の道徳観や価値観は明らかに私とは異質である」としている。
内部告発の促進因子
上記のほかに、内部告発の阻害要因としては、チームの雰囲気、ドーピングに対する組織の姿勢、社会的なサポートの欠如などが特定された。一方、内部告発を促進する可能性のある因子も浮かびあがった。
保証
研究参加者は、自分たちの告発が極めて慎重に扱われ、当局が徹底的な調査を開始するという保証の必要性を強調した。ある参加者は、「告発するからには、それが真剣に扱われ、厳重に秘密が守られ、調査されてほしい。ただ隠蔽されて無駄になることは避けたい」とし、別の参加者は「告発した結果がその選手に対する警告だけで終わるのであれば、告発というリスクを冒す意味がない」としている。
匿名性
ドーピング行為を知り得た場合に内部告発をする意思を表明した参加者の多くが、どこにどのように報告すればよいかわからないと回答し、第三者機関の存在を求めた。「ドーピングスキャンダルを望んでいる競技団体はないだろう。告発しても口封じしようとする動きもあるのではないか。私は独立した組織に報告したい」という参加者もいた。
論文の結論は、「内部告発が有用であることをアスリートに十分納得するさせることが困難なようであり、ドーピング行為を特定する手段として内部告発に過度に依存することはできないかもしれない。とはいえ、我々の研究結果は、公平な規範を推進することで、アスリートが内部告発をチームの結束力を高める手段と見なすようになり、その結果、内部告発が増える可能性を示唆していて、期待がもてる」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Qualitative analysis of the factors associated with whistleblowing intentions among athletes from six European countries」。〔Front Sports Act Living. 2024 May 7:6:1335258〕
原文はこちら(Frontiers Media)