試合前の酸化ストレスはトレーニング期より高く、睡眠時間と逆相関 高校女子柔道選手での検討
国内の高校女子柔道選手の酸化ストレスの変動に関連する因子を検討した研究から、強化トレーニング期よりもトレーニング強度が低い試合直前のほうが、むしろ酸化ストレスが上昇しているというデータが報告された。また、睡眠時間が短いほど酸化ストレスが高いという関連も明らかになった。桐蔭横浜大学大学院スポーツ科学研究科の吉田恵菜氏らの研究であり、「Sports」に論文が掲載された。
アスリートの酸化ストレスとピリオダイゼーションや睡眠、歩数との関連を調査
ヒトはエネルギー産生などのために酸素を常に必要としている。酸素がエネルギー代謝に利用される過程で、その一部が活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)となる。ROSは細胞シグナル伝達や免疫応答を含む、さまざまな生理学的プロセスにおいて重要な役割を果たしているが、過剰なROSは細胞にダメージを与える。それに対して人体には、細胞や組織を保護するように働く抗酸化能があるものの、ROS産生が抗酸化能を超えると「酸化ストレス」と呼ばれる状態となり、慢性疾患の発症や加齢変化の促進などが引き起こされると考えられている。
一方、適度なROSは骨格筋の増強を促進するというホルミシス効果(低レベルの有害な刺激が生体にとって逆にプラス効果を発揮すること)をもつとの報告がある。ただし、運動強度が強すぎる場合には酸化ストレスとなって、疲労や筋力低下を引き起こす可能性があり、オーバートレーニング症候群の一因ともなり得る。また、高強度運動以外に、睡眠不足や体重変化、精神的ストレスも、酸化ストレスを惹起することが報告されている。ただし、アスリートの酸化ストレスのレベルをそれらの因子と関連づけて検討した研究はほとんどない。吉田氏らの研究は、このような背景のもとで実施された。
高校女子柔道選手の三つのフェーズで酸化ストレスを評価
研究参加者は、高校女子柔道選手9人。平均年齢16.3±0.5歳で柔道経験年数は8~13年であり、全国大会に連続的に出場していた。研究期間は2022年11月~2023年1月。
体組成や酸化ストレスの評価は、ピリオダイゼーション(トレーニングの期分け)の影響を把握するために、以下の三つのタイミングで実施した。一つ目は学校の2学期の最中の時短トレーニング期。二つ目は学校の冬休み中に実施された強化トレーニング期。三つ目は試合直前で選手によっては減量を行う期間であり、最終評価日の翌日に試合に参加した。
上記の三つのフェーズの連続4日を評価日として、第1日は体重・体組成を測定。第2~4日に採血により酸化ストレス(diacron reactive oxygen metabolites;d-ROM)と抗酸化能(biological antioxidant potential;BAP)を測定した。d-ROMとBAPについては3日間の平均値を算出し、その値を解析に用いた。なお、すべての測定・採血は、朝食および朝のトレーニング前に行った。
これらのほかに、各フェーズの歩数、睡眠時間などを把握した。
酸化ストレス、抗酸化能ともに、試合直前が有意に高値
各フェーズのトレーニング時間と内容
では結果だが、まず各フェーズのトレーニング時間をみると、時短トレーニング期では、平均2時間のトレーニングが行われており、内容は基礎体力向上と柔道の技の習得が中心で、運動量は三つのフェーズで最も低かった。
一方、強化トレーニング期では平均5.5時間のトレーニングが行われており、メニューには「乱取り」や「打ち込み」も含まれ、運動量は三つのフェーズで最も多かった。なお、乱取りは柔道のトレーニングで最も運動強度が強く、打ち込みは二番目に強いと報告されている。
試合直前のフェーズのトレーニング時間は平均2.6時間であり、強化トレーニング期よりも強度を下げた「乱取り」や「打ち込み」を中心とするメニューが組まれていた。
歩数と睡眠時間
1日の歩数は時短トレーニング期が7,440±1,820歩、強化トレーニング期は3,188±1,436歩、試合直前期は5,951±1,768歩で、三つのフェーズ間で互いに有意差が認められた。
睡眠時間は時短トレーニング期が383±30分、強化トレーニング期は467±38分、試合直前期は382±36分であり、強化トレーニング期は他の二つのフェーズより有意に長かった。通常トレーニング期と試合直前期とでは有意差がなかった。
酸化ストレス(d-ROM)が睡眠時間と相関
次に、研究の主題である酸化ストレス(d-ROM)に着目すると、時短トレーニング期と強化トレーニング期とでは有意差がみられなかったが、試合直前期は他の二つのフェーズよりも有意に高値を示していた。抗酸化能(BAP)も同様に、通常トレーニング期と強化トレーニング期とでは有意差がみられなかったが、試合直前期は他の二つのフェーズよりも有意に高値を示していた。
続いて全フェーズで観察されたd-ROMやBAPの値と、睡眠時間との関連を検討。すると、d-ROMは睡眠時間と逆相関し(r=-0.292、p<0.01)、睡眠時間が短いほど酸化ストレスが強いことが示された。
高校生アスリートのコンデション調整には、トレーニング強度と睡眠時間に配慮を
以上の結果を受けて、論文では以下のような考察が述べられている。
まず、本研究の対象とした高校女子柔道選手では、酸化ストレスの強さはトレーニング強度よりも睡眠時間の影響を強く受けることが示唆された。また、強化トレーニング期には酸化ストレスの有意な上昇が認められなかった。この点については二つの説明がなされている。一つは高強度のトレーニングにより酸化ストレスが上昇したことに伴って、抗酸化能も上昇することが影響したのではないかというもの。もう一つは、強化トレーニング期は他のフェーズよりも睡眠時間が有意に長かったことが、運動で増加した活性酸素種(ROS)の除去に役立った可能性があるとしている。
また、試合直前のトレーニング強度は高くなかったにもかかわらず酸化ストレスが有意に上昇したことには、上述の睡眠時間の影響以外に、減量や精神的ストレスの影響も考えられるとのことだ。本研究では、参加者全員の平均では体重や体脂肪率に有意な変化はなかったものの、9人中3人は有利な体重別階級で戦うために急速な減量を行っていた。既報研究から、このような急速な減量や精神的ストレスは酸化ストレスを亢進することが示唆されているという。
これらの考察を総括して論文には、「高校生アスリートは学業とトレーニングでハードなスケジュールの生活を送っていることが多く、十分な睡眠時間を確保できないことがある。本研究では酸化ストレスと睡眠時間の潜在的な関係が示されたことから、高校生アスリートのコンディショニングにおいては、運動強度に加えて睡眠時間にも注意を払うことが重要と考えられる」との結論が述べられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Influence of Practice Periodization and Sleep Duration on Oxidative Stress in High School Judo Athletes」。〔Sports (Basel). 2023 Aug 30;11(9):163〕
原文はこちら(MDPI)