呼吸法の工夫でパフォーマンス向上の可能性 注意力が高まり素早く反応
息を吐いている時こそ素速く反応できる――。よって呼吸法を見直すことで、競技成績をワンランクアップできるかもしれない。
この可能性を示す千葉大学大学院人文科学研究院の一川誠氏らの研究結果が日本視覚学会の学術誌「VISION」に掲載され、千葉大学サイトにニュースリリースが配信された。
呼吸法とスポーツパフォーマンスの関係は従来から研究者の関心の的だった。例えばウエイトリフティングでは息を吐き切る瞬間にバーベルを持ち上げると良いとされ、剣道では息を吸っている時は隙が生じやすいと言われてきた。これらは経験則として語られてきてはいたが、呼吸とパフォーマンスの関係の科学的な解析はなされていなかった。
今回、研究チームは、認知心理学の領域では視覚を介した注意が、外発的注意と内発的注意という2種類に分けられることに着目。呼吸とこの2種類の注意との関連を調査した。
実験の手法として、16名の大学生を対象に、画面上の左右いずれかの四角の枠内に表示される×印をできるだけ速く回答するという課題を与えた。そして、枠の明るさが瞬間的に変化するという手がかりで強制的に注意を惹きつける「外発的注意条件」と、 矢印を表示させるという手掛かりで意識的に注意を向けさせる「内発的注意条件」を設け、さらにその手がかりが正しく表示される場合と間違って表示される場合という2条件を設けた。呼吸に関しては、息を吸う時と吐く時、および呼吸中か呼吸後かという4条件を設定した。
以下に実験の結果をまとめる。
まず、矢印による手がかりで意識的に注意を向ける「内発的注意条件」での検討では、正しい手がかりが表示される場合、手がかりと×印の時間差が0.4秒の時に、呼吸中か呼吸後かに関わらず、息を吐く時で反応がより速かった。そして手がかりが間違っている場合は反応に遅れが生じ、呼吸後のタイミングで、息を吸う時に遅れが大きくなった。
一方、明るさの変化による手がかりで強制的に注意を引きつける「外発的注意条件」では、手がかりが間違っている場合の反応の遅れが、呼吸中か呼吸後かに関わらず、吸う息より吐く息で大きくなった。
つまり、外発的注意と内発的注意では、反応を速める呼吸の仕方が異なるものの、自発的に相手の動きに注意を向ける場合には、息を吐いている時に反応がより早くなる傾向が認められた。
これらの結果をまとめると、自分で狙いを定める注意に関しては、息を吐いている時の方が、手がかりが正しい場合に反応が速まり、手がかりが間違っていてもその遅れは顕著ではない。また、思わず引き付けられる注意に関しては、手がかりが間違っていると吐く息の時に反応が遅れるものの、それ以外の条件では吐く息の時の反応が速いということになる。
この実験から得られた知見は、対戦相手の動きに意識的に注意を向けることが求められる場面が多い武道において、古来から息を長く吐く呼吸法が重視されたことと一致し、理にかなっていると考えられ、例えばバレーボールなどでのフェイントへの対応にも活用できる可能性があるという。
今回の実験の実施とデータ分析を担当した小池俊徳氏は、「認知心理学的なアプローチがスポーツパフォーマンスに貢献できる可能性を感じる。本研究から派生する研究が、駆け引きを要するすべてのスポーツに良い影響をもたらすことを願っている」と述べ、また一川氏(前出)は、「呼吸の仕方が注意という一つの認知機能に影響を及ぼすことを見出したのは世界でも初めてのこと。今後は呼吸によって人間の認知的な能力をどこまで上げられるの かを解明したいと」と抱負を語っている。
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千葉大学プレスリリースJ-STAGE/VISION 31(3)