7種のアミノ酸が認知症の進行を抑える 脳の炎症性変化を防ぎ神経細胞死による脳萎縮を抑制
特定のアミノ酸の摂取が認知症の病態を抑止するとする日本発の研究結果が、米国科学振興協会の「Science Advances」に掲載された。国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研)と味の素株式会社の共同研究によるもので、量研のサイトにプレスリリースが掲載された。
発表のポイント
- 特定のアミノ酸※1の摂取が認知症の病態を抑止することが、世界で初めて明らかになった。
- 7種類のアミノ酸「Amino LP7」を摂取した認知症モデルマウス※2では、異常なタンパク質の蓄積に打ち勝って、神経細胞死による脳の萎縮が顕著に抑制された。
- 網羅的な脳内遺伝子発現の解析※3などにより、Amino LP7が脳内炎症を減らして神経細胞死を防ぎ、神経細胞同士をつなぐシナプス※4を保護して脳の機能を保つことを明らかにした。
- Amino LP7は炎症を引き起こす物質キヌレニン※5が脳内に入るのを抑え、炎症性細胞が神経細胞を攻撃するのを防ぐことを見いだした。
研究の概要
量研は、味の素株式会社との共同研究において、タンパク質の構成要素であるアミノ酸のうち、7種の必須アミノ酸の摂取が脳機能維持・改善をする仕組みを明らかにした。
認知機能低下の原因は脳内で20~30年かけて起きていることが報告されている。記憶力に加え注意力や実行力など複数の高次脳機能も認知機能に含まれる。日常生活ではよくある、物事を同時に行うという能力も認知機能の一部。認知機能低下の症状が現れた時には神経細胞死が既に起こっているため、いかに早期に対応できるかということが重要。
脳は神経細胞同士が連絡するシナプスという部分で神経伝達物質※6をキャッチボールのようにやり取りすることで機能を発揮している。必須アミノ酸は、脳の神経伝達物質の「素」となっており、脳機能維持・改善に働く可能性があるが、体内では合成されないため、意識的に摂取することが必要。本研究に先行して味の素株式会社と共同で行った高齢マウスでの検討※7の結果、9種類ある必須アミノ酸の中で脳への移行性が高く、脳の神経伝達物質の「素」になる重要なアミノ酸として、7種の必須アミノ酸(ロイシン、フェニルアラニン、リジン、イソロイシン、ヒスチジン、バリン、トリプトファン)を特定の割合で組み合わせて投与すると、加齢に伴う認知機能の低下が抑えられることが明らかとなった。
そこで、この7種のアミノ酸からなる特定の組み合わせを味の素株式会社が「Amino LP7」と名付け、量研は今回の研究で認知症病態のモデルマウスにおいて、Amino LP7が脳に及ぼす効果を調べた。このモデルマウスでは異常なタウタンパク質※8が脳の中に蓄積し、脳内で炎症が生じ神経細胞死による脳の萎縮が起こるが、Amino LP7の投与により脳内ではタウタンパク質の蓄積に打ち勝って、脳の萎縮を防ぐことができた。
顕微鏡による脳の解析や、脳内の遺伝子発現の網羅的解析により、Amino LP7が脳の炎症性変化を減少させ、シナプスの障害も防ぐことを見いだした。脳内の炎症を引き起こす細胞は神経細胞を攻撃してシナプスを減らし、最終的に死に至らしめることが知られており、Amino LP7はこれらの変化を抑えると考えられる。
さらにAmino LP7は脳内炎症※9を加速するキヌレニンという「炎症性アミノ酸」の脳への流入をブロックすることで、脳内の炎症性変化を減少させることが判明した。
本研究は栄養と脳機能・脳病態の密接な関係を実証し、特定のアミノ酸の組み合わせが認知症病態から脳を守り、認知症を予防し進行を遅らせる効果を発揮しうることを世界で初めて明らかにした。Amino LP7は先行研究において、認知障害がない高齢者の認知機能を高めることが示されているが、本研究の成果に基づいて量研は味の素株式会社との共同でAmino LP7の認知症に対する有効性を検証する臨床研究を開始した。
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト「神経変性疾患のタンパク凝集・伝播病態と回路障害の分子イメージング研究」、ムーンショット型研究開発事業「病気につながる血管周囲の微小炎症を標的とする量子技術、ニューロモデュレーション医療による未病時治療法の開発」などの支援を受けて実施された。
研究開発の背景と目的
超高齢社会が進む日本では高齢化率が年々上昇し、2025年には3人に1人が65歳以上になると推計されている。高齢化の進行に伴い生活者の抱える健康課題も変化し、将来の認知機能・記憶力の低下に不安を抱えている生活者が多く存在する。同時に、認知機能低下に伴う社会的コストの増加も想定され、この負担を減らしていくことも社会として求められている。
認知機能低下の原因は脳内で20~30年かけて起きていることが報告されている。認知機能が低下するリスクの1つに日常生活の乱れも関与していることが報告されており、早期から日々の食事、運動、睡眠の生活習慣を整えることが重要と考えられる。
60歳以上を対象とし、食品摂取の多様性と、認知機能低下のリスクの関連について検討した研究では、食品摂取の多様性が低い(いろいろな食品を食べていない)グループに比べ、多様性が高い(いろいろな食品を食べている)グループでは、認知機能低下が起こりにくいことが示されている。
このことからも、偏った食事ではなく、いろいろな食品を摂取することが認知機能の維持の観点から重要と言える。栄養素によっては外部からの摂取が必須であるものがあるため、偏った食生活では認知機能の維持に重要な栄養素が不足する可能性がある。
本研究では、三大栄養素の1つであるタンパク質の摂取に着目し食事の栄養素レベルと認知機能の関係について検証した。タンパク質摂取と認知機能の関連に関する研究結果はこれまで複数報告され、日々のタンパク質の摂取は認知機能の維持の観点からも重要なことが示唆されている。
脳は神経細胞が密につまり、神経細胞どうしが連絡を取り合うことで機能を発揮する。そして、脳が機能を発揮するには、神経細胞が連絡を取り合うための神経伝達物質が必要。神経伝達物質は必須アミノ酸を基質として体内でつくられ、その必須アミノ酸は体内では合成されないため、外部から摂取することが必要であると理解されている。しかし、タンパク質の摂取不足や必須アミノ酸の摂取が脳機能にどのように作用するかは明らかになっていなかった。
そこで本研究では、神経伝達物質の素となる必須アミノ酸がいかに脳機能の維持に役立つかを解明するために、認知症モデルマウスを用いて検討した。
研究の手法と成果
7種の必須アミノ酸について
認知機能に関するアミノ酸の重要性を示す知見として、味の素株式会社と共同で実施した先行研究では、アミノ酸から構成されているタンパク質が少ないエサを高齢マウスに与えたところ、脳内の神経伝達物質の量が低下し記憶・学習能力の低下が見られたことが報告されている。一方で、神経伝達物質の素となる7種の必須アミノ酸摂取により、神経伝達物質の量は回復し、記憶・学習能力はタンパク質が多い食事と同等レベルに維持することができるということがわかった。この先行研究で用いた必須アミノ酸の組成は、脳内への入りやすさを加味して味の素株式会社が考案した独自の必須アミノ酸配合であり、本研究ではAmino LP7と呼んでいる。
本研究では、Amino LP7の摂取が認知機能を維持改善できる仕組みのさらなる検討として、脳萎縮を起こすタイプの認知症モデルマウスを用いて検証を行った。認知症モデルマウスにAmino LP7を朝と夕の1日2回、約3カ月間与えて脳の大きさを磁気共鳴画像(MRI)※10を用いて測定した。その結果、認知機能の低下に関与していると思われる、神経細胞死により引き起こされる脳の萎縮が、認知症モデルマウスで抑制されたことがわかった。
続いて、高齢者では加齢による衰えから食欲が低下することでタンパク質の摂取不足も起こりがちであることから、認知症モデルマウスに低タンパク食を与えて脳の状態を調べた。その結果、この脳の萎縮は、低タンパク食を摂取することで加速されることも明らかとなった。一方、低タンパク食を摂取しているマウスでも、Amino LP7を摂取することで、脳萎縮が抑制されることを明らかにした(図1左)。
さらに詳細なメカニズムを明らかにするために、シナプスレベルでの検討を行った。認知症モデルマウスではシナプスを構成するスパイン※11の数が減少しているが、Amino LP7を摂取することで健常マウスと同等レベルのスパイン数を維持することができた(図1右)。
図1 Amino LP7摂取による大脳皮質の萎縮の抑制およびシナプス(スパイン)消失の抑制
続いて、Amino LP7が大脳に遺伝子レベルでどのように作用しているかを明らかにするために、網羅的遺伝子解析を行った。
その結果、認知症モデルマウスでは健常マウスに比べて脳内の炎症が活発化し、神経細胞の活性やシナプスを形成するスパインに関する遺伝子の発現が低下していることがわかった。Amino LP7を摂取すると、脳内炎症に関する遺伝子発現が抑制され、神経細胞の活性やスパインに関する遺伝子の発現が増加した(図2)。
本実験により、Amino LP7の摂取による脳機能の改善に、脳内の炎症の改善が関与していることが示唆された。
図2 大脳皮質における網羅的遺伝子解析結果
Amino LP7が脳内の炎症を改善する仕組みを明らかにするために、必須アミノ酸と同じトランスポーター※12から脳内に入るキヌレニンという分子に着目した。キヌレニンは炎症に関連する物質であることが知られている。
認知症モデルマウスでは脳内のキヌレニン濃度が上昇していたが、Amino LP7を摂取すると脳内キヌレニン濃度の上昇を抑制できることがわかった。これは、Amino LP7がキヌレニンと同じ脳への入り口となるトランスポーターから脳内に移行するため、キヌレニンの脳内への移行を抑制したと考えられた。
つまり、Amino LP7がキヌレニンの脳内への流入を防ぎ、脳萎縮の前段階である脳内の炎症を抑制することが示された(図3)。
図3 Amino LP7がキヌレニン脳内濃度の上昇を抑制
以上、本研究では、Amino LP7が脳の中で神経伝達物質の「」素として神経細胞の働きを高める可能性、そして炎症を引き起こすキヌレニンが脳内に入ることを阻止し、脳内炎症の抑制をすることで脳機能を維持する可能性が示された(図4)。
図4 Amino LP7が脳機能維持に寄与するメカニズムのまとめ
今後の展開
研究グループは、本研究により「Amino LP7が認知症モデルマウスの脳萎縮を抑制し、シナプスの維持に寄与することが明らかとなった。Amino LP7が脳萎縮やシナプスを守る仕組みには脳の炎症が関与していることを明らかにした」と研究意義をまとめている。また今後の展開として、「ヒト脳機能を維持する仕組みに脳内炎症が関与していることを臨床でのイメージング研究において明らかにしていき、認知症の発症予防法を見つけていきたいと考えている」と述べている。
プレスリリース
7種のアミノ酸が脳を守り、認知症の進行を抑えることを発見!-脳の炎症性変化を防ぎ、神経細胞死による脳萎縮を抑制(国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構)
文献情報
原題のタイトルは、「Neurodegenerative processes accelerated by protein malnutrition and decelerated by essential amino acids in a tauopathy mouse model」。〔Sci Adv. 2021 Oct 22;7(43):eabd5046〕
原文はこちら(American Association for the Advancement of Science)
※1 特定のアミノ酸
ヒトをはじめとした生物の構成成分であるタンパク質のもとになるのがアミノ酸であり、ここでの特定のアミノ酸とは、必須アミノ酸と呼ばれる特殊なアミノ酸種のうちの7つを指す。必須アミノ酸は体内では合成できないアミノ酸で、(1)ロイシン、(2)フェニルアラニン、(3)リジン、(4)イソロイシン、(5)ヒスチジン、(6)バリン、(7)トリプトファン、(8)スレオニン、(9)メチオニン。本研究では、(1)~(7)の必須アミノ酸を独自配合し用いた。
※2 認知症モデルマウス
異常タウタンパクが脳内に出現し、加齢とともに進行性の脳萎縮が起きるrTg4510マウス。タウとは、神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。アルツハイマー型認知症をはじめとするさまざまな精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られている。
※3 網羅的な脳内遺伝子発現の解析
マイクロアレイという技術を用い多数の種類の遺伝子の発現を調べること。
※4 シナプス
神経情報を出力する側と入力される側の間に発達した、情報伝達のための接触構造。
※5 キヌレニン
トリプトファンからナイアシンを生合成するキヌレニン経路における主要な代謝中間体の一つ。アミノ酸の一つでもある。