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睡眠時間や睡眠の質の自己評価は間違いだらけ? 睡眠の評価は客観的な計測が重要 筑波大学

2025年01月25日

睡眠時間や睡眠の質はアスリートにとって、回復や怪我のリスク、パフォーマンスに影響するため、正しい評価とそれに基づく自己管理が重要とされる。しかし、本人が自覚している睡眠時間や睡眠の質は当てにならないという研究結果が報告された。アスリート対象研究ではないが、十分に眠っていると感じている人の45%に客観的な睡眠計測で睡眠不足が疑われ、反対に、睡眠に不調を感じている人の66%は問題がないという。

睡眠時間や睡眠の質の自己評価は間違いだらけ? 睡眠の評価は客観的な計測が重要 筑波大学

この研究は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史氏らによるもので、「The Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS/米国科学アカデミー紀要)」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。著者らは、「睡眠障害の早期発見や効果的な介入には、本人の自覚的な睡眠評価だけでは不十分で、睡眠脳波測定等の客観的な計測が重要だと考えられる」としている。

研究の概要:睡眠時間や睡眠の質は、本人が正確に判断できる? できない?

睡眠中のことはほとんど記憶に残らないため、睡眠状態を正確に把握するには脳波測定等の客観的な計測が必要とされる。しかし、日常生活で睡眠を実際に測定する手段は限られており、眠ろうと思っても眠れない睡眠障害である「不眠症」は、本人の「眠れない」という自覚に基づいて診断、治療がなされている。このため、自分で感じている睡眠が客観的な睡眠状態と乖離している場合、極端なケースでは、実際は眠れているのに「眠れない」と感じていることで不適切な治療を受けたり、反対に自覚がない場合は、重大な睡眠障害の予兆を見逃してしまったりすることが懸念される。

そこで本研究では、睡眠障害の治療を受けていない被験者421人から集めた、日常生活の中での複数夜の睡眠脳波等の測定データと、自覚的な睡眠状態等を尋ねる質問票の回答を分析し、医師が総合的に評価した客観的な睡眠状態と、被験者の自覚的な睡眠状態を比較した。その結果、睡眠に不調を感じている人の66%に客観的な計測で問題が確認されない一方で、自分では十分に眠っていると感じている人の45%に睡眠不足が疑われた。また、自覚的な「睡眠の質」の評価も、客観的な「睡眠の深さ」、「短い覚醒の有無」、「睡眠時無呼吸症候群のリスクの有無」をほとんど反映していなかった。

これらのことから、自覚的な睡眠の評価では睡眠障害等のリスクを正しく評価できない可能性が明確になり、客観的な睡眠計測とそれに基づく医師の総合的な評価の重要性が示唆された。

研究の背景:標準法とされる睡眠ポリグラフ(PSG)検査はあまり実施されていない

睡眠に関する問題の発見や治療は現在、多くの場合で本人の訴えに基づいて進められている。しかし、睡眠中の記憶はほとんど残らないため、睡眠状態を自覚だけで正確に把握するのは難しく、睡眠脳波測定等の客観的な計測が重要であると考えられる。

例えば、眠ろうと思っても眠れない睡眠障害である「不眠症」は、本人の「眠れない」という訴えが診断基準となっている。しかし、不眠を訴える患者が睡眠時間(就床時間ではなく眠れた時間)を客観的な計測の値よりも著しく短く感じているケース(ある程度眠れているのに「まったく眠れなかった」と感じるなど)が数多く報告されており、眠れているのに眠る時間を増やすための治療を受けている人もいると考えられる。

また、主要な睡眠障害の一つである「睡眠時無呼吸症候群」についても、睡眠中のいびきや日中の過度の眠気を自覚して受診することが多く、本人に自覚がない場合は検査や治療を受ける機会がないまま重症化してしまうケースが少なくない。

睡眠医療において、自覚的な訴えに頼らざるを得ない背景には、日常生活で睡眠を正確に測定する機会が限られていることが挙げられる。すなわち、睡眠検査の標準法である終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査※1には、(1)原則的に入院検査が必要とされるため患者の負担が大きい、(2)日常環境での睡眠状態を検査できない、(3)実施できる医療機関と検査キャパシティーが限られる、などの問題がある。

※1 終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査:睡眠時の脳波、呼吸、脚の運動、あごの運動、眼球運動、心電図、酸素飽和度、胸壁の運動、腹壁の運動などを記録する検査。睡眠関連疾患の診断のために、専門の施設に入院して行われることが多い。

これらの課題を解決するため、筑波大学発スタートアップ企業である(株)SʼUIMIN は、自宅で簡単に睡眠時脳波を計測できるInSomnograf(インソムノグラフ)を開発した(図1右上)。インソムノグラフはPSG検査と同等の精度で睡眠を測定できることが明らかになっており、すでに睡眠健康診断に活用されている。

図1 本研究の概要図

本研究の概要図

本研究でデータが活用された健康診断事業では、対象者から質問票の回答と、自宅での脳波・血中酸素飽和度測定の測定データを取得し、脳波・血中酸素飽和度データから作成されたヒプノグラム※2(左上図)や睡眠変数、質問票回答を基に医師が睡眠評価レポートを作成する。質問票の回答(自覚的な睡眠時間や睡眠の質などが含まれる)と脳波・血中酸素飽和度のデータを基に解析を行ったところ、自覚的な睡眠時間や睡眠の質は、医師の評価と乖離があることがわかった。これらのことから、自宅での睡眠脳波測定とそれに対する医師の評価は、睡眠習慣の改善と睡眠障害の早期発見に役立つ可能性が示唆された。
※2ヒプノグラム:睡眠中に測定した脳波から30秒を1区間として睡眠状態を判定し、一晩の睡眠状態の変化を時間に沿って表したもの。睡眠経過図とも呼ばれる。
(出典:筑波大学)

本研究では、実際に生活している中で脳波を測定して集められたデータを利用して、自覚的な睡眠評価と客観的な睡眠評価に相違がないかを検討した。

研究内容と成果:自宅での睡眠時脳波に基づく医師の評価は本人の自覚と大きな乖離

本研究は睡眠障害の治療を受けていない421人(国内在住の20~79歳〈平均47.3歳〉、47%が男性)を対象とし、健康診断の一環としてインソムノグラフを活用して取得したデータを分析した。このデータには、1人あたり1~6晩の睡眠脳波と血中酸素飽和度の測定データ(客観的な睡眠データ)、睡眠に関する質問票回答(自覚的な睡眠評価)、そして、これらのデータから「不眠」、「睡眠不足」、「睡眠時無呼吸」等の観点に対して医師がつけた評価が含まれていた。

分析では、(1)質問票回答のみで評価される自覚的な睡眠評価、(2)計測から得られる客観的な数値データによる評価のそれぞれについて、医師の評価との相違や関連を調べた(図1)。

その結果、医師の評価は客観的な数値と強く関連しているものの、自覚的な睡眠の評価とは全く異なる場合があることがわかった。これは、自覚的な睡眠の評価と客観的な数値が乖離している人がいることによるものだった。

具体的には、自分では十分な睡眠をとっていると思っている対象者のうち、45%で睡眠不足が客観的に疑われ、一方で、実際の睡眠時間が短い対象者が、睡眠時間を過大評価する傾向が明確に認められた(図2左)。また、質問票で睡眠の不調を訴えている対象者のうち、66%は客観的な問題がなかった(図2中央)。このほか、自分では睡眠の質が「良い」と感じているグループと「悪い」と感じているグループの間で、中等症以上の睡眠時無呼吸症候群の有リスク者の割合がほとんど変わらないこともわかった(図2右)。

図2 本研究で行った分析の結果

本研究で行った分析の結果

左図:医師により睡眠不足と評価された人の自覚的・客観的な総睡眠時間の密度推定プロット※3
横軸が脳波上の総睡眠時間、縦軸が質問票で回答された普段の睡眠時間を示す。図中の点線付近にいる被験者は、自分の睡眠時間を正しく把握していることを示す。睡眠不足と評価された人たちの中には点線よりも左側、つまり自分で思っているよりも短い時間しか眠っていない人が目立つ。
※3密度推定プロット:密度の分布を視覚的に表現する方法の一つ。確率密度を推定して色の濃淡で滑らかに表現しており、点の重なりがあっても分布の傾向を把握しやすい。
中図:自覚的な睡眠の不調と、客観的な眠れていない時間の有無の関係

質問票で得たアテネ不眠尺度(点数が高いほど睡眠の不調を感じていることを表し、6点以上で不眠症が疑われる)の点数によって対象者を四つのグループに分け、睡眠脳波計測で実際に眠れていない時間が認められた(客観的な不眠が存在した)人の割合を分析した。アテネ不眠尺度の点数が高くなるほど客観的な不眠がある人の割合は増えるが、11点以上の人でも半分ほどは客観的に問題がなかった。
右図:自覚的な睡眠の質と、医師により睡眠時無呼吸が疑われた人の関係
質問票の「睡眠の質」に関する回答によって対象者を四つのグループに分け、医師による判定で睡眠時無呼吸が疑われた人の割合を分析した。軽度の睡眠時無呼吸が疑われた人の割合は緑で、中等症以上の睡眠時無呼吸が疑われた人の割合は赤で示されている。自覚的な睡眠の質への満足度にかかわらず、どのグループにも一定以上の割合で中等症以上の睡眠時無呼吸が疑われる人が存在した。

(出典:筑波大学)

今後の展開:睡眠障害の早期発見と適切な介入、および、評価乖離の原因探索

今回の分析の結果は、「眠れないと悩んでいる人が、実は思っているよりも眠れている」、「十分な時間を眠っていると認識している人が、実は睡眠不足である」、「睡眠の質に問題がないと思っている人が、実は中等症以上の睡眠時無呼吸症候群に該当する」といった可能性があることを示している。

すなわち、自覚だけで睡眠の健康評価を十分に行うことは難しく、自宅での睡眠脳波測定に基づく睡眠データを併用し、総合的に判断することで、睡眠障害の早期発見や適切な予防、介入、治療につながると考えられる。

また、睡眠状態に関する自覚と客観的なデータの乖離を適切に評価する重要性も示唆されたことから、著者らは「今後はさらに睡眠脳波をより詳細に分析し、客観的には眠れているのに『眠れない』と感じているケースのメカニズムを解明していく」としている。

プレスリリース

自覚している睡眠時間や睡眠の質は「当てにならない」(筑波大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Discrepancies between subjective and objective sleep assessments revealed by in-home electroencephalography during real-world sleep」。〔Proc Natl Acad Sci U S A. 2025 Jan 21;122(3):e2412895121.〕
原文はこちら(National Academy of Sciences)

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