塩味が「おいしい」と思う仕組みを解明 塩を使わない塩味食品の開発にも期待
日本人には塩味が好まれる。それが日本人に高血圧の頻度が高い一因とされている。これまで、塩味をどのように「おいしい」と感じるのかはよくわかっていなかったが、その詳細なメカニズムが明らかになった。京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学教室の研究によるもので「Neuron」誌に論文が掲載されるとともに、同大学のWebサイトにニュースリリースが掲載された。将来的には、この知見に基づく効果的な減塩食品の開発も期待されるという。
研究の概要
食塩(塩化ナトリウム)の過剰摂取は高血圧のリスク因子であり、古くから減塩が推奨されてきたが、十分な成果をあげているとは言い難い。これには、塩味を感じる仕組みが理解されていないことの影響が大きいと考えられる。このたび発表された研究では、マウスを用いて舌の味蕾(みらい) ※1と呼ばれる味覚※2センサー器官の中の塩味を感じる細胞の同定に成功した。さらにこれらの細胞が塩味※3の情報を変換して脳へ伝える仕組みを分子レベルで解明した。
具体的には、マウスを用いた実験から、舌の味蕾で塩味を受容する細胞がENaC※4と CALHM1/3チャネル※5と呼ばれる分子をもつ細胞であることを突き止めた。さらに、食塩に含まれるナトリウムがENaCを介してこの細胞中に流入すると、活動電位と呼ばれる電気的インパルスが生じ、その結果CALHM1/3チャネルを通して神経伝達物質(ATP)が細胞外へと放出され、塩味情報を脳に伝達する神経を活性化させることがわかった(図1)。
図1 明らかとなった"おいしい塩味"受容の細胞および分子メカニズム
新たな塩味受容メカニズムの存在
これまでは、ENaCだけが塩味を感じるセンサーであると考えられてきた。実際に、本研究においてもENaC欠損マウスは低濃度の食塩に対して嗜好性行動を示さなかった。ところが予想に反し、高濃度食塩(240mM、480mM)に対しては弱いながら嗜好性行動を示し(図2)ENaC非依存的な塩味受容メカニズムの存在が示唆された。この食塩濃度は、ざるそばのつゆや漬物の調味液と同程度と考えられる。
この結果は、塩のおいしさにかかわる仕組みが多様であることを明らかにしており、人間の複雑な塩味感覚を科学的に説明するための糸口となり得る。
図2 ENaC欠損マウスの塩味に対する嗜好性行動試験
高血圧の抑制へ、"おいしい減塩"が可能になる?
日本人の平均塩分摂取量は約10gであり、日本高血圧学会が推奨する減塩目標値の6gを大きく上回っている。これに対し、現状ではカリウムでナトリウムを代用したり、酸味を用いて薄味を補うといった手法が用いられることがあるが、効果が限定的であり国民的運動として広く普及はしていない。それに対して本研究で解明された、塩を"おいしく"感じる仕組みを応用することで、塩味細胞やCALHM1/3チャネルなどの分子を標的にした、科学的かつ効果的な減塩塩品の開発の可能性が広がる。
このことから、研究グループでは、「将来的には"おいしい減塩"が実現され、長寿健康社会の実現につながると期待できる」と述べている。
文献情報
原題のタイトルは、「All-Electrical Ca2+-Independent Signal Transduction Mediates Attractive Sodium Taste in Taste Buds」。〔Neuron. 2020 Mar 25. pii: S0896-6273(20)30192-6〕
原文はこちら(Elsevier Inc)
舌で"おいしい"塩味を感じる仕組みが明らかに(京都府立医科大学)
プレスリリース(京都府立医科大学、PDF)