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脳の中の運動情報地図 複雑な動作を続けられる仕組みの一端を解明

2019年09月18日

複雑な運動を行う際、脳の中でどのように情報を処理しているかを可視化することに世界で初めて成功したと、国立研究開発法人情報通信研究機構の横井惇氏らの研究グループが発表した。詳細な内容は「Neuron」に論文掲載されるとともに、同研究機構サイト内にニュースリリースが掲載された。従来の説と異なり、脳内の運動前野・頭頂連合野という部位では複数の階層の運動情報が重なって表現されていたという。

脳の中の運動情報地図 複雑な動作を続けられる仕組みの一端を解明

一流の音楽家の演奏を見ると、その複雑な動作に、「なぜ長くて難しい曲を間違えずに演奏できるのか?」と不思議に思うことがあるが、これを可能にしている脳の情報処理の仕組みの一つが、階層的情報表現だという(図1)。長くて複雑な運動でも、単純な部分の組合せに分割して繰り返すことで、効率良く覚えたり実行できたりするようになる。このような階層的な運動の情報が、ヒトの脳でどのように表現されているのかは、これまで明らかでなかった。

図1 脳は階層的に系列運動を表現・実行する
図1 脳は階層的に系列運動を表現・実行する
(出典:情報通信研究機構プレスリリース)

研究グループでは、fMRI(磁気共鳴機能画像法)を用いて、複雑な運動を行う際の脳内の階層的な運動情報表現を可視化することに成功した。

実験では、健康な成人被験者に5日間かけて、11けたの数字からなる8種類の異なるキー押し操作を暗記・練習させた。11けたの数字を8種類暗記することはかなり困難な課題であるため、被験者は数字をいくつかのブロックに分けて覚え、それをつなぎ合わせて11けたに再現する必要がある(図2)。

図2 行動実験課題
図2 行動実験課題
A:被験者は画面に表示される手掛かり刺激を基に、11けたの数字から成る8種類の異なるキー押しの系列を実行した。
B:11けたの数字から成る8種類の系列(I~VIII)は、2~3けたの数字から成る8種類のチャンク(A~H)4個として表示される。
C:被験者は、まず実験初日に3(又は2)けたから成るチャンク8種類を、それぞれ手掛かり刺激となるアルファベット(A~H)と対応させて学習し、手掛かりだけで正しくこれらを実行できるようになった(A=13、B=524、C=232、...)。2日目以降は、さらに、8種類の系列を、それぞれ手掛かり刺激となるローマ数字(I~VIII)と対応させ、チャンクの組合せとして、学習した(I=ABCD、 II= DCBA、...)。このような段階的トレーニングによって、被験者は、個々の指運動(①)<指運動のチャンク(②)<チャンクの組合せとしての系列(③)という階層関係を獲得した。
(出典:情報通信研究機構プレスリリース)

このような複雑な処理をしている際の脳内の活動をfMRIで測定したところ、指の運動などよりも階層の高い運動の表現は、一次運動野と呼ばれる領域以外の部分(運動前野・頭頂連合野)に、空間的に重なって表現されていることがわかった(図3)。

図3 系列運動の脳内運動情報地図
図3 系列運動の脳内運動情報地図
A:8種類の系列それぞれに対応する局所脳活動パターンの間の「平均距離」(非類似度)を脳表面に図示した(下側は脳表面を平面に展開した表示法)。距離が大きい(より黄色に近い)領域では、異なる系列同士が異なる活動パターンとして表現されている(=その脳領域では系列同士が何らかの意味で区別されて表現されている)ことを意味する。
白の点線は、主要な脳溝(脳のシワ)の一部(CS: 中心溝、PoCS: 中心後溝、IPS: 頭頂間溝、SFS: 上前頭溝、CinS: 帯状溝)を表し、黒の破線で囲った領域は、各脳部位(M1: 一次運動野、 S1: 一次体性感覚野、 PM: 運動前野、 PC: 頭頂連合野)を表す。
B:Aの図で、一定閾値以上の距離を示した領域内で、RSA法を用いた詳細な解析を行い、それぞれの領域でどの階層の情報が強く表現されているかを図示した。脳領域は白の破線で表示した。表示領域は、Aの赤色破線で囲まれた領域に対応している。
シアン: 個々の指運動(①)、マゼンタ: チャンク(②)、山吹色: 系列全体(③)
(出典:情報通信研究機構プレスリリース)

従来の説では、「機能的階層性(運動の表現のされ方)と解剖学的階層性(脳での表現のされ方)は対応する」という考え方が主流だったが、本研究の結果はむしろ「機能的階層性と解剖学的階層性は必ずしも対応しない」、つまり「脳は部分的に階層的でもあり、かつフラットでもある」という見方を示唆しており、従来説の再考を促すものと言える。

著者らは今回の研究の成果から、「階層的運動情報表現は、運動エキスパートだけのものではなく、文章を書いたりコーヒーを入れたりといった日常動作も支えている。本研究で得られた結果は、事故や病気などで身体が麻痺してしまった患者の意図を読み取り、ロボットなどで運動を再構成するためのBMI(Brain Machine Interface)技術の開発において、効率的に運動情報の信号を得るための脳部位の同定や、異なる階層の運動情報を統合した効果的な運動推定アルゴリズムの開発などにも貢献すると期待される」と、今後への展望を述べている。

関連情報

脳の中の運動情報地図~階層的かつフラットな脳内情報を可視化~(情報通信研究機構プレスリリース)
原文はこちら(Neuron)

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