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エクササイズによる筋肉の「再生」と「変性」 その違いが生じるメカニズムの解明

2020年03月17日

エクササイズが筋肉の再生を促す場合と炎症を悪化させる場合がある。その違いを生むメカニズムの一端が解明された。ポイントは、エクササイズによって間葉系前駆細胞に生じる「細胞老化」であり、細胞老化により筋肉の再生が促されることにあるという。札幌医科大学と北海道大学大学院の研究グループによるもので、「Nature Communications」に論文発表されるとともに、両大学のサイトにニュースリリースが掲載された。

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研究の概要

研究グループでは、正常マウスに対してエクササイズを行うと、骨格筋の間葉系前駆細胞(FAP)※1が細胞老化※2を起こし、筋の再生が促されることを明らかにした。一方で骨格筋に慢性炎症を起こしたマウスではFAPの老化が不十分で、エクササイズによって、むしろ骨格筋の線維化病態※3を悪化させることがわかった。

そこで、骨格筋に慢性炎症をおこしたマウスに対して、エクササイズと AMP-activated protein kinase(AMPK。生体内のエネルギーセンサー)を活性化する薬物治療を組み合わせて治療すると、不十分であったFAPの細胞老化が誘導され筋の再生を促すことが明らかになった。これらの成果は、エクササイズがなぜ筋再生を促す場合と線維化や炎症を悪化させる場合があるかという、骨格筋の再生と変性に関する新たなメカニズムの解明であると同時に、慢性炎症を起こした筋疾患に対する効果的な治療法の開発につながると期待される。

  • ※1間葉系前駆細胞(FAP):Fibro-adipogenic progenitor、FAP。骨格筋の間質に存在し、筋幹細胞や免疫細胞を制御することで骨格筋の恒常性を維持したり、再生を促す働きがある。一方で、慢性炎症性筋疾患における間葉系前駆細胞はその性質を変えて慢性炎症を助長したり、自ら筋線維芽細胞に分化して線維化の原因となったりする。
  • ※2細胞老化:ダメージを受けた細胞が老化することで、Senescence-Associated Secretory Phenotype(SASP)と呼ばれる現象を起こし、免疫細胞の動員を増加させる。老化した細胞は免疫細胞によってクリアランスされ、正常な組織リモデリングが完了する。一方、正常にクリアランスされない老化細胞の存在も知られ、それらは慢性炎症を引き起こす。
  • ※3線維化病態:臓器の結合組織が異常に増殖する病態。線維化を起こすことにより組織が硬くなり、本来の機能を発揮できなくなる。

本研究の概要

本研究の概要
(出典:札幌医医科大学・北海道大学プレスリリース)

研究の背景

慢性炎症性筋疾患は持続する炎症や線維化をきたし、筋機能を低下させる。これに対する治療法として副腎皮質ステロイドがあるが、筋機能を十分に回復させるには不十分で、運動介入が重要。慢性炎症性筋疾患に対する運動は、筋機能を回復させる有効な治療法であることが報告されている。

しかし運動がすべての症例で有効なわけではなく、場合によっては炎症や線維化を悪化させてしまうリスクもある。なぜ、運動刺激が筋再生を促す場合と、炎症や線維化を助長する場合があるのか、その運動刺激の二面性を説明するメカニズムは不明な点が多く残されていた。

そこで本研究では、筋再生と変性の両方に深く関わるFAPに着目し、筋再生と変性時に活性化するFAPの特徴を解析した。

研究の手法

急性筋炎モデルマウスと慢性筋炎モデルマウスを用いて、FAPが細胞ダメージに応答し活性化する際の表現系の変化を解析した。また細胞老化を制御する遺伝子の1つであるTrp53遺伝子ノックアウトマウスを用いて、FAPにおける細胞老化因子の機能的意義を検討した。さらに、慢性筋炎モデルマウスに運動介入および薬物介入を行い、筋の再生・変性メカニズムの同定と治療効果の検討を行った。

研究の成果

はじめに、「治る炎症」である急性炎症モデルマウスでは、FAPが強い細胞老化因子の発現を呈する一方、「治りにくい炎症」である慢性筋炎モデルマウスではFAPの細胞老化因子の発現は弱く、過剰な増殖性の獲得、細胞死に対する抵抗性、さらには免疫回避機構※4を示すことで骨格筋に蓄積することを明らかにした。

  • ※4免疫回避機構:身体にはダメージを受けた細胞が免疫細胞によって除去されるシステムが備わっている。しかし、がんや慢性炎症に伴う線維化では、免疫チェックポイントと呼ばれる分子を活性化させることで、そのシステムを破綻させ免疫から回避する。がん細胞や線維芽細胞に発現する免疫回避に関わる分子として、PD-L1や CD47などが知られている。

細胞老化を起こした細胞は、免疫細胞によってクリアランスされ正常な組織リモデリングが完了する。しかし慢性筋炎において不十分な細胞老化を呈するFAPは、免疫細胞によるクリアランスが十分に行われずに蓄積し、組織リモデリングが完了しないと考えられた。

FAPにおいて細胞老化システムが正常に働かないことが筋再生の誘導を阻害するというこの仮説を検証するために、細胞老化を制御する因子の1つであるTrp53遺伝子が機能しないマウスのFAPを正常なマウスの骨格筋に移植して、その後、急性炎症を誘導するという実験を行った。

その結果、正常なFAPを移植したマウスでは急性炎症後、20日で筋再生が認められたのに対し、細胞老化が機能しない FAP を移植したマウスでは、急性炎症から20日経過しても十分な筋再生が認められず、慢性的な炎症と線維化をきたした。これにより、ダメージに応答して老化するFAPが筋再生に不可欠であることが明らかになった。

次に、運動刺激に応答してFAPの細胞老化を誘導することができれば筋再生を促すことが可能との仮説のもと、正常および慢性筋炎モデルマウスに運動刺激を与えた。すると、正常マウスではFAPにおける細胞老化因子およびSASP※2の発現が運動刺激によって亢進し筋肥大を認めた一方で、慢性筋炎モデルマウスでは運動後にFAPにおける細胞老化因子の発現が低下し、さらに線維化を促進する因子であるTgfb1やActa1といった遺伝子の発現が亢進した。

そこで、FAPの細胞老化を誘導するため、AMPKを活性化する薬物(AICAR)投与と運動の併用治療を慢性筋炎モデルマウスに行ったところ、FAPの細胞老化を誘導し、さらに筋機能の改善効果をもたらした。

運動刺激に応答したFAPの細胞老化が筋再生を促す

運動刺激に応答したFAPの細胞老化が筋再生を促す

正常マウスではFAPにおける細胞老化因子および SASPの発現が運動刺激によって亢進し筋肥大を認めた一方、慢性筋炎モデルマウスでは運動後にFAPにおける細胞老化因子の発現が低下、アポトーシス抵抗性、繊維化促進に関わるTGF-βの発現が亢進する。AMPK活性化と運動の併用は、FAPの細胞老化を誘導し、筋再生を誘導することができた
(出典:札幌医医科大学・北海道大学プレスリリース)

研究グループでは、「ダメージに応答して細胞老化因子の発現を亢進させるFAPが筋再生に重要であることが明らかになった。運動刺激がなぜ、筋再生を促す場合と線維化や炎症を悪化させる場合があるかという臨床上の問題点を解決する、新しいメカニズムの1つを提示できた。今後、慢性炎症性筋疾患に対する安全で効果的な治療につながることが期待される」とまとめている。

プレスリリース

札幌医科大学
北海道大学

文献情報

原題のタイトルは、「Exercise enhances skeletal muscle regeneration by promoting senescence in fibro-adipogenic progenitors」。〔Nat Commun. 2020 Feb 14;11(1):889〕

原文はこちら(Springer Nature)

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