アスリートの引退に伴う心理的負担とは? 米国スポーツ医学会の総説
アスリートのスポーツからの引退に伴う心理的な負担に関する総説が、米国スポーツ医学会の「Current Sports Medicine Reports」に掲載された。アスリートとしてのキャリア終了後に、メンタルヘルスに長期的な影響を与える可能性があり、とくに怪我や疾病による不本意な引退はそのリスクが大きいという。また、引退後に栄養行動が変化することがあり、引き続き栄養指導が必要なこともあるとしている。内容の一部を紹介する。
イントロダクション
米国では、毎年約50万人の学生が全米大学体育協会(National Collegiate Athletic Association;NCAA)に加盟しスポーツを行っている。スポーツに参加することのメリットはほとんどの場合、リスクを上回り、体力の向上以外に社会的・文化的な環境に接し心理社会的な成長につながる。しかし、オーバートレーニングや精神的プレッシャー、それらに伴う、うつ、摂食障害、薬物使用など、一定のリスクは存在する。
学生アスリートのうち卒業後にプロの道に進むのは2%未満であり、その他の大多数は卒業と同時に自然なかたちでキャリアを終了する。キャリアを自然に終了した場合、その後の人生へ問題なく移行することが多い。これには成人期を通じてレクリエーションスポーツに参加する機会が十分に用意されているためと考えられる。
一方、怪我や疾病、または所属チーム等の環境により不本意に引退することになった場合、アスリートにかなりの心理的負担を与える可能性がある。
引退に伴う潜在的な影響と、それに対する介入
これまでの研究で、アスリートが引退時に直面するさまざまな潜在的な問題が指摘されてきた。また、それらの問題に対する関係者が取るべき姿勢、適切な介入法も研究されてきている。
不安やうつ病の症状を含む心理的苦痛:
スポーツからの引退後には、メンタルヘルス状態のスクリーニングを行うべき。また、引退に伴うある程度の心理的苦痛は自然なことであることを伝え、苦痛軽減のためのリソースを提供し、深刻な精神的苦痛の警告症状を教育する必要がある。なお、怪我に長期間悩まされたアスリート、複数回の脳震盪の既往、非自発的な引退などは、ハイリスクと言える。
体力は引退後に衰えやすい:
競技に参加するということ以外の目標を設定し、運動を継続する。そのような運動の健康上の利点は本人にとっては現役時代に比べて明確ではないかもしれないが、心血管系への好影響があることや筋力トレーニングのメリットを伝える。
アイデンティティの喪失:
キャリアの終了時に、スポーツ心理学者による介入も検討される。アスリートとしてのアイデンティティの喪失が、将来の目標にどのように影響するかを考慮する。
薬物使用の可能性:
引退時には、適切な飲酒行動を教育する必要がある。喫煙と薬物使用は有害であり、ストレス管理と健康的なツールを提供することで、使用を阻止する。場合によっては、薬物使用に関するカウンセリングの機会を提供し、匿名による支援のリソースを示す必要がある。
スポーツ以外では長期的目標が明確でないことがある:
学生アスリートはスポーツ以外に具体的な目標をもっていないことがある。現役時代に築いた環境から離れることも、新たな目標設定を困難にする可能性がある。組織や元アスリートとのつながりを提供する。
摂食障害:
栄養士またはチームドクターが介入し、スポーツの中止に伴う必要エネルギー量の急激な減少を伝える必要がある。また、引退後に生じる可能性のある摂食行動の変化について、カウンセリングの機会を提供する。
睡眠障害:
心理的苦痛の警告サインとして、睡眠障害が生じる可能性について教育する。論文では、上記のようなアスリートが引退後に直面する可能性のあるリスクを個別に解説。その上で、現役時代から引退後を視野に入れ、リスク回避のためのスクリーニングと介入のアルゴリズムを図示するなど、キャリア終了から新たな人生への移行をスムーズに進めるための多くの考察を加えている。
また、それらの解説に加え、アスリートの引退に伴う心理的負担をサポートするシステムの研究はいまだ不足していること、とくに女性アスリートの引退の影響の理解が著しく不足していることなどを指摘し、この領域の今後の研究の方向性について言及している。
文献情報
原題のタイトルは、「The Psychological Burden of Retirement from Sport」。〔Curr Sports Med Rep. 2020 Oct;19(10):430-437〕
原文はこちら(American College of Sports Medicine)