コンタクトスポーツによる遅発性脳障害の早期診断を可能にする技術が開発される
コンタクトスポーツに伴う頭部外傷から長期間経過した後、脳の障害が発生・進行する「遅発性脳障害」は、死後脳を用いた神経病理学的検査により、脳内にタウ蛋白が過剰に蓄積することが原因であることがわかっている。しかしこれまでタウ蛋白の蓄積を生体内で検出する技術が存在しなかったために、存命中に診断することは不可能とされてきた。そのため、遅発性脳障害に対する早期治療が困難で、かつ治療法の開発にも障害となっていた。
遅発性脳障害の実態は、かつて考えられていたより深刻
頭部に打撃を受けると、受傷後の時期によって様々な症状が出現する(図1)。こうした多彩な症状の中で、近年、大きな問題になっているのが、頭部への受傷から年月が経過して引き起こされる遅発性脳障害。
2014年の米国の報告では、年間約280万件の頭部外傷が発生し、国内でも年間で約30万件の頭部外傷が発生していると推測されている。頭部外傷によって引き起こされる代表的な遅発性脳障害として、引退したボクシング選手に進行性の認知機能障害や精神症状が出現する「ボクサー脳症」の存在が約1世紀前から知られている。ボクサー脳症は、激しい打ち合いを長年にわたって行ったボクサーに認知機能低下や人格変化などの精神症状が出現する疾患であり、引退したボクサーに深刻な問題をもたらす。
かつて遅発性脳障害はコンタクトスポーツの中でも頭部に激しい打撃を受けるボクサーなどのみに引き起こされるものと考えられていたが、近年ではアメリカンフットボールや格闘技など、従来考えられていたよりもはるかに多くのコンタクトスポーツで引き起こされることが明らかになった。
現在までに、サッカーやラグビーなど様々なスポーツで遅発性脳障害が引き起こされることが報告されており、いずれのケースも脳内にタウ蛋白が過剰に蓄積するという共通点を有している。そのため、かつてはボクサー脳症と呼ばれていたが、現在では「慢性外傷性脳症」と呼ばれている。近年の死後脳を用いた研究では、スポーツのみでなく、交通外傷や転落、爆風による脳損傷などの重度頭部外傷でも同様の神経病理所見が出現することが報告されている。
PET検査でタウ蛋白の蓄積を可視化し早期診断
本研究では、ボクシングだけでなくレスリングや格闘技などのコンタクトスポーツの経験者に加え、交通外傷や転落による重度頭部外傷の既往者などに対し、量子科学技術研究開発機構が開発した生体脳でタウを可視化するPET検査を行い、脳内のタウ蓄積量を測定した。
対象は、頭部外傷患者(27名)で、同年代の健常者15名を対照群とした。頭部外傷の患者群には、コンタクトスポーツ(ボクシング、レスリング、格闘技など)による反復性軽度頭部外傷と、交通事故や転落による重度頭部外傷患者が含まれ、受傷からの経過期間は平均約21年。頭部外傷の患者の約半数(14名)が遅発性脳障害の症状を有していた。
PET検査の結果、頭部外傷患者では脳内の灰白質(側頭葉、後頭葉)や白質(前頭葉、側頭葉、後頭葉)という部位にタウ蛋白の蓄積が認められた(図2)。その蓄積量は、反復性軽度頭部外傷と重度単発頭部外傷患者で差がなかった。
タウ蛋白の蓄積量特と臨床症状の関係
次に頭部外傷患者を、遅発性脳障害による症状の有無により2群に分けて比較すると、遅発性脳障害の症状がある群は、症状がない群に比べて大脳の白質により多くのタウ蛋白蓄積が認められた(図3)。
さらにタウ蛋白蓄積と各種の臨床症状との関連を検討。すると、白質のタウ蛋白蓄積量が多いほど、幻覚や妄想などの精神症状が重度となるという関連(r=0.46)が認められた(図4)。
早期介入、治療法開発への期待
本研究の成果は、頭部外傷による遅発性脳障害の可能性がありながら、それに気づかないまま症状に悩まされ不自由な生活を余儀なくされている患者への早期介入につながるとが期待される。また、アルツハイマー病などの認知症では、タウ蛋白蓄積を標的とした根本的な治療薬の開発が進められており、頭部外傷後の遅発性脳障害に関しても早期診断が可能となることで、新しい治療法の開発につながることが見込まれる。
文献情報
論文のタイトルは「PET-detectable tau pathology correlates with long-term neuropsychiatric outcomes in patients with traumatic brain injury」。〔Brain. 2019 Oct 1;142(10):3265-3279〕