楽しい音楽はミスを増やす? 感情と運動の正確性に関する意外な研究結果 東北大学
悲しい曲や楽しい曲、どちらでもない曲を聞きながら、指示された関節角度の再現精度を調べた結果、楽しい曲を聞きながらの誤差が最も大きく、悲しい曲を聞きながらの誤差が最も小さくなることがわかった。東北大学の研究チームの研究によるもので、「Scientific Reports」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。
発表のポイント
- 感情がスポーツなどのパフォーマンスを左右することは古くから知られていたが、動きの正確性にどのように影響するかは不明だった。
- 研究参加者が、悲しい・楽しい・どちらでもないと感じる曲を選び、それぞれを聞かせながら指示された関節角度の再現精度を確かめた。
- 楽しい曲を聞きながらの誤差が最も大きく、悲しい曲を聞きながらの関節角度再現(関節位置覚※1の誤差が最も小さくなることがわかった。
- 関節角度の調節は、固有知覚※2に基づく中枢神経系の運動制御により遂行されているが、想起される感情により運動制御への影響が異なることが明らかになった。
※1 関節位置覚:関節位置覚とは、関節を動かしたときにどれくらいの角度になっているか、どれくらい動かしたか、どれくらいの速度で動かしたかを感じる知覚神経系の役割の一つ。
※2 固有知覚:関節位置覚を含む、骨格筋、腱などの位置、角度、速度など、体を正確に動かすときに必要な知覚。
研究の背景:トレーニングを積んでも本番でミスをするのはなぜ?
トップアスリート・演奏家や熟練工のパフォーマンスは、身体各所の関節の正確な制御により支えられている。正確な制御は反復訓練により獲得されるが、訓練中に再現よく制御できても、本番などの精神的な緊張や感情がゆらぐ状況においては、エキスパートでもミスが起こることがある。しかし運動制御の基本となる関節角度の調節が、感情によりどのように影響を受けるのかは、これまで十分に明らかにされていなかった。
足関節の関節角度は、姿勢制御や歩行や走行の安定性に重要。足関節の調節は一方の足関節と同じ角度に他方の足関節を調節する場合と、片側の足関節を、あらかじめ教示された角度に調節する場合との2種類あるが、これまで両側の足関節(足首)の関節角度を正確に評価する計測システムはなかった。
一方、心理学分野では、悲しいなどの負の感情下のほうが、細かい作業やスポーツのパフォーマンスに有利である可能性が指摘されていた。運動制御には関節や筋肉からその状態(固有知覚)を中枢神経系に伝える知覚神経系が重要。神経の活動を直接記録するマイクロニューログラムを用いた先行研究では、悲しい楽曲を聞いているときのほうが固有知覚神経線維の活動が安定しており、楽しいと不安定になることが報告されている。音楽を聞いて感情が動き、固有知覚に影響があるなら、実際に運動を行ったときに関節角度の調節に影響があると考えられる。
研究の内容:関節角度の再現誤差は、楽しい曲で最大、悲しい曲で最小
研究グループでは、両足関節の関節角度の正確な計測システムを開発。先行研究およびクラシック音楽の楽曲のプール(13の悲しい曲、9の楽しい曲、5のニュートラルな曲)から、研究協力者各自の最も悲しい曲、楽しい曲、および感情の起伏のない曲を選択してもらい、それぞれを聞きながら関節位置覚試験を行った。
足関節の関節位置覚試験は長坐位で膝を曲げた姿勢で、両足の足首を関節角度計測装置に固定、目隠しをした状態で足首を一杯に伸ばした状態から、83度、90度、97度、104度という四つの角度を、測定者が足を動かして提示し、試験1ではそれぞれの足関節角度を再現する課題とした。再現する角度の順序は順不同とした。
試験2は、対側の足をいずれかの角度で固定し、試験する足を対側と同じ角度に一致させる課題とした。それぞれ、楽しい曲、悲しい曲、どちらでもない曲、曲なしの4条件で、試験1、試験2において四つの関節角度再現を6回行った。
その結果、楽しい曲、どちらでもない曲、悲しい曲の順に、関節角度の再現誤差が小さくなることがわかった。
図1 関節位置覚試験における関節角度の誤差
今後の展開
楽しいことは、運動をする動機づけに重要であり、背中を押すのに重要。一方、ひとたび正確な動作を求められる運動を行うときには、冷静さが重要であることが今回の研究結果で裏づけられた。しかしこのことをスポーツ、演奏や作業に利用していくためには、それぞれの感情がどのように運動プログラムに影響するのか、その中枢機構を明らかにする必要がある。
本研究は「情動と運動制御」を追求するプロジェクトの一環として行われた。著者らは、「引き続き中枢機構の解明を進めるとともに、研究成果の現場での活用を進めていく」としている。
プレスリリース
感情は正確な運動制御に影響を及ぼす 楽しい曲を聴いている時には関節角度制御の精度が低下する(東北大学)
文献情報
原題のタイトルは、「The influence of emotional states induced by emotion-related auditory stimulus on ankle proprioception performance in healthy individuals」。〔Sci Rep. 2025 Feb 7;15(1):4586〕
原文はこちら(Springer Nature)