オリンピック出場選手の五輪での成績は将来の幸福度に大きく影響 リオ五輪選手の検討
オリンピック参加アスリートに関する研究は、参加前の準備段階に焦点を当てたものが多いが、開催後のフェーズでのアスリートの幸福感を調査した研究結果が心理学のジャーナル「Frontiers in psychology」に掲載された。五輪後のアスリートの幸福感は、五輪の成績によって大きく異なるという。
オリンピック参加アスリートのその後の健康と幸せを左右するものは?
オリンピックは多くのアスリートにとって、キャリアの頂点として位置づけられる。オリンピックに参加することは、自国内および国際的な認知、生涯にわたる目標の達成、さらには経済的利益の達成など、極めてプラスの経験となる。ただし、オリンピック終了後にスポットライトが薄れると、アスリートは予期しない課題に直面することがあると、いくつかの報告が示している。しかし、アスリートに直接インタビューした研究は少ない。
本調査は、オーストラリアオリンピック委員会の建策により、本論文の著者陣に研究が依頼され実施された。研究対象は、2016年のリオオリンピックに参加したオーストラリアのオリンピック選手18名であり、半構造化面接を行い幸福感を評価した。なお、リオ五輪にオーストラリアは422名の選手団を派遣した。メダル数は世界8位であり、この成績は事前の予想を大きく下回っていた。
五輪から2年後に18名のオリンピアンが研究に参加
研究は、リオ五輪終了から2年後の2018年に実施された。この2年という期間は、アスリートの五輪参加時の感情の高まりが落ち着き、新たな生活がかたちづくられている時期と考えられ設定された。オーストラリアオリンピック委員会からリオ五輪参加アスリートに研究参加者募集の連絡がなされ、422名中18名が研究参加に同意した。
研究参加者の主な背景は以下のとおり。
競技種目は団体競技が8名、個人競技が10名、性別は男性と女性が9名ずつ、年齢は20代が11名、30代が7名、五輪参加経験は初回が8名、10名は2回以上、五輪後の選手生活は現役が13名、引退が5名。
面接は6名が対面、12名は電話により、定性的調査の経験のある著者が実施。所用時間は45~120分の範囲で平均60分だった。
構造化面接の主要テーマは、「パフォーマンスの評価」「五輪後の計画」「周囲からのサポート」の3点で、それぞれ、アスリートが置かれている状況が良好な場合とそうでない場合に分けて考察された。
パフォーマンスの評価
五輪の成績について、一部のアスリートは五輪直後の感情を否定的に表現していた。ただし、長期的には全体的に肯定的な表現で語られた。
パフォーマンスの期待に応えられたケース
五輪参加が初回か2回目以降かにかかわらず、アスリートがパフォーマンスの期待に応えられた場合、またはパフォーマンスに満足していた場合、五輪後にポジティブな経験を積んでいた。例えば、ある女性アスリートは、「自分の最終的な目標は、五輪で自己ベストを出すことだった。なぜならそれまで5年間、自己ベストを更新していなかったからだ。そして、ついに決勝で自己ベストを出した。それは自分にとって金メダルを獲得したのと同じようなものだった」と語っている。
このようなアスリートは、他者が自分のパフォーマンスをどのように認識しているかということよりも、自分自身の評価を重視していた。このような考え方は、五輪後の長期的な変化に上手に対応するために重要と考えられた。
パフォーマンスの期待に応えられないケース
この調査の対象者の多くは残念ながら、パフォーマンスの期待に応えられなかった。つまり、自己ベストを記録できなかったか、決勝進出やメダル獲得ができなかった。そのようなアスリートは結果に失望したと感じており、その不利な認識は五輪直後の状態に悪影響を及ぼし、一部のアスリートは長期的な心理的苦痛につながっていた。
あるアスリートは、「2018年のコモンウェルスゲームズ(英連邦加盟国・地域により4年ごとに行われる競技会)が近づいたとき、リオのことは考えたくなかったので忘れるようにした」と述べ、別の団体競技アスリートは、「われわれはおそらくリオで最高の試合をしたが、それは私たちが失ったものに関して何の意味ももたない。私がいかに戦ったか、誇りとすることができるだろうか?」と語った。
とくに、恐らくこれが最後の五輪参加の機会であると考えられた場合のプレッシャーは、五輪後の自己認識に強く影響を与えていた。また、パフォーマンスの期待に応えられたか否かの違いは、ときに個人競技と団体競技とで異なる傾向もみられた。
まとめると、五輪でのパフォーマンスの結果は、五輪後のスポーツへの認識、アイデンティティ、および幸福感と強い関連性が確認された。
五輪後の計画をもっていることや、周囲からのサポートの影響
調査に参加したアスリートのうち、五輪前に五輪後の計画をもっていたアスリートは、そのことが五輪後の健康上の保護要因として役立ったと述べていた。一方、五輪後の計画を持たずに参加したアスリートは、引退の時期に確信が持てなかったりするなど、否定的な感情が引き起こされていた。
全体として、五輪後に通常の状態に戻るか、スポーツから引退するかという計画をもっていることは、アスリートの健康に重要な役割を果たしていると考えられた。
また、家族、友人、コーチスタッフ、スポーツ団体からの心理社会的、経済的サポートのあるアスリートは、五輪後の健康状態がより良好であると回答していた。一方、そのようなサポートにアクセスできないアスリートや、所属している組織の再編、コーチの変更、国策としての資金の削減などのストレス要因は、五輪後のアスリートの幸福に対する明らかな障害として挙げられた。
具体的には、「リオ五輪前まで、コーチ、心理学者、栄養士、トレーナー、さまざまな人が支援してくれた。五輪後、誰一人として連絡をしてくれず、資金を完全に失った。政府は私をシステムから切り離し、私は精神的に混乱するばかりだった」という声や、「私は身近な人とは話したくなかった。チームの関係者と話すには重い責任が伴うように感じた」などの声がみられた。
本研究の結論を著者は、以下の3点にまとめている。
- オリンピックの成績は、五輪後のアスリートの幸福に強く影響していた
- 五輪後の計画をもっていることは、平常の状態に戻るための主要なリソースだった
- 五輪後に利用可能なサポートの存在は重要と考えられたが、アスリートの求めるものはより切実なケースもあった
これらの調査結果は、将来のオリンピックへ参加するアスリートの健康を増進するための計画を策定する際に、役立てられることが期待される。
文献情報
原題のタイトルは、「Exploring the Experiences and Well-Being of Australian Rio Olympians During the Post-Olympic Phase: A Qualitative Study」。〔Front Psychol. 2021 May 26;12:685322〕
原文はこちら(Frontiers Media)