オーバートレーニング症候群をどのように診断するか スコーピングレビュー
まだ確立された診断基準のないオーバートレーニング症候群の診断についてのスコーピングレビューが報告された。複数の診断ツールとバイオマーカーが利用されており、現在、オーバートレーニング症候群と診断されているアスリートの臨床表現型は不均一なものである可能性が示されたと述べられている。
オーバートレーニング症候群の診断方法は確立されていない
トレーニングによる一定程度の過負荷は、スポーツパフォーマンスを高めるために必要な刺激だが、過剰な不均衡が長期にわたって続くとアスリートの健康を害し、さらにパフォーマンスの慢性的な低下につながり、アスリートとしてのキャリアに影響が及ぶことがある。このようなオーバートレーニング症候群(overtraining syndrome;OTS)の状態に陥ると、以前のレベルのパフォーマンスに再び到達することは困難とする報告もある。
英国からは、15歳の若年アスリートのOTSの有病率は30%に達するとする報告もなされており、OTSはまれでない。ただ、現時点でOTSの標準化された診断基準はなく、除外診断などによってケースごとに診断されている。
本論文の著者らは、OTS診断の現状をスコーピングレビューによって検討した。なお、スコーピングレビューとは、まだ十分な研究が行われていない領域の研究テーマについて、情報の整理や課題の抽出を目的とするレビューのこと。
文献検索の手法
スコーピングレビューのためのガイドラインであるPRISMA拡張版(PRISMA-ScR)に則り、PubMed、Web of Science、SPORT Discusを用いて文献を検索。各データベースの開始から2021年2月4日までに収載された論文を対象とした。採用基準は、ヒトを対象とした研究で少なくとも1種類以上のOTS診断方法を検討しており、英語、フランス語、ドイツ語で執筆された原著論文。
一次検索で5,561報がヒットし、重複、全文が公開されていないものを削除後の103報を全文精査の対象とした。最終的に適格と判断されたのは39報だった。
抽出された研究の特徴
39報の報告年次は1985~2020年であり、研究件数としては合計30件だった。
研究対象数は952人で、そのうちアスリートが328人であり、624人は比較対照群として研究に組み込まれていた。30件中5件はn=1の症例報告だった。
アスリートの競技は、3件がボート競技、2件がクロスカントリースキーであり、トライアスロン、スピードスケート、水泳、自転車が各1件で、19件は複数の競技アスリートが含まれ、1件は競技名が記されてなかった。
性別については全体で34.7%が男性、14.0%が女性であり、51.4%は不明だった。
OTS診断の根拠の一つであるパフォーマンスの低下を認めた期間は、すべての研究が少なくとも3週間以上だった。
OTS診断に用いられているツール
診断スコア
3種類の診断スコアが検索された。1つは臨床所見をスコア化し、別の1件は臨床所見と生化学検査値をスコア化していた。他の1件は臨床所見と生化学検査値、およびインスリン負荷テストの結果をスコア化していた。
これらの3種類の診断スコアは、男性アスリートにおけるOTSと非OTSとで有意差があり、鑑別に有用とされていた。
ホルモンレベル
17報で安静時ホルモンレベルの有用性が検討されていた。
OTSの可能性のあるアスリートに顕著な変化がみられるホルモンとして、血清テストステロンとエストラジオールの比、テストステロンの低下、エストラジオールの上昇、血漿または唾液コルチゾールの上昇、夜間尿中カテコラミンの上昇、副腎皮質刺激ホルモンの上昇、プロラクチンの低下、成長ホルモンの低下などが挙げられる。
一方、ホルモン分泌の変化は、11報で検討されていた。
心理的アンケート
OTSによるメンタルヘルスへの影響の把握に、ハミルトンうつ病尺度(HAMD)や気分状態評価質問票(POMS)などが活用されていた。また、オーバートレーニング質問票評価尺度(MADRS)、アスリートの回復ストレス質問票(RESTQ-sports)などの有用性も報告されていた。
心拍変動
R-R間隔などの心電図変化がOTSの影響を受けたアスリートの検出に有用とする報告もみられた。
代謝変化
OTSの影響を受けたアスリートでは超低密度リポタンパクやアポリポタンパクC3が低下するという報告や、グルタミンレベルの低下、グルタミン酸レベルの上昇、クレアチンキナーゼの上昇との関連などが検討されていた。また、赤外吸収スペクトル測定という手法により、糖や脂質の吸収の乱れからOTSを検出する試みも報告されている。
神経伝達物質
OTSの影響を受けたアスリートでは、セロトニン受容体の感度の低下やセロトニントランスポーターの減少がみられるという。
免疫学的パラメーターや酸化還元パラメーター
インターロイキン(IL)-1β、IL-6、腫瘍壊死因子(TNF)-αの上昇、あるいは赤血球グルタチオン、コエンザイムQ10、γ-トコフェロール、カロテノイドなどの抗酸化物質の減少との関連からOTSを特定しようとする研究もみられる。
筋肉と体組成などの変化
筋原線維の崩壊、筋肉量と体水分量の減少、あるいはテロメア長などとOTSの関連も報告されている。
脳波
OTSの影響を受けた100人のアスリートと健康な対照群100人では、脳波の違いが観察されたという。例えばOTSのアスリートでは、α指数の低下、β波の振幅の増加などが認められたとのことだ。
診断法の確立のため、より多くのエビデンスが必要
以上のように、現状ではOTSの診断にさまざまなツールが用いられていることが確認された。また、パラメーターを個別に使用するのではなく、複数のパラメーターを組み合わせてOTSを診断する傾向も認められた。この事実は、OTSが身体のさまざまな機能に影響を及ぼし得ることを表しているとも言える。著者らは、「OTSは異なる臨床表現型からなる不均一な症候群である可能性がある」とも述べている。また、「抽出された39報の研究は、総じてエビデンスレベルが低いと判定された」とのことだ。
結論としては、「OTS診断法確立のために、よりサンプルサイズの大きな研究、とくに女性アスリートを含めた研究、および、オミックス解析(ゲノム情報を利用した網羅的な解析)などが必要ではないか」と述べられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Diagnosing Overtraining Syndrome: A Scoping Review」。〔Sports Health. 2021 Sep 9;19417381211044739〕
原文はこちら(American Orthopaedic Society for Sports Medicin)