負傷したアスリートの感情に負の影響を与える要素の研究 畿央大学
感情伝達の困難さの傾向が強いアスリートが負傷すると、それによる陰性情動の表出を抑制することに終始する傾向があることで、不適応な反応を起こしやすいのではないかとする研究結果が報告された。畿央大学の研究グループによる研究であり、「PLOS ONE」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイトにプレスリリースが掲載された。
研究の概要:アスリートの怪我への対応は将来性を左右する
負傷したアスリートが、負傷によって引き起こされた陰性情動を持続的に抑制していると、リハビリテーションのような未来志向の対処行動に集中できないことや、過剰適応することによって怪我の再発、また深刻な場合は精神的な障害を引き起こすことがある。ただし、陰性情動を抑制することによる影響は不適応な側面ばかりではなく、現状を肯定的に再解釈できているのであれば、必ずしも不適応的とならない。つまり、負傷によって示す反応が適応的かどうかを判断する際は、抑制の視点だけではなく、現状を肯定的に再解釈できているかどうかの可能性を検討する必要がある。
研究グループでは、陰性情動の抑制に影響すると考えられる要素を取り上げ、肯定的再解釈ができているかどうかを調査することで、不適応な反応をする可能性のあるアスリートを選別できるのではないかと仮定。一定の負傷基準に基づく180名の対象者に対して調査を行った。その結果、感情伝達困難さの傾向が強い負傷アスリートは、負傷により生起させた陰性情動の表出を抑制することに終始する傾向があることで、不適応な反応を起こしやすいことを明らかにした。
研究内容:負傷の陰性情動表出を抑制する傾向がアブノーマルな反応につながる?
本研究では先行研究をふまえ、陰性情動に対する表出抑制の行使と関連する個人変数として、スポーツ倫理コミットメント、アスリートアイデンティティー、および感情伝達困難さの三つを取り上げた。
スポーツ倫理とは、競技スポーツ界に浸透している組織合理を優先させる集団規範の内容(図1)を指し、抑制との関連が指摘されている。
図1 スポーツ倫理コミットメントに対する検証的因子分析結果
アスリートアイデンティティーは、アスリートとしての自己意識を指し、このアイデンティティーが強固な負傷アスリートは、スポーツ倫理に強く同調していることが仮定される。感情伝達困難さは、自己感情の記述や伝達を困難にしている個人の傾向を指し、アレキシサイミア(失感情症)傾向を捉える一側面として知られている。
以上の三つの個人変数と陰性情動への情動調整行動に関する表出抑制、肯定的再解釈との関連について、回顧法による質問紙調査に基づく量的研究デザインを用いて、以下の二つの仮説を検討した。
仮説1
スポーツ倫理コミットメントとアスリートアイデンティティーは、抑制と肯定的再解釈の双方の行使を可能にさせる。具体的には、スポーツ倫理コミットメントとアスリートアイデンティティーは、抑制及び肯定的再解釈の双方に対し、正の関連を示す。
仮説2
感情伝達困難さは、肯定的再解釈を行使させず、抑制の行使のみにとどまる。具体的には、感情伝達困難さは、抑制に対しては正の関連を、肯定的再解釈に対しては負の関連を示す。研究対象は、一定の負傷基準に基づく180名。年齢は20.27±1.02歳で、医師の診断に基づくスポーツ停止期間は66.58±87.13日(中央値31日)だった。
主な分析手順は、変数間の相関を検討し、重回帰分析によりパスの推定を行い、最終的に三つの個人変数を外生変数とし、二つの情動調整行動を内生変数とするモデルの適合性を構造方程式モデリングにより検討するというもの。
分析の結果、二つの仮説は支持された(図2)。
図2 構造方程式モデリングの結果
結果は、三つの個人変数すべてが陰性情動の表出抑制の行使を促すことを示している。そして三つの個人変数の中で、スポーツ倫理コミットメントとアスリートアイデンティティーは肯定的再解釈の行使を促すが、感情伝達困難さは肯定的再解釈の行使を妨げる可能性があることを示している。また、スポーツ倫理コミットメントは、アスリートアイデンティティーと感情伝達困難さの双方と正の関連があることを示している。
主な結論として、感情伝達困難さの傾向が強い負傷アスリートは、負傷により生起させた陰性情動の表出を抑制することに終始する傾向があることから、アブノーマルな反応を顕在化させやすいと言える。負傷アスリートを取り巻く各種のサポートスタッフは、彼らがネガティブな情緒的反応の固着や反復を来していないか、情緒的反応の動向を注視する必要がある。
本研究の限界と今後の課題
本研究では調査協力者に対し、リハビリテーション期間全般の回顧を求め、マクロな視点から個人変数と情動調整行動の実態についての回答を求めた。この方法により、優勢であった情動調整行動を把握することができたが、臨床現場で実際に示されている日々の反応は複雑であり、個別的である。本研究は仮説に基づく理論的傾向が示されたに過ぎない。
知見の精緻化を図るには、調査協力者の記憶の偏りや調査時の心理状態が感情経験の想起に与える影響についても、十分に制御した計画にて研究を推進する必要がある。今後の研究では、負傷アスリートを縦断的に追跡し、ノーマルな反応時とアブノーマルな反応時における変数間の関連の仕方の時系列の検討を要する。
プレスリリース
負傷競技者の感情調整行動に影響を与える個人差について~現代教育学科(畿央大学)
文献情報
原題のタイトルは、「Individual-differences affecting emotion regulation behaviors of injured athletes: A retrospective quantitative study」。〔PLoS One. 2023 Nov 21;18(11):e0294551〕
原文はこちら(PLOS)