過去58年間にわたる小学生の体力・運動能力の変化と、それに影響を及ぼした因子の推測
昭和39年(1964年)以来、毎年実施されている「体力・運動能力調査」のデータを利用して、小学生(11歳)の体力と運動能力の経年変化を詳細に分析し、かつその変化をもたらした可能性のある、学習指導要領の改訂を含む社会的要因との関係を考察した論文が報告された。京都産業大学現代社会学部健康スポーツ社会学科の與儀幸朝氏らの研究の結果であり、「International Journal of Environmental Research and Public Health」に論文が掲載された。男子・女子ともに四つの世代別クラスターに分類され、1970~80年代のクラスターが最も体力・運動能力が高く、また評価項目によって世代間で異なる変化が生じていたという。
子どもの体力・運動能力は社会的要因で変化する
日本の子どもの体力や運動能力が20世紀後半にピークに達し、その後は低下傾向にあることがしばしば指摘される。このような傾向の一因として、学習指導要領の改訂の影響が考えられ、與儀氏らも既にその可能性を指摘する研究結果を報告している(DOI: 10.5332/hatsuhatsu.2015.69_1)。しかし、学習指導要領の改訂のほかにも、子どもたちの体力や運動能力を左右する因子が想定され、例えば都市化による外遊びの減少、屋内スポーツ施設の整備による参加競技の傾向の変化なども考えられる。また近年では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの影響も生じたとみられる。
與儀氏らの今回の研究では、文部省(その後、文部科学省、現在はスポーツ庁)により昭和39年から毎年実施されている「体力・運動能力調査」のデータを用いて子どもたちの体力・運動能力の変化を詳細に解析している。
体力・運動能力の変化に、学習指導要領の改訂の影響?
「体力・運動能力調査」は毎年実施されているが、評価項目や対象年齢が途中で一部変更されている。評価項目数も1998年までは12項目だったが、1999年以降は8項目となった。そこでこの研究では、1964年から継続的に評価されている、握力、50m走、反復横跳び、ソフトボール投げという4項目に絞って解析された。なお、文部科学省は、握力と反復横跳びを体力の指標、50m走とソフトボール投げを運動能力の指標と位置づけている。
また小学生の評価対象年齢は、現在は7歳、9歳、11歳だが、7歳と9歳は1998年から評価対象となったことから、1964年以来のデータが蓄積されている11歳のみを解析対象とした。
体力や運動能力の長期的な変化
まず、小学生(11歳)の体力・運動能力の長期的な変化の傾向が性別に解析された。
男子
男子小学生の握力は、1964年から1970年代後半にかけて向上し、1980年代にピークに達して1990年代から現在まで長期的な低下傾向が続いている。50m走は1980年代後半まで高いレベルを維持していたが、1990年代前半から2000年代前半にかけて低下し、その後は緩やかな向上傾向にある。反復横跳びは1980年代半ばまで向上傾向がみられ、1980年代後半から1990年代後半にかけて停滞し、2000年から再び向上傾向にある。ソフトボール投げは1980年代までは高いレベルを維持していたが、1980年代半ばから2000年にかけて低下傾向にあった。
女子
女子小学生の握力は、1964年から1970年代後半にかけて向上し、1980年代から1990年代前半にかけて高水準で推移して、それ以降は停滞している。50m走は1960年代後半から1970年代半ばまでは停滞していたが、1970年代後半から1990年代前半にかけて向上傾向にあった。ただし1990年代半ばから2000年にかけて低下傾向に転じ、その後は緩やかな向上傾向にある。反復横跳びは1980年代半ばまで向上する傾向がみられ、1980年代後半から1990年代後半にかけて低下傾向にあり、その後は向上傾向にある。ソフトボール投げは1970年代前半にかけて向上傾向を示し、1970年代半ばから1980年代半ばにかけて高いレベルを維持していたが、1980年代後半から低下してきている。
世代によるクラスター化
続いて、世代による体力・運動能力の違いを明確にするため、クラスター分析が行われた。クラスター数を2~9に設定しクラスター間の違いを検討した結果、男子・女子ともに四つのクラスターに分類することが最適と判断された。本研究ではこのクラスターごとに、握力、50m走、反復横跳び、ソフトボール投げの能力を対比し世代間の特徴を明らかにするという、詳細な解析がなされている。論文ではその解析結果に基づき、小学生の体力・運動能力の時代的変遷と、その変遷に影響を及ぼした可能性のある社会的な変化が考察として述べられている。ここではその考察の一部を紹介する。
クラスター1(男子は1969年まで、女子は1971年まで)
この時期は、4種類の評価項目が男女ともに向上していた。この要因としては、学習指導要領で体力の向上が重視されていたことが挙げられる。またこの時期には、ソフトボール投げの向上がとくに顕著だった。これも学習指導要領で、球技への割り当てが重視されたための可能性がある。加えてこの当時、日本はまだスポーツ施設が不十分だったため、子どもたちは主に屋外や路上で遊び、しばしば球技が行われていた。
クラスター2(男子は1970~1993年、女子は1972~1994年)
この時期は、男女ともに四つの評価項目が高スコアを示した時期である。日本では、1950年頃からスポーツ施設の建設が増加し始め、1970年代に入って大きく増加した。また、学習指導要領では引き続き体力向上に重きが置かれ、その具体化のために授業の合間の利用も推進された。例えば縄跳びやランニングなどが推奨されたのもこの時期である。こうした環境が子どもたちの体力と運動能力に、相当程度影響を及ぼしたと考えられる。
クラスター3(男子は1994~2009年、女子は1995~2002年)
この時期は衰退の時期と言え、これも学習指導要領改訂が一因であった可能性があり、その改訂では体育科目の目標が変更され、体力の向上から体育を楽しむことに置き換えられた。以前の教師主導による画一的な授業から、生徒の自主性に配慮した楽しみ重視の授業に変わったことで、子どもたちの運動量が減少し、体力と運動能力が低下したと考えられる。この変化はとくに女子で顕著であり、これは、思春期の女子は一般的に身体活動レベルが低く、男子ほど運動を好まないという特性の違いによるものかもしれない。
クラスター4(男子は2010年以降、女子は2003年以降)
この時期はクラスター3と同様に低下傾向がみられるものの、1980年代から始まっていた体力の低下傾向を改善するため学習指導要領改訂により体力強化が図られたことで、低下傾向に歯止めがかかった可能性がある。一方、評価項目別にみた場合、反復横跳びが男女ともに2000年と比べて大幅に向上している。反復横跳びは敏捷性の指標だが、日本では1970年代から2010年頃にかけてスポーツ施設の数が増加し、子どもたちが教育環境外でスポーツ活動に参加する機会が増えた。また学校でもスポーツの楽しみを重視した体育教育が継続されていた。これらが子どもたちの敏捷性の向上に寄与した可能性が想定される。
子どもたちがスポーツを行える環境整備が必要
これらの解析および考察に基づき、著者らは以下のような提言を述べている。
子どもを取り巻く社会環境や生活環境は、必然的に子どもの体力や運動能力に影響を与えている。社会の要請や変化に合わせて約10年ごとに改訂される学習指導要領は、子どもの社会環境に大きな影響を与えているに違いない。欧米では、学力向上のために体育の授業時間が削減され、小学生の身体活動の機会が減っているが、日本でも1998年の学習指導要領改訂でゆとり教育が導入され、体育の時間数が削減された。この改訂が体育衰退の要因となった可能性がある。また、COVID-19パンデミックも体育の急激な衰退につながっている。
将来の社会を担う子どもたちの体力を向上させるためには、活気と活力に満ちた社会を築くことが重要である。生活環境においては、子どもたちが自宅の近くに気軽に遊んだり運動したりできる空間が整備されていることが必要である。運動場やスポーツ施設は増えたが、高齢化の影響もあり、子ども対象の遊具や遊び場は減っている。キャッチボールやサッカーなどのボールを使った遊びを禁止している公園も増えている。さらに、運動する子どもと、全く運動しない子どもの二極化が体力低下の一因となっていることが問題視されている。子どもが生活圏内の公園で気軽に遊べる環境を整備する必要があるだろう。
なお、本研究は文部科学省/スポーツ庁の調査データに基づいて行っているため、結果の堅牢性が高いと考えられるものの、過去58年の間に計測機器(握力計やストップウォッチ)やシューズの進化、栄養状態の変化などが生じており、それらの影響も受けた結果の解析である点に留意が必要と述べられている。また、「体力・運動能力調査」は中学生(13歳)や高校生(16歳)も対象としており、それらのデータも蓄積されていることから、今後その解析も実施する予定とのことだ。
文献情報
原題のタイトルは、「Secular Contrasts in Physical Fitness and Athletic Skills in Japanese Elementary School Students (11-Year-Olds)」。〔Int J Environ Res Public Health
. 2024 Jul 20;21(7):951〕
原文はこちら(MDPI)