身体活動によるメンタルヘルスとウェルビーイングの最大化のためのコンセンサスステートメント
オーストラリアのスポーツ医学学術団体「Sports Medicine Australia(SMA)」と、同国のスポーツ心理学会「Australian Psychological Society College of Sport and Exercise Psychology(CoSEP)」は、身体活動によるメンタルヘルスとウェルビーイング(well-being)の最大化するための戦略に関するコンセンサスステートメントを発表した。できるだけ快適な自然環境の屋外で何らかの身体活動を行うといった推奨事項を掲げている。
ウェルビーイング(well-being)とは
ウェルビーイングの推進(富山県)スポーツ医学とスポーツ心理学の専門家によるコンセンサスステートメント
身体活動がメンタルヘルスとウェルビーイングの向上につながることに関しては、総合的にみれば強固なエビデンスがあると言える。ただし、その影響力の大きさには研究によって差があり、強い効果を報告している研究もあれば悪影響はないとする程度のものまで、差がみられる。さらに、職業上の身体活動と余暇時間の身体活動の影響が異なること、身体活動の種類(例えばウォーキングとレジスタンストレーニングの差異)によっても影響は異なることが示されている。
今回紹介する論文は、SMAとCoSEPがこれらの疑問点を整理し、合同でまとめたコンセンサスステートメントの報告。どのようなタイプの身体活動を、いつ、どこで、どのような方法で、誰と行うべきかなどについての推奨事項がまとめられている。
このステートメントの策定に際して、まずSMAとCoSEPから作業グループの代表が選ばれ、続いて6名の専門家が招待され、合計8名の専門家により文献レビューや討議などの作業が重ねられた。最終的にまとめられた推奨事項について、メンバー全員が1~5点のリッカートスコアで同意の程度を表し、4点(同意する)、または5点(強く同意する)を選択した場合をその推奨事項に対する支持と判定。5項目のステートメントが全員の同意により支持された。
以下にそれらのステートメントと、解説の一部を抜粋して紹介する。
1. 身体活動のタイプ
- 推奨
- 身体活動のタイプについては、特定のタイプに限定されることなく、楽しみながら続けられることによって決定される。臨床医は、その身体活動のアクセス可能性、対象者の好みや身体活動の履歴などの要因に着目して提案する必要がある。
- 解説
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文献レビューからは、メンタルヘルス上のメリットを得るために、ある特定のタイプの身体活動が優れているとする結論を得ることはできなかった。システマティックレビューとメタ分析としては、有酸素運動、レジスタンストレーニング、高強度インターバルトレーニング、ピラティス、ヨガなどの影響が評価されていた。ただし、それらの効果を評価する無作為化試験では、対象者の身体活動の履歴や好みによって結果が左右されることの影響を排除できていない可能性がある。
重要な点は、さまざまなタイプの身体活動が、ベースラインのメンタルヘルス状態にかかわりなく、幅広い精神的健康と幸福の結果にプラスの効果を引き出すことができるということにある。結論として、個人の好みやその他の要因に基づいて選択する必要がある。
2. どのように提供されるべきか
- 推奨
- ファシリテーター(コーチ、インストラクター、教師など)は、対象者の心理的ニーズと、自律性、社会的な絆が維持される指導スタイルを使用して、組織化された身体活動セッションを提供することを推奨する。少なくとも、そのような指導スタイルには、対象者の視点を考慮して複数の選択肢を用意し、プレッシャーを最小限に抑えることが求められる。また、臨床レベルにおいては、身体活動のモニタリングを推奨する。
- 解説
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世界的に、若年者の身体活動の多くは、学校や地域社会での組織化されたセッションへの参加となる。同様に成人や高齢者もインストラクターやコーチによってリードされる組織化された身体活動に参加することが多い。組織化された身体活動セッションの実施(つまり、指導スタイルやコーチングの方法や質)、モニタリングありかなしか、対面かオンラインかなどが、結果に影響を与える可能性がある。
コーチングの質は、疑いなく若年者のスポーツ活動の継続を左右する最も影響力のある要因。思春期にみられることの多いメンタルヘルスの問題を、組織化された身体活動(スポーツや体育など)への参加継続によって抑制することが可能と考えられる。「自律性をサポートする」ようにトレーニングされたインストラクターによる指導は、若年者の精神的健康と幸福のさまざまな指標を改善することが報告されている。
一方、COVID-19のパンデミックとそれに伴う外出制限により、バーチャルでの指導、‘ehealth’への関心が高まっている。ただし現時点で、ehealthの身体活動介入が、メンタルヘルスとウェルビーイングに与える影響については、確固たる結論を導き出すのに十分なエビデンスがない。
3. 誰と行うか
- 推奨
- 1人で身体活動を行うことを好むという傾向を阻害せずに、サポートを提供したり交流を促したり、行うことに価値を感じさせるような他人との身体活動への参加を推奨する。
- 解説
- 身体活動には社会的相互作用や対人関係を伴うことが多い。それらが身体活動によるメンタルヘルス改善のメカニズムの一つとして作用していることも、古くから報告されてきている。 この点に関する注意点の一つは、個人で身体活動を行うことを好む人もいるという点である。とくに、身体活動を行う時間帯のほかには1人でいる時間を作れないという人にとっては、この点は重要なことの可能性がある。
4. 物理的環境
- 推奨
- 可能であり、かつ適切と判断される場合は、快適な屋外の自然環境(緑や青空のもとなど)で、何らかの身体活動を行う。
- 解説
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屋内と屋外での身体活動を比較した介入研究のシステマティックレビューでは、屋外でのウォーキングやランニングは、屋内で行われた同等の活動と比較して、抑うつ感が低下し、活力が高まることを報告している。屋外環境は屋内環境よりも、精神衛生上のメリットが大きい可能性が考えられる。
ただし、屋外環境は屋内のように一律ではない。例えば、緑地(公園など)、水辺、または人工の都市構造物に囲まれている場合など、大きな違いがあり、その違いが精神的健康に異なる影響を与える可能性がある。豊かな自然の屋外環境を都会の屋外環境と比較した介入研究のメタアナリシスは、うつ病、不安、感情、および活力への影響に関して、自然環境での身体活動を支持している。つまり、屋外で身体活動を行う効果の優位性は、自然の中で身体活動を行うことのメリットを捉えたものである可能性もある。実際、自然に恵まれていない都市環境では、屋内環境のほうが運動による精神的健康効果が大きくなることを報告した研究もある。
5. どのようなタイミングで行うか
- 推奨
- 余暇時間に少なくともある程度の身体活動を行うことを推奨する。できるだけ、楽しみを感じながら、または自主的に行う身体活動を優先する。
- 解説
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無作為化比較試験のメタ解析の結果は、余暇時間の身体活動の介入が、うつ病や不安リスクの低下、QOLやウェルビーイングの向上と関連していることを示している。また、余暇時間の身体活動のみが、メンタルヘルス上のメリットと関連しており、職業上の肉体労働や通勤、家事の身体活動がメンタルヘルスの改善と関連しているとする報告はあまりない。余暇以外の身体活動の有益性を示唆する研究もあるが、結果の一貫性が十分でない。
よって、日常生活のどのような場面で身体活動を行うかによって、メンタルヘルスに対する影響が異なる可能性が示唆される。
文献情報
原題のタイトルは、「Optimising the effects of physical activity on mental health and wellbeing: A joint consensus statement from Sports Medicine Australia and the Australian Psychological Society」。〔J Sci Med Sport. 2023 Feb;26(2):132-139〕
原文はこちら(Elsevier)