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香りでスピード感が変わる! レモンでは遅くなり、バニラでは速く感じる

2021年10月08日

香りで映像のスピード感が変わるという現象の存在が明らかになった。国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の研究チームによる論文が、「Frontiers in Neuroscience」に掲載されるとともに、同機構のサイトにニュースリリースが掲載された。著者らは、「この発見は、学術的に意義深いだけでなく、さまざまな産業への応用が期待できる」としている。

香りでスピード感が変わる! レモンでは遅くなり、バニラでは速く感じる

研究の背景

ヒトは視覚、聴覚、嗅覚など、いわゆる五感を通して外界の情報を得ている。例えば、映画を見ているときは視覚と聴覚、料理をしているときは嗅覚と味覚など、いくつかの異なる感覚を同時に使っている。さらに、互いの感覚に影響を及ぼし合いながら外界の情報を処理しており、これは「クロスモーダル現象※1」と呼ばれる。

クロスモーダル現象のなかでも、嗅覚刺激によるものは、香水のように香りによって自身や相手の気分を変える効果や、アロマセラピーのようなリラクゼーション効果などが知られており、日常のさまざまな場面で楽しまれている。しかし、そうした嗅覚刺激を利用したクロスモーダル現象の科学的研究は未だ発展途上であり、不明な点が多い。

その主な理由として、嗅覚刺激の制御の難しさ、嗅覚刺激に対する感性評価の難しさなどが挙げられ、それらは香りのクロスモーダル現象※1を研究する上で、大きな課題だった。

※1 クロスモーダル現象:ヒトの感覚において、視覚と聴覚、味覚と嗅覚など、本来別々とされる感覚が互いに影響を及ぼし合う現象のこと。

研究の成果

今回発表された研究では、心理物理実験の手法やfMRI※2実験を駆使することで、香りで映像のスピード感が変わることを心理学、生理学データに基づき科学的に実証することに成功した。

※2 fMRI:機能的磁気共鳴撮像法(functional Magnetic Resonance Imaging)。核磁気共鳴の原理を利用して、脳の神経活動に付随して生じる局所的な血流変化を計測し、画像化する手法。

まず、NICT発のベンチャー企業が開発した機器を用いて嗅覚刺激を制御し、心理物理実験の手法を用いて、実験参加者にモーションドット(小さな動く白点)の動きの速さを回答してもらった。

実験参加者は画面にモーションドット(小さな動く白点)が出る前に、1秒間、レモンかバニラの香り、もしくは無臭の空気を噴射される。その後、1秒間提示されるモーションドットが速かったか遅かったかをキーボードで答える(わからない場合でも、速いか遅いかの二択で回答する)。

香りの強度は、レモン、バニラが各2段階(レモン100%、レモン50%、バニラ100%、バニラ50%)で、モーションドットの速さは7段階あり、実験参加者は休憩をとりながら、計525試行の実験を行った。実験結果から、各実験参加者が異なる香りの条件でも同じ速さと感じるモーションドットの速さ(point of subjective equality PSE: 主観的等価点)を算出し、異なる香りが映像のスピード感に与える効果を定量的に調べた。

図1 実験概要

実験概要

(出典:情報通信研究機構)

この結果、同じ速さの場合でも、無臭時に比べてレモンの香りが伴う時は遅く、バニラの香りが伴う時は速く感じることを発見した。

図2 今回の実験で使用した装置、視覚刺激、実験結果

今回の実験で使用した装置、視覚刺激、実験結果

左上:実験に用いた嗅覚制御装置、左下:心理物理実験での参加者が視聴する画面、中央:心理物理実験によるスピード感の実験結果、右:fMRI実験による脳部位hMT、V1※3それぞれの脳活動の結果。
(出典:情報通信研究機構)

※3 hMT、V1:hMT(human middle temporal)は、主に視覚情報の動き(運動知覚)にかかわる脳の視覚野(図3の赤色)。V1は第一次視覚野のことで、最も初期に視覚情報を処理する脳の視覚野(図3の緑色)。

図3 脳を後ろ側から見た図

脳を後ろ側から見た図

(出典:情報通信研究機構)

また、fMRI実験で、実験参加者はfMRI装置内でほぼ同様の心理物理実験を行い、脳活動を調べたところ、香りによって視覚野(hMT、V1)の脳活動が変わることも確認され、視覚と嗅覚のクロスモーダル現象の存在が心理学、生理学データに基づき実証された。

図4 fMRI実験で使用した嗅覚提示装置

fMRI実験で使用した嗅覚提示装置

fMRI実験では、fMRI装置用の嗅覚提示装置、鼻マスクが使われ、実験参加者はfMRI装置内でも、心理物理実験とほぼ同じ環境で、安全に実験を実施した。
(出典:情報通信研究機構)

研究グループは、「嗅覚刺激によるクロスモーダル現象は、これまで、感情や記憶のような高次※4の脳機能への影響が取り沙汰されることが多くあったが、嗅覚刺激が映像のスピード感のような、脳機能の中でも低次※4の感覚に影響を与えることが発見されたことの学術的意義は大きいと考えている。また、心理学の問題で、『レモンは速いか、遅いか』という問いに、多くの人が『レモンは(どちらかといえば)、速い』と答えることがわかっているが、レモンやその香りの印象が、何らかの形で、スピード感と関連することが今回の研究結果からも示され、クロスモーダル現象とは何か、感覚とは何か、ヒトの情報処理の特性を知るうえで、今回の研究結果は非常に示唆に富んだ研究成果であると言える」としている。

※4 低次、高次:ヒトの脳情報処理には階層性(ヒエラルキー)があり、外界の情報を把握するためには、目や鼻などの感覚器から得た情報を、脳の感覚野で処理するという低次の脳情報処理にはじまり、その後、感覚野で処理された情報を使って感情や記憶といった高次の脳情報処理が行われるという考え。

今後の展望

今後の展望については、「香りによって、なぜ映像のスピード感が変わるのか、また、変わる理由は、時間感覚が変わるからか、注意の配分が変わるからか、など、その詳細なメカニズムを引き続き調べていく必要がある。NICTでは、基礎研究にとどまらず、今回の発見をVRやエンターテインメントなどへの産業に応用することも視野に入れ、今後の研究開発を行う予定」と述べている。

関連情報

香りでスピード感が変わることを発見 〜レモンは遅い、バニラは速い〜(国立研究開発法人情報通信研究機構)の

文献情報

原題のタイトルは、「Olfactory Stimulation Modulates Visual Perception Without Training」。〔Front Neurosci. 2021 Aug 2;15:642584〕
原文はこちら(Frontiers Media)

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