トップレベルの持久力トレーニングの進化 世界をリードするスポーツサイエンティストの見解
過去10年間にわたって、持久系アスリートやコーチと緊密に協力しながらこの領域をリードしてきた著名なスポーツ科学者25名の見解を基に、持久系スポーツトレーニングの現状とこれからを総括した論文が、「International journal of sports physiology and performance」に掲載された。要旨を紹介する。
25名の専門家の意見を集約
スポーツは継続的に進化しており、世界記録は常に更新され続けている。この継続的なパフォーマンスの進化には、トレーニングの質の向上が関与していることは確か。この研究では、トレーニングがこれまでどのように進歩してきたのかや、今後どのように進歩していくのかについて、専門家の意見を求めた。
まず、過去10年間にわたって世界をリードする持久系アスリートやコーチと緊密に協力してきた経験を持つ、著名なスポーツ科学者25名(女性5名、男性20名)からなる専門家委員会が設けられた。この委員会の国籍は15カ国に及び、オリンピックの持久力競技に関係するサイエンス領域(運動生理学、生体力学、スポーツ分析、栄養学、スポーツ医学)の経験を有していた。
この委員会に対して、以下の二つの質問が投げかけられた。
- 過去10~15年間の世界トップレベルの持久系アスリートのトレーニングとパフォーマンスの向上に、直接的または間接的に関連する最も重要な傾向は何か
- 今後10~15年間のアスリートの持久力のさらなる向上に貢献するのは、どのような進歩か
意見の多様性を重視するために、各質問について個別に三つの重要な点を挙げたうえで、優先順位を付けてもらった。それらの意見を著者陣の代表2名がカテゴライズし、見解として合意に達するまで著者間で電子メールを介したディスカッションを繰り返した。
持久力トレーニングの最近の傾向
最初の質問に対する回答から、以下の五つの重要な傾向が確認された。
各競技特有の要求のより深い理解
スポーツはタイプによって、非常に異なる代謝、機械的、筋肉への負荷を引き起こし、それがトレーニングと回復のプロセスに重大な影響を与える可能性がある。栄養戦略をより深く理解することは、パフォーマンスの最適化と、毎日の高いトレーニング負荷の持続的な耐性の双方において、重要な役割を果たしている。これには、スポーツの要求を満たすための最適な炭水化物摂取量(日々の摂取およびトレーニングや競技中の摂取)が含まれる。
テクノロジーの進歩
パフォーマンスのより正確な技術的測定によりペーシング戦略が改善され、各アスリートとコーチが強みと弱みを特定し、集中力が向上してきた。この例としては、パワーメーター、全地球測位/ナビゲーション衛星システムなど、さまざまなウェアラブルデバイスの広範な使用が挙げられる。これらの開発は多くのスポーツに新たな洞察をもたらしたが、大量の個人データを蓄積して処理するという、現実的かつ倫理的な課題もある。
また、スピードスケートではクラップスケートが、自転車、ボート、パラリンピックではカーボンファイバー、陸上ではスーパーシューズが登場したように、持久力スポーツのパフォーマンス向上には器具の改良が不可欠である。また、高度や暑さなどのさまざまな環境条件で開催される競技会に向けた準備戦略も改善してきた。さらに、競技特有の個別の栄養戦略(例えば炭水化物の摂取やさまざまなエルゴジェニックエイドの利用)が、多くの回答者によって強調された。
より具体的で精緻なトレーニング負荷
回答者の多くが、世界をリードする持久力アスリートたちが現在、以前のアスリートよりも高いトレーニング量をこなし、それに耐えていることを強調した。一方で、より正確で計算されたトレーニングモデル、競技に特化したトレーニングの必要性も指摘された。とはいえ、トレーニングパターンの具体的な変化とその影響の根底にあるメカニズムは、さまざまな持久系スポーツについて個別に検証する必要がある。
また、女性アスリートが躍進しており、女性の生理と健康の側面(例えば月経周期の影響、避妊または妊娠と産後について)など女性が直面する特有の課題への理解が進んでいる。このほか、数名の回答者が、とくに極端な気候条件下で開催されるイベントに対して、標高や暑さなどの環境ストレス要因を考慮することがより一般的になっていると強調した。
トレーニングの質の向上
トレーニングの質の向上に関連する要因も、多くの回答者によって言及された。陸上競技に関しては、優れたクッション性と回復性を可能にする新時代の機能を備えた「スーパーシューズ」などが、より高速でのトレーニングを容易にしているとされた。
よりプロフェッショナルでより健康的なライフスタイル
アスリートの生活に影響を与えるすべての要因を理解して、アスリートの育成に対してより総合的なアプローチを採用することは、個人競技選手だけでなく団体競技選手にもメリットをもたらしてきた。多くのスポーツの専門化が進んだことで、アスリートはフルタイムのスポーツキャリアを追求できるようになった。怪我の予防と健康管理戦略についてのより多くの知識と意識が向上したことは、トレーニングの継続性や、キャリアの延長につながっていると主張された。
例えば、エネルギーの利用可能性、個別の栄養・睡眠に関するより深い洞察が、回復の改善に貢献している。モニタリングシステムの一部として、安静時心拍数、心拍数変動、睡眠指標などのパラメーターが体系的に把握されるようになったことも大きい。
持久力トレーニングの今後
専門家委員会は、持久力トレーニングとパフォーマンスの向上を支える因子が、今後10~15年間、進化し続けると予想している。それとともに、いくつかの新しい側面が、将来改善すべき重要な分野として強調された。
まず、種々のパラメーターをモニタリングするための高度なテクノロジーをエビデンスに基づいて、より広範かつ信頼性の高い使用することが期待される。それにより、トレーニングをより効果的に個別化できる可能性がある。このことに関連して、人工知能(AI)のテクノロジーは極めて急速に進化しており、AIによって個別のトレーニング処方が可能になる可能性もある。例えば、筋線維のタイプやその他の重要な個人の生理学的特性を評価に基づく、非侵襲的技術を組み合わせた処方ができるようになるかもしれない。このプロセスの一環として、トレーニング負荷、環境ストレス要因、パフォーマンスを最適化するための栄養介入が期待される。
なお、これらの内容の大半は、オリンピックとパラリンピックにおける持久系スポーツの双方に関連すると考えられるが、パラリンピック特有の側面の進化については、今後の研究でさらに調査される必要がある。
文献情報
原題のタイトルは、「The Evolution of World-Class Endurance Training: The Scientist’s View on Current and Future Trends」。〔Int J Sports Physiol Perform. 2023 Jun 27;1-5〕
原文はこちら(Human Kinetics)