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「腹八分目」はお早めに!? 若い時期の「メチオニン」摂取制限が健康長寿のポイントである可能性 理化学研究所・東京大学

摂取エネルギー量をやや制限することが寿命延長効果を示すことが、さまざまな生物で確認されているが、この効果は加齢によって弱まることを示唆する研究結果が報告された。理化学研究所や東京大学の共同研究グループによる、ショウジョウバエを用いた研究の結果であり、「Nature Communications」に論文が掲載されるとともに理化学研究所のサイトにプレスリリースが掲載された。研究グループでは、「この結果は健康長寿に向けた栄養介入法の構築・改良への貢献が期待できる」としている。

「腹八分目」はお早めに!? 若い時期の「メチオニン」摂取制限が健康長寿のポイントである可能性 理化学研究所・東京大学

研究の概要

食餌(食事)制限※1が寿命延長効果を示すことはさまざまな生物で確認されており、ヒトについてもさまざまな食事制限による健康増進法が提唱されている。なかでも、アミノ酸であるメチオニン※2は寿命に大きな影響を与えることが知られている。今回、研究グループは、メチオニン制限を行う時期と寿命延長効果の関係を、ショウジョウバエ※3を用いて詳しく解析した。

※1 食餌(食事)制限:酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスなどのモデル生物において、培地の栄養分や食事の量を制限することで寿命が延長することが確認されている。食餌制限には、摂取カロリーを制限するカロリー制限、自由に餌を食べられる状態と餌を与えない状態を繰り返す断続的飢餓、餌の総カロリーを変えずに特定の栄養素を制限する方法などがある。
※2 メチオニン:タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、動物が合成できない必須アミノ酸の一つ。メチオニンはタンパク質合成の開始に使われ、またほとんどのメチル化反応の基質であるS-アデノシルメチオニン(SAM)の前駆体であるため、さまざまな生体プロセスに影響する。その制限により寿命が延長することがラットで報告されたことを皮切りに、多くのモデル動物を用いてその影響が解析されている。
※3 ショウジョウバエ:ショウジョウバエは、体長2~3mm前後の大きさで、飼育が容易であり、遺伝学的な解析に優れていることから、さまざまな研究分野でモデル生物として用いられている。合成餌の利用が可能であり、栄養代謝生理学のモデルとしても重宝されている。

その結果、中年期以降にメチオニン制限を行っても寿命は延長せず、逆に若年期だけメチオニン制限を行えば寿命が延長し、メチオニン制限による寿命延長効果は加齢によって大きく低下することを発見した。詳細な遺伝子発現解析から、若い時期のメチオニン制限では、抗老化能を持つ多くの遺伝子が発現増加する一方、老化してからではそれが機能しないことが明らかとなった。

研究の背景

超高齢化社会に突入した日本においては、健康寿命の延伸や医療費の削減が喫緊の課題となっている。モデル生物を用いた生命科学研究から、食事(食餌)制限が寿命延長効果を示すことが知られており、また疫学的な研究からヒトに対してもその有効性が示唆されている。

現在までにさまざまな食事制限による健康増進法が提唱されてきた。その一つがタンパク質摂取制限であり、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のなかでもメチオニンは、寿命への影響が大きいことが知られている。食餌中のメチオニンだけを制限することで、酵母から線虫、ショウジョウバエ、マウスやラットまで、幅広い生物の寿命を延長することが証明されており、ヒトでもその健康増進効果が期待されている。

研究グループメンバーの先行研究において、メチオニン代謝を遺伝学的に操作することでショウジョウバエの寿命が延長することや、老化に伴う腸の恒常性破綻がメチオニン制限によって抑制できることが示されている。しかし、なぜメチオニン摂取を制限すると健康寿命が延長されるのかについては不明な点が多いのが現状。

食事と健康寿命の関係については、複雑な要因が絡み合うため一概に語ることはできない。例えば、食事の摂食量や運動、遺伝的背景、腸内細菌など、多くの要素を加味する必要がある。とくに年齢は重要で、疫学的には65歳を境目にしてタンパク質制限の影響が逆転する(高齢になってからはタンパク質を多く摂取したほうが、がんによる死亡率やフレイルの危険性が低い)とも報告されている。

そこで本研究では、ショウジョウバエをモデル生物として、老化するまでのある時期に限定した食餌制限、とくにメチオニン制限の効果を検証し、その分子機構を解明することを試みた。なお、ショウジョウバエでは、メチオニン制限が雌個体の寿命を延ばすことが報告されている。

研究手法と成果

本研究ではまず、メチオニン量のみを10分の1に制限した合成餌を用いることで、研究室内で再現性よく寿命延長が観察できる、メチオニン制限条件を決定した。この餌条件では、寿命延長、メチオニン代謝物量の低下、脂質代謝変動と飢餓耐性の向上、生殖能力の低下(トレードオフ効果※4)などが認められ、これまで報告があった食餌制限の効果の多くが再現されることを確認した(図1左の濃い青色線〈通期メチオニン制限〉)。

※4 トレードオフ効果:食事制限や寿命遺伝子の変異により寿命が延長した個体で、生殖能力が低下する現象をトレードオフ効果と呼ぶ。これは、生殖細胞の維持に有利な遺伝子が体細胞の維持に対しては不利に働く場合や、生殖年齢を過ぎてから個体の生存率を下げるような有害な変異に自然選択が働きにくい、などの理由が考えられている。

図1 若齢期メチオニン制限による寿命延長

図1 若齢期メチオニン制限による寿命延長

図1左:完全合成餌を用いたメチオニン制限をショウジョウバエ雌(野生型系統1(Canton-S))に対して行った結果。成虫羽化後5日以降の通期にわたってメチオニン制限した個体の生存率は、通常摂食(コントロール食)群に比べて上昇している。この生存率の上昇は、若齢期の4週間(羽化後5~32日)の時期に限定したメチオニン制限でも同様にみられたが、後期(羽化後32日以降)に行った場合はコントロール食群と変わらない生存率となった。
図1右:別の野生型系統2(wiso31)雌について、若齢期(羽化後5~32日)と中年期(羽化後32~58日)それぞれでメチオニン制限を行った場合の個体寿命。野生型系統1(Canton-S)と同じ傾向を示しており、若齢期の4週間のみメチオニン制限を行った場合に寿命延長効果が認められた。
(出典:理化学研究所)

次にこの餌条件を用いて、メチオニン制限による寿命延長効果が、ショウジョウバエのライフステージによって変化するかを解析した。ショウジョウバエ雌の寿命が成虫羽化後8~12週であることから、およそ4週間までの若齢期(羽化後5~32日)と、それ以降の後期(羽化後32日以降)に分けてメチオニン制限を行った。

その結果、メチオニン制限を若齢期に限定した個体の寿命が延長した(図1左の薄い青線〈前期メチオニン制限〉)。一方、後期のみにメチオニン制限を行っても寿命延長は認められなかった(図1左の赤線〈後期メチオニン制限〉)。

この現象は異なる野生型系統を用いても同様に見られ、若齢期の4週間においてメチオニンを制限するほうが、中年期(羽化後32~58日)の4週間に行うよりも強い寿命延長効果があった(図1右)。従って、若齢期のメチオニン制限が寿命延長に十分に効果があること、逆に中年期以後に同じ食餌制限をかけても寿命延長効果が大きく弱まることが明らかとなった。

腸は、食べたものが直接作用する臓器であり、食餌制限による寿命延長には腸が重要な役割を果たしていることがわかっている。加齢に伴うメチオニン制限の効果の違いをさらに深く解析するため、次世代シーケンサーを用いて腸で発現する遺伝子の網羅的な発現解析(RNAseq※5)を行った(図2)。

※5 RNAseq:細胞や組織から抽出したRNAからcDNA(逆転写の結果得られたDNA)を合成し、次世代シーケンサーを用いてその細胞・組織で存在しているRNAの配列や量の情報を網羅的に解析する手法。

図2 メチオニン除去餌でのMsrA発現解析と酸化メチオニン量

メチオニン除去餌でのMsrA発現解析と酸化メチオニン量

図2左:実験の概要。通常食とメチオニン除去食のそれぞれを与えた個体の腸を用いて、遺伝子発現を網羅的に解析し、比較した。
図2中:若齢個体では800以上の遺伝子がメチオニン制限に応答して発現変動するのに対し、老齢個体では50以下にとどまった。なお、両者で共通して変動した遺伝子は28個あった。
図2右:若齢個体では、抗酸化遺伝子であるMsrAの発現量がメチオニン摂取制限(メチオニン-)により大幅に増加していた。これにより体内のメチオニンに対する酸化型メチオニンの相対量が低下するが、老齢個体では起きなくなる。
(出典:理化学研究所)

24時間だけメチオニンを完全に除去した餌を摂食させた個体の腸を摘出し解析を行った結果、若齢個体(羽化後1週目)では800以上の遺伝子で発現変動があったのに対し、老齢個体(羽化後8週目)では50以下に減少していた(図2中)。このことは、加齢に伴って餌中メチオニンに対する腸の応答が低下することを示唆している。さらに、若齢個体で発現変動がみられた遺伝子を詳しくみると、寿命を延長する機能が知られる遺伝子の発現が多数誘導されていた。その一つに、抗酸化タンパク質であるメチオニンスルホキシド還元酵素A(MsrA)※6の遺伝子があった。

※6 メチオニンスルホキシド還元酵素A(MsrA):メチオニンは側鎖に硫黄原子(S)を含み、酸化を受けるとこの硫黄に1原子の酸素が結合したメチオニンスルホキシドとなり、さらに1原子の酸素が結合すると最終酸化物であるメチオニンスルホンとなる。メチオニンスルホキシドにはS体とR体の立体異性体があり、メチオニンスルホキシド還元酵素AはS体を還元し、メチオニンに戻す酵素。

メチオニンは日々酸化によるダメージを受け、酸化型メチオニン(メチオニンスルホキシド)を生成する。MsrAは、酸化してしまったメチオニンを還元して元に戻す酵素であり、細菌からヒトまで進化的に保存された抗酸化タンパク質。

メチオニン制限と酸化型メチオニンの関係を調べたところ、メチオニン除去餌を食べた若齢個体では体内のメチオニンに対する酸化型メチオニンの割合が大きく低下している一方、老齢個体ではそのような効果が認められなかった(図2右)。従って、メチオニン低下によって誘導されたMsrAが、酸化したメチオニンを回復させることで健康寿命を促進している可能性が考えられた。

この遺伝子機能が完全に破壊された変異体を用いて、その効果を検証したところ、MsrA変異体ショウジョウバエでは、酸化型メチオニンが増加していた。また、同変異体では、若齢期のメチオニン制限による寿命延長がみられなくなることが明らかとなった。

メチオニン制限とMsrAの関係をさらに解析した結果、MsrA遺伝子の誘導は、

  1. 腸だけでなく全身で起こっている
  2. メチオニン以外のアミノ酸制限には応答しない
  3. 若齢期にメチオニン制限を行った後、通常食に戻しても継続して発現が増加している
  4. 寿命延長転写因子として知られるFoxOにより誘導される

ことなどが明らかとなった。

以上の結果から、メチオニン制限によって誘導されるMsrAが個体寿命を延長させること、その効果が加齢によって減弱するため老齢個体ではメチオニン制限の寿命延長効果が消失することが明らかとなった(図3)。

図3 メチオニン制限による寿命延長は加齢依存的

メチオニン制限による寿命延長は加齢依存的

図3上:若齢期に低メチオニン餌を与えられた個体ではMsrA遺伝子の発現が上昇し、体内の酸化型メチオニンが低下する。このメチオニン制限による寿命延長効果は若齢期に限定的であり、しかもその効果は中年期以降に通常餌に戻した場合でも持続する。
図3下:中年期(後期)以降にメチオニン制限を行った個体においても体内メチオニンは同様に低下するが、MsrA遺伝子の誘導やそれによる酸化型メチオニンの低下は見られず、個体寿命は延びない。
(出典:理化学研究所)

今後の期待

「腹八分目」が身体に良いことは古くから知られている。しかし、ヒトを含めた動物は本能的に栄養、とくにタンパク質を摂食しようとする欲求が強く、常に食餌制限をして生きるのは現実的に難しいと考えられる。従って、制限すべき栄養素や時期を狭めることは、食事を介した健康増進の実現としてより応用の可能性が高まると期待される。

今回の発見から、少なくともショウジョウバエでは、若齢期のみメチオニンを制限するだけで寿命が延長できることがわかった。これは、老化制御における栄養感受性の臨界期の存在を示唆している。ライフステージ依存的な単一栄養素制限の効果の記述と、その機構解明はこれまであまりなされていない。本研究は栄養-老化研究における先駆的な成果であると考えられる。

今後は、ショウジョウバエでの発見がヒトを含め動物一般にどの程度当てはまるかを解析したうえで、メチオニン含有量の少ない食事を摂ることによって、ヒトの健康寿命延伸が可能であるかを検証することが必要となる。さらに、メチオニンを代謝する酵素の機能を高めたり、体内でメチオニン制限状態を模倣できるような生理活性物質を探索したりすることなどにより、食事制限をせずとも健康寿命延伸に資する新規方法論の開発が期待される。

プレスリリース

若いうちこそ「腹八分目」-若齢期のみのアミノ酸摂取制限により寿命延長が可能-(理化学研究所)

文献情報

原題のタイトルは、「Early-adult methionine restriction reduces methionine sulfoxide and extends lifespan in Drosophila」。〔Nat Commun. 2023 Dec 5;14(1):7832〕
原文はこちら(Springer Nature)

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