スポーツの実力を100%発揮するには、弱い相手との対戦も重要
スポーツの実力を伸ばそうとするとき、一般的には実力の高い対戦相手との対戦を重視するのではないだろうか。しかしそれとは反対に、身につけた能力を100%発揮するには、自分よりも弱い相手との対戦も重要である可能性が報告された。強い相手との対戦ではリスクの高い戦略をとり続けるのに対して、弱い相手との対戦では自分の力に見合って最適な戦略に調節し、これがパフォーマンスの低下を防ぐことにつながるのだという。東京農工大学大学院工学研究院先端電気電子部門のグループの研究によるもので、「Scientific Reports」に論文発表されるとともに、同大学のサイトにニュースリリースが掲載された。
リスクを追求する戦略はパフォーマンス低下を招くことがある
スポーツパフォーマンスを高めるためには、自分の能力に見合った適切なプレー・戦略を取ることが不可欠。これまでの研究から、人間の行動特性として自分の能力を超えてリスクの高い戦略を好みがちなことが知られている。そして認知レベルでの選択の誤りによる戦略ミスが、運動パフォーマンスの低下を招くことが指摘されている。しかし、このような認知バイアスを抑えてパフォーマンス低下を防ぐ方法は提案されていない。
今回の研究では、他者との競い合いによって、運動戦略が変わる可能性に着目し、さまざまな相手と対戦している際の被験者の運動戦略を定量化した。その結果、自分よりも弱い相手と対峙する際にはリスクの高い選択が少なくなり、個々の運動能力に見合った最適な戦略をとることがわかった。
リスクを承知で無理をするか、安全にポイントを重ねるか
スポーツでは一般的に、得点できる確率と失敗するリスクとを天秤にかけ、どのようにプレーするかを選択する。例えばテニスではライン際、サッカーではポスト寄りを狙うほど、得点の可能性が高くなる一方で、ボールがラインやポストを越えてしまうリスクがある。この選択に際し、運動が正確な上級者であればラインやポスト寄りの位置を狙うことができるが、運動が不正確な初心者がラインやポスト寄りを狙うと、狙いを外してしまうリスクが高くなる。従って、自分の運動能力に見合った戦略をとることが、パフォーマンスを左右する重要な鍵となる。
このようなスポーツの状況を再現する実験課題として、研究チームはペンタブレットを用いた方法を考案した。
健康な成人84名(20.4±2.0歳、男性52名)にペンタブレットによるリーチング運動をしてもらい、「どこを狙っているか」という戦略を定量化した(図1左)。テニスなどと同様に、リスクを承知で無理をして成功すれば高い得点をあげられるものの、失敗したら零点になるという条件だ(図1右)。
図1
1人での練習や強い対戦相手との練習では、認知バイアスが修正されにくい
被験者はまず1人でこの課題を実施。その後、引き続き1人で練習を継続する群と、強い相手と対戦する群、弱い相手と対戦する群に分けた。その結果、1人で練習を継続する場合や強い相手と対戦する場合には、危険性の高い戦略を取り続けることが観察された。しかし、対戦相手が弱い場合にはその傾向が消失し、自分の運動能力に見合った戦略をとることがわかった(図2)。
図2
次に、対戦相手の影響を詳細に分析したところ、相手が強くなればなるほど、被験者の戦略もよりリスクの高い戦略へ変化し、一方で相手が徐々に弱くなる場合には、相手の保守的な戦略に引きずられることなく、自分にとって最適な戦略を保っていた(図3)。このような戦略による対戦結果をシミュレーションしたところ、勝率を最大にするのにも最適な戦略であることがわかった(図4)。
図3
図4
以上の結果から、1人で練習するだけではリスクの高い戦略をとりがちでその修正が困難だが、相手が存在すると別の戦略を探るようになり、とくに相手が弱い場合に最適な戦略にたどり着くことが明らかとなった。
研究グループでは、「自分より弱い相手と対戦することは、一見矛盾しているように感じるが、認知バイアスによるパフォーマンス低下を抑え実力を発揮するためには有効な訓練方法と言える」とまとめている。また今後の展開として、「実際のスポーツデータからアスリートの認知バイアスを評価し、パフォーマンス向上支援につなげていくことも期待できる」と述べている。
プレスリリース
弱い相手との対戦が100%の実力を発揮するための鍵!(東京農工大学)
文献情報
原題のタイトルは、「Optimizing motor decision-making through competition with opponents」。〔Sci Rep. 2020 Jan 22;10(1):950〕