クレアチンと脳の健康を考察 認知機能や記憶力を改善? うつや不安を軽減?
クレアチン摂取による脳の健康に及ぼす影響や、外傷性脳損傷または神経変性疾患の治療への応用の可能性を考察したナラティブレビュー論文の要旨を紹介する。長期間の高用量の摂取によって、脳のクレアチン貯蔵量が増加し、認知機能などに対して保護的な作用をもたらす可能性もあるとのことだ。米国、英国、カナダ、ノルウェーの研究者らによるもの。
イントロダクション:研究の焦点はスポーツから臨床にも広がっている
クレアチン摂取をテーマに執筆され、査読システムのあるジャーナルに掲載された研究論文はこれまでに1,000件をはるかに超えている。多くのエビデンスが、筋肉量や除脂肪体重、筋力パフォーマンス、およびトレーニング(主としてレジスタンストレーニング)後の回復におけるクレアチン一水和物の有用性を示している。
一方、近年では研究の焦点は、骨格筋やスポーツ/運動のパフォーマンスから、健康や臨床での応用の可能性へと移ってきた。このパラダイムシフトの主要なターゲットの一つに、脳の健康と機能に対するクレアチン摂取の影響が挙げられる。
クレアチンと認知機能
動物を用いた研究からは、クレアチンが学習と記憶を含む認知タスクにおいて重要な役割を果たすと報告されている。例えば高齢のマウスにクレアチンを与えると、物体認識記憶が改善するなどの変化が認められ、さらにニューロンの成長、神経保護作用なども観察されると報告されている。
クレアチンによる認知機能への影響には性差があることが示唆されている。アルツハイマー病のモデルマウスのメスは、9週間のクレアチン摂取によって、空間認知力が向上し逃走すべき条件での反応時間が短縮した。しかし、オスマウスではそのような効果はみられなかったという。
ヒトを対象とする知見も増えている。それら個々の研究報告は、クレアチン摂取により認知機能の改善が実証されたとするものと、何の変化もみられなかったとするものが混在している。効果がみられたとする研究では、例えば健康な高齢者(68~85歳)を対象にクレアチン20g/日を摂取してもらったところ、記憶力の改善が認められたという。反対に、若年成人(21.0±2.1歳)に0.03g/kg/日を摂取してもらったところ、認知機能の評価指標に有意な影響は認められなかった。これらの臨床研究で報告された対照的な結果は対象者の年齢の違いとともに、摂取量の違い(20g/日と約2.2g/日)が関係している可能性がある。
全体として、睡眠不足、精神疲労、低酸素症など、脳に負荷がかかっている場合に、クレアチンの摂取により認知機能の評価指標が改善する傾向がみられる。その影響は、研究で用いられた認知機能の評価手法と介入期間・用量に依存する可能性がある。
クレアチンと外傷性脳損傷
脳震盪を含む外傷性脳損傷(traumatic brain injury;TBI)の有病率は低いとは言えず、症状が持続していたり遅発性の神経変性疾患を患っている人が相当数に上る。クレアチンはTBIの治療にも有用な可能性が示唆されている。動物モデルでは、TBI誘発前のクレアチン投与が神経保護効果を発揮するとする一定のエビデンスがある。
ヒトでの研究では、TBIと診断された子ども(1~18歳)を対象とした非盲検無作為化対照試験(RCT)で、6カ月間クレアチン(0.4g/kg/日)摂取すると、いくつかの客観的評価指標に対してプラスの変化が現れると報告されている。また、頭痛、めまい、倦怠感などの主観的指標も改善したという。
性差については十分に検討されていない。一般に、女性は男性に比べて外傷性脳損傷のリスクが高く、より重度の有害症状を経験していることを考慮すると、今後の研究ではクレアチン摂取のTBIへの効果を性別に検討する必要があるだろう。
全体として、クレアチンの摂取はTBIに関連する症状の抑制に有用な可能性があると言える。
クレアチンと神経変性疾患
神経変性疾患は通常、中枢神経系または末梢神経系のニューロンの機能喪失が緩徐に進行する。現行の治療法は神経変性疾患に関連する身体的または精神的症状の一部を軽減するが、神経変性の抑制は困難。この現状に対して、クレアチンが神経変性疾患の進行を遅らせることのに期待が寄せられている。
アルツハイマー病(AD)に対してクレアチンが有効だとする理論的な根拠はあるが、我々の知る限り、ヒトを対象とする研究は行われていない。また、動物モデルでの研究結果も一貫性がない。ADモデルマウスにクレアチンを添加した食餌を8〜9週間与えたところ、メスマウスでは空間認知機能が改善したが、オスでは負の影響が生じたという。
このほか、パーキンソン病や多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症に対する有効性の検討が主に動物モデルで進められており、一部はヒト対象の研究報告もあるが、現状では総じて一貫性のある結果が得られていない。
クレアチンと気分障害
2019年の新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響により、気分障害の有病率が2020年に28%増加したとされている。気分障害に対する現在の治療法には限界があり、大うつ病性障害(MDD)の場合、有効性は43~50%と報告されており、明らかに新たな治療法の開発を必要としている。
これまでの小規模な研究から、前頭前皮質(および、おそらくは他の脳領域も)のクレアチンレベルの上昇は、うつ病や不安症状の一部を軽減するのに役立つ可能性がある。例えば女性うつ病患者25人にクレアチン一水和物5gを8週間連日摂取してもらったところ、選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるエスシタロプラムの抗うつ効果が向上したという。一方で有効でないとする研究結果もあるが、その研究はサンプル数が数名程度でありクレアチンの用量も少なかった。
総合すると、MDDに対しては、その症状を軽減するために少なくとも20gのクレアチン一水和物を4週間連日投与するか、またはそれより少ない用量(例えば5g)を少なくとも8週間連日投与する必要があるのではないか。
文献情報
原題のタイトルは、「“Heads Up” for Creatine Supplementation and its Potential Applications for Brain Health and Function」。〔Sports Med. 2023 Jun 27〕
原文はこちら(Springer Nature)