オリンピックは開催地の子どもたちを健康にした 2008年夏季北京五輪での自然実験
2008年夏季の北京オリンピック開催が、子どもたちの健康レベルの向上と関連しているとする研究結果の報告がある。五輪開催地である北京近郊で五輪をより身近に体感していたと考えられる子どもは、低体重や過体重のリスクが低いという。中国の研究者らによる報告であり、「今後のオリンピック開催国は、子どもたちの健康に焦点を当てることで、五輪開催を『健康遺産』として引き継いでいくことができるのではないか」と提案されている。
オリンピックが人々の健康を改善する?
北京五輪に関連するこれまでの研究から、五輪開催期間中は交通規制などによって空気中の微小粒子状物質(PM10)や炭素濃度が大幅に低下したこと、一般市民のメンタルヘルスが向上したことなどが報告されている。子どもの場合も、メンタルヘルス改善が身体の健康的な成長にも寄与すると考えられる。ただし、五輪開催が子どもの身体的健康に影響を及ぼしたとするデータはまだ示されていない。これを背景として本論文の著者らは、北京五輪というイベントを「自然実験」の機会として利用した検討を行った。
解析対象とするデータは、中国において、社会や経済、教育、人口、健康などの幅広い基礎データの取得を目的に実施されている、全国規模の縦断調査「中国家族パネル研究(China Family Panel Studies;CFPS)」を用いた。
2014年に登録されたCFPS第3集団と、2018年に登録された第5集団の3~10歳の子ども、計6,951人を対象として、北京オリンピックの開催前に生まれていたか、開催後の出生かに二分。また、成長速度は年齢によって異なることから、3~6歳、7~10歳に二分。さらに、オリンピックの影響は開催地近辺とそれ以外の地域では異なると考えられることから、居住地が北京近郊か否かで二分。以上、合計3因子で成長への影響を比較検討した。
成長への影響は、成長障害、低体重、過体重、肥満の割合で評価した。このうち成長障害と低体重に関しては、世界保健機関(World Health Organization;WHO)の成長チャートの年齢別の身長または体重からZスコア×2以上低い場合を、成長障害、低体重と定義した。過体重と肥満については、国際的なBMIによるカットオフ値により判定した。
そのほかに共変量として、世帯収入、居住地域(都市部か郊外か)、出生時体重、在胎期間、母親の教育歴などを把握した。
北京五輪により身近に接していた子どもは低体重や過体重が少ない
6,951人の子どものうち3~6歳が51.55%、7~10歳が48.45%で、男児が53.58%、女児が46.42%だった。また、成長障害の割合は7.80%、低体重は26.36%、過体重は14.10%、肥満は20.89%だった。
調査登録年が新しく、北京近郊に居住している子どものほうが健康的な傾向
まず、調査年、年齢層、北京近郊か否かで、成長障害、低体重、過体重、肥満の有病率を比較した結果は以下のとおり。
成長障害の有病率は、3~6歳より7~10歳(OR0.69)、2014年より2018年(OR0.57)、北京近郊以外より北京近郊(OR0.45)のほうが低く、いずれも有意差があった。
低体重の有病率は、2014年より2018年(OR0.56)、北京近郊以外より北京近郊(OR0.65)のほうが有意に低かった。年齢層に関しては有意差がなかった。
過体重の有病率は、年齢層、登録年、北京近郊か否かのいずれに関しても有意差がなかった。
肥満の有病率(前述のようにBMIに基づく判定)は、3~6歳より7~10歳(OR0.32)、2014年より2018年(OR0.69)のほうが有意に低かった。北京近郊か否かに関しては有意差がなかった。
女児では低体重、過体重に加えて肥満も少ない
次に、本研究の主題である北京五輪に接していた影響を検討した。出生後に北京五輪が開催され、かつ北京近郊に居住していた子どもとその他の子どもの成長障害、低体重、過体重、肥満の有病率を比較。
共変量を調整しないモデルでは、低体重の有病率のみ有意差が認められ、北京五輪に接していた子どものほうが有病率が低かった(OR0.11)。成長障害、過体重、肥満に関しては、北京五輪に接していたか否かの違いによる有病率の有意差はみられなかった。
続いて、共変量として把握したすべての因子(年齢、性別、居住地、世帯収入、母親の教育歴・年齢・居住地、出生時体重、在胎期間など)を調整して検討。その結果、低体重(OR0.12〈95%CI;0.02~0.69〉)と過体重(OR0.43〈95%CI;0.19~0.68〉)の有病率は、北京五輪に接していた子どものほうが有意に低かった。成長障害と肥満の有病率に関しては有意差がなかった。
男児と女児に分けたサブグループ解析の結果、成長障害、低体重、過体重に関しては交互作用が有意でなく、全体解析の結果と同様だった。一方、肥満に関しては交互作用が有意であり(すべての共変量を調整後のモデルでp=0.013)、女児では北京五輪に接していたことと肥満有病率の低下の有意な関連が認められた(OR0.24〈95%CI;0.06~0.94〉)。男児については全体解析の結果と同様であり、有意差がなかった。
オリンピックを『健康遺産』に
以上をまとめると、2008年の北京オリンピックは、男児と女児の低体重と過体重のリスク低下と関連しており、女児に関しては肥満リスクの低下とも関連していた。
著者らは、「オリンピックの公衆衛生への影響を長期的かつ広い年齢層で追跡するには、さらなる研究が必要」と述べたうえで、「オリンピックは世界最大で最も影響力のあるスポーツイベントである。将来のオリンピック開催国は、子どもの成長と発達に対する潜在的なプラスの影響に焦点を当てることで、オリンピックの健康遺産を引き継ぐことができると考えられる」とまとめている。
文献情報
原題のタイトルは、「Association between Olympic Games and children’s growth: evidence from China」。〔Br J Sports Med. 2022 Mar 3;bjsports-2021-104844〕
原文はこちら(BMJ Publishing Group Ltd & British Association of Sport and Exercise Medicine)