水泳選手のパフォーマンスは声援で向上する、ただし疲労が早まる可能性に注意
陸上競技では、声援がアスリートのパフォーマンスを高めることを示す複数の研究結果が報告されているが、水泳でも同様の効果が認められるとする論文が発表された。ただし、声援によって筋肉の疲労も早く発生し、またパフォーマンスへの効果は経験の長い選手では弱くなるという。
水泳選手にも声援は有効か?
アスリートが試合に参加中、コーチや観客が応援するという行為は、精神的な集中力が必要とされる競技を除いて、多くの競技で行われている。そのような応援が実際に選手のパフォーマンスを高めることについては、複数の研究報告がある。例えば、ランニング、自転車、フットボールなどだ。
反対に、応援の効果は認められないとする報告もある。例えば柔道選手の握力は、声援をかけても有意に上昇することはなく、またラグビー選手の上半身のパフォーマンスも変化しないという報告がある。全体的に、研究対象がエリートレベルの選手の場合は応援の効果が乏しく、経験が少ないアスリートでその効果が大きい傾向も認められる。
一方、応援によってアスリートの身体的ストレスが増える可能性のあることも報告されている。例えば、サッカー選手やテニスプレーヤー対象の研究で、応援をかける条件では心拍数や乳酸値、自覚的運動強度(rate of perceived exertion;RPE)が上昇したというデータがある。また、20mシャトルランでのVO2maxと心拍数が声援によってともに上昇するというデータも報告されている。よって、行う競技や条件次第で、声援によってアスリートのパフォーマンスが向上し得るものの、疲労が早く発生してしまい、その効果を相殺してしまう可能性も考えられる。
水中の選手に声援をどう届けるか
ただし、これらの知見はすべて、陸上競技での研究から得られたものであって、水泳での研究はほとんどなされていない。その理由はおそらく、周囲からの声援を試合中の選手に対して、明確に聞き取れるように伝えることが、技術的に困難であるためと考えられる。この問題に対して今回紹介する論文の研究では、プールサイドのコーチがスマートフォンで発生する音声をBluetoothで接続されたアスリートのゴーグルのゴムに伝え、骨伝導を利用して水中のアスリートに届けるという方法で解決し、検討を行っている。
無作為化クロスオーバー法で検討
研究の対象は、イタリアのジェノバ所在の水泳クラブで募集された。適格条件は、地域または国際大会への参加に向けて1年以上のトレーニングを行っており、国際ポイントスコア(international point score;IPS.http://www.swimnews.com/ipspoints)が200m自由形で200点以上であること。なお、IPSは最新の世界記録が1,000点であり、遅い記録ほど低得点となる。
75人がスクリーニングに参加し60人が適格条件を満たした。年齢は18.63±3.46歳、男性47%、トレーニング歴7.03±3.9年、体脂肪率11.45±1.84%、記録は50mプールでの200m自由形で134.26±19.22秒であり、IPSは716±164点(中央値746点)。
骨伝導で声援し、表面筋電図で筋疲労を把握
研究デザインは、無作為化クロスオーバー試験。コンピューターが生成した無作為化された順序で、全参加者が声援あり/なしの2条件で記録を計測した。試行には1週間あいだをあけ、同じ時刻に実行した。
声援は前述のように、コーチがスマートフォンで発生する音声をBluetooth経由でアスリートのゴーグルから骨伝導で伝えるという方法を採用した。声援の内容は「全力で泳げ! 行け! もっと強く! より強く! あきらめるな!」といった内容であり、200mトライアルの各ラップ(50m)の15mと45mを通過するタイミングで声掛けした。
また、大胸筋、上腕三頭筋、広背筋、大腿直筋の筋疲労を表面筋電図で評価した。
200mの前半は声援あり条件でタイム短縮、後半は延長し、トータルでは短縮
検討の結果、声援ありの条件では有意に記録が向上するという結果が得られた。200mの前半と後半に二分して検討した場合、前半ではスピードが有意に向上し、後半は有意に低下、トータルでは有意に向上という結果だった。詳細は以下のとおり。
200m全体の速度は、声援なし条件では1.47±0.17m/秒、声援あり条件では1.48±0.17m/秒、平均差-0.011±0.002m/秒(-0.014~-0.008)、効果量(ES)-0.9(大)。前半の100mの速度は、同順に1.50±0.17m/秒、1.53±0.15m/秒、平均差-0.033±0.004m/秒(-0.041~-0.025)、ES-1.11(大)。後半の100mは、速度が1.44±0.17m/秒、1.43±0.18m/秒、平均差0.008±0.002m/秒(0.004~0.011)、ES0.63(中)。
経験年数が短いほうが、声援の効果が大きい
次に、声援なし条件と声援あり条件の記録の差に影響を与える要因を多変量解析で検討。その結果、選手の性別や年齢、および自己ベスト記録(IPSの点数)は有意な影響がなく、唯一、経験年数のみと有意な関連があり(p<0.011)、経験が短いほうが声援をかけることによりタイムがより向上することがわかった。
声援あり条件では筋疲労が上昇する
続いて、表面筋電図で評価した筋疲労の程度をみると、大胸筋、上腕三頭筋、広背筋、大腿直筋すべてにおいて、声援あり条件のほうが有意に筋疲労レベルが高いことが観察された。200mの前半と後半に二分して解析すると、前半で条件間の有意差がついたのは広背筋のみだったが、後半はすべての部位で有意差がついていた。
声援でトレーニングの質を高められる可能性
著者らは本研究が、「水泳選手のパフォーマンスと筋疲労に対する声援の影響を調査した初の研究である」と述べている。また、「選手のストローク長やストローク数、心拍数、乳酸値、VO2max、RPEなどを評価していないことなど、限界点はあるものの、無作為化されたデザインで声援の有無により水泳選手のパフォーマンスと筋疲労に差が生じることが示された」としている。
論文の結論は、「水泳の中距離種目(200m自由形)中の声援が、経験が少ない選手のパフォーマンスをより向上させることが明らかになった。より良い生理学的な方法で、レース中の選手に声援をかけることを可能にすることにより、トレーニングの質の改善につながる有用な方法になる可能性がある。ただし、疲労という点では悪影響があるようだ」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「The Effect of Verbal Encouragement on Performance and Muscle Fatigue in Swimming」。〔Medicina (Kaunas). 2022 Nov 23;58(12):1709〕
原文はこちら(MDPI)