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トランスジェンダーのアスリートをケアする際の留意点「ニーズに応えられる医療者が少ない」

トランスジェンダーのアスリートのケアにおける留意点をまとめた総説論文が、北米関節鏡検査協会が発行している整形外科領域のジャーナル「Arthroscopy, sports medicine, and rehabilitation」に掲載された。栄養に関する記述は多くないが、主にアスリートの健康にかかわる記述を中心として、一部を要約して紹介する。

トランスジェンダーのアスリートを診察する際の留意点「ニーズに応えられる医療者が少ない」

イントロダクション

米国では、13歳以上の人口のうち約160万人(0.6%)がトランスジェンダーであると認識しているとされる。現在のところ、トランスジェンダーの患者ケアには格差が存在していることは否定できない。その一因として、医療従事者がトランスジェンダーの患者ケアに無関心であるわけではなく、ケアに関する知識や情報が不足していることが挙げられる。トランスジェンダーのアスリートのケアという点においても同様の指摘が可能だ。とはいえトランスジェンダーであることを自認する人が増加していることから、トランスジェンダーアスリートのケア向上に関する取り組みも行われてきている。

このトピックについて語る時、まず用語の定義が重要となる。この論文には、自認している性別が出生時に割り当てられた性別と一致している人をシスジェンダー、出生時に割り当てられた性別とは異なる性別を自認している人をトランスジェンダーとすると述べられている。

トランスジェンダーとは

トランスジェンダー(PRIDE JAPAN)

シスジェンダーとは

シスジェンダー (PRIDE JAPAN)

スポーツへの参加と心理社会的障壁

米国におけるトランスジェンダーのスポーツ参加率は、シスジェンダーのアスリートに比べて低いことが明らかになっている。また、性自認は男性だが出生時に女性と割り当てられたトランスジェンダー(transgender man;TM)は、その反対の性自認は女性だが出生時に男性と割り当てられたトランスジェンダー(transgender woman;TW)よりも、チームスポーツへの参加率が有意に高いとする研究報告がある。

スポーツにおけるトランスジェンダーのあからさまな否定は、主に暴言や中傷として記録されてきた。その差別は一般的にコーチや観客ではなく、ほかのスポーツ参加者から生じる。トランスジェンダーのアスリートたちは、ロッカールームが心理社会的苦痛の一因となっており、身体の不一致、他人の反応への不安、羞恥などの経験が語られている。

2017年、米国の16の州が、トランスジェンダーの人のトイレへのアクセス制限に関する法案を検討した。それらの法案は最終的には否決されたが、この期間にトランスジェンダーへの支援活動が2倍以上活発になったと報告されている。性自認に応じたロッカールームへの出入りが制限されているアスリートも含め、アスリートが着替えるための安全で快適な場所がなければ、トランスジェンダーのアスリートはスポーツへの参加から疎外されていると感じるだろう。さらに、いくつかの競技で用いられる露出度の高いウェアは、トランスジェンダーの人がスポーツに参加する際に障壁となる可能性がある。

生理学的考察

骨の健康

性ステロイドホルモンは骨代謝の恒常性における重要なメディエーターであり、男性のシスジェンダーではテストステロン、女性のシスジェンダーではエストロゲンがその役割の多くを担っている。理論的には、外因性テストステロン療法を受けているTMは、骨の健康が悪化するリスクが増加する。ただし、骨微細構造の劣化は実証されていない。

一方、エストラジオールが投与されているTWは、男性のシスジェンダーに比べて皮質骨密度が低いというデータがある。これは、骨量減少を相殺するにはエストラジオールのレベルが不十分であること、またはTWのベースラインの骨密度レベルが低いことが原因の可能性が考えられる。このようなケースでは骨密度の向上・維持のために、ビスホスホネート療法も検討が必要であろう。

性腺切除術後のトランスジェンダーでホルモン療法を中止した人は、骨量減少と骨密度低下のリスクが高くなる。よって臨床ガイドラインでは、骨粗鬆症の危険因子を持つ人と同様に、性腺切除後に性ホルモン療法を中止した人に対して、骨密度の評価を推奨している。

筋肉や体組成

男性のシスジェンダーは女性のシスジェンダーに比べてベースラインでは、筋肉が長く、収縮力が強く、筋肉量は多い。また一般に前者は、手足が長く、骨は強く、有酸素能力が優れている。反対に後者は、運動中の筋肉の疲労が少なく、回復が早いことが示されている。

男性のシスジェンダーと女性のシスジェンダーとでは、パフォーマンスに明確な差があるが、トランスジェンダーのアスリートが自認する性別に対する肯定的な治療を進めた場合に、パフォーマンスにどのような影響が生じるのかを検討した前向き研究は存在しない。ただし、テストステロンは筋肉量を増加させ、筋線維を太くしてパワーを高めるように働く。一方、ホルモン療法とテストステロン抑制を受けているTWは、12カ月の治療後に筋力、除脂肪体重、筋肉面積の有意な減少が生じる。とはいえ、TWのトランスジェンダーがテストステロンを抑制するという、自認する性別肯定治療を36カ月継続した後においても、女性のシスジェンダーのそれらの値を上回っていたと報告されている。

握力に関して、ホルモン治療を受けていないTWの握力は14%弱く、ホルモン治療を行うとさらに7%低下するという。また、12カ月の性別肯定的治療を受けたTMは大腿筋量が15%増加し、反対にTWでは5%減少したとの報告がある。メタ解析では、性別肯定的治療によって、TMは体重が平均3.9kg増加、TWは2.4kg低下していた。

血栓塞栓症のリスク

外因性エストロゲン療法を受けている患者では、血栓塞栓症のリスクが増加することが知られている。手術を受けるトランスジェンダーアスリートの血栓症の予防は重要である。周術期のホルモン治療の中止に関しては、現時点で一貫した推奨事項を提示するに至っていない。大手術では少なくとも2週間前にホルモン療法を中止し、3〜4週間後に再開することを推奨する意見もあれば、周術期にも性別肯定治療を継続したTWで静脈血栓塞栓症のリスク増大は認められないとする報告もある。

怪我の発生パターン

TMアスリートとTWアスリートの怪我のリスクを比較し得るデータは不足している。ただし、受傷機転は自認する性別を肯定する治療に伴って変化する体組成の影響を受けると考えられる。また、性別適合手術後のトランスジェンダーアスリートが、筋骨格系の症状を訴えることがある。例えば乳房切除術後には肩こりが生じやすいことが知られており、胸部再建では胸部圧迫感を生じることがある。

トランスジェンダーアスリートの医療ニーズに応えられる医療者が少ない

論文では上記のほかに、本人の自認するジェンダーを肯定するケア、トランスジェンダーのスポーツ参加に影響を及ぼし得る国際オリンピック委員会や世界陸上連盟、世界水泳連盟、全米体育協会の政策、メンタルヘルス、青少年アスリートでの留意事項などの考察を述べている。

また、トランスジェンダーアスリートを支える医療者の意識調査の結果が紹介されており、それによると整形外科医の94%は若年のトランスジェンダーアスリートの治療にあたることに抵抗を感じていないながらも、トランスジェンダーアスリートに対して自身が提供する医療に自信を持っている整形外科医は49%にとどまると記されている。それでも、若年トランスジェンダーアスリートのケアに関して、コーチやフィジカルトレーナーよりも医師のほうがはるかに多い知識を有していたとのことだ。

論文は、「トランスジェンダーのアスリートのサポートにあたり、学際的なチームによって適切なリソースを認識したうえで対応する必要がある」とまとめられている。

文献情報

原題のタイトルは、「Sports Medicine Considerations When Caring for the Transgender Athlete」。〔Arthrosc Sports Med Rehabil. 2023 May 24;5(4):100736〕
原文はこちら(Elsevier)

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