肉離れしにくい女性アスリートは疲労骨折しやすい? 遺伝背景と怪我の関連が明らかに
女性アスリートの肉離れの起きやすさには遺伝的な関係もあり、遺伝的に肉離れしにくい女性アスリートは疲労骨折のリスクが高いという研究結果が報告された。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の研究グループが、2,000名以上のアスリートを対象に行った調査から明らかになったもので、米国スポーツ医学会の「Medicine and Science in Sports and Exercise」に論文掲載されるとともに、同大学のサイトにニュースリリースが掲載された。
研究の背景
アスリートが充実した競技生活を送るには外傷・障害を防ぐことが重要であり、とくに発生率の高い疲労骨折や肉離れ対策の必要性が高い。
疲労骨折には骨密度、肉離れには筋の硬さが関係しているが、その両者と関連している因子がI型コラーゲンだ。I型コラーゲンは骨組織の主要な構成要素であり、かつ、筋の硬さを決定している。I型コラーゲンの量的・質的な差異が、骨密度や筋の硬さに影響を及ぼすことが、アスリートの疲労骨折や筋傷害の受傷リスクを左右する可能性が考えられる。しかし、これまで十分な調査解析は行われていない。
そこで研究グループでは、I型コラーゲンα1鎖※1遺伝子の発現調節領域に存在する遺伝子多型※2(rs1107946, A/C)と、骨密度や筋の硬さ、および、アスリートの疲労骨折や筋傷害受傷との関係を明らかにすることを目的に、以下の調査解析を行った。
※1 I型コラーゲンα1鎖:I型コラーゲン分子を構成するポリペプチド鎖の一つ。I型コラーゲンは3本のα鎖から成る3本鎖らせん構造を有しており、通常2本のα1鎖と1本のα2鎖から成るヘテロトリマーとして存在する。
※2 遺伝子多型:遺伝子を構成しているDNA配列の個体差のこと。
研究内容
研究の対象は、1,667名の日本人アスリート、および順天堂大学体格体力累加測定研究(J-Fit+ Study)※3に参加した508名の同大学生アスリート。疲労骨折および肉離れ等の筋傷害の受傷歴と、唾液から得られたDNAをもとに解析したI型コラーゲンα1鎖遺伝子多型(rs1107946, A/C)の関連を調査した。
その結果、CC型とAC型の女性アスリートでは、疲労骨折の受傷歴を有する人が多く(17.8%)、筋傷害の受傷歴を有する人は少ないこと(9.9%)が明らかになった。反対に、AA型の女性アスリートでは疲労骨折の受傷歴を有する人が少なく(9.0%)、筋傷害の受傷歴を有する人は多いこと(18.6%)がわかった。この結果は、疲労骨折に対してはCC型やAC型がリスクとなり、筋傷害に対してはAA型がリスクとなることを示している。
次に、この遺伝子多型と骨や筋の組織特性との関連を検討したところ、CC型やAC型の女性は骨密度が低く筋が軟らかいこと、その一方、AA型の女性は骨密度が高く筋が硬いことがわかった(図)。
なお、男性においては、このような関連は認められなかった。
※3 体格体力累加測定研究(J-Fit+ Study):順天堂大学スポーツ健康科学部では、同学部の全学生(1~4年生)を対象とした体格・体力の測定を1969年から毎年実施し、スポーツ系大学生の基礎体力および形態データを蓄積している。2016年からは順天堂大学体格体力累加測定研究(Juntendo Fitness Plus Study、略称J-Fit+ Study)として位置づけ、青年期の体格・体力、運動・スポーツ実施、ケガの経験や遺伝情報などと成人期以降の健康やスポーツキャリアの関連性について、蓄積データを活用した研究を進めている。
図 I型コラーゲンα1鎖遺伝子多型と疲労骨折、筋傷害の関連
この関連のメカニズムを検討するため、さらにヒトの骨格筋で詳細な分析を行った結果、CC型やAC型を有する人の骨格筋ではI型コラーゲンα1鎖の遺伝子発現レベルが高く、I型コラーゲン分子を構成するα1鎖とα2鎖の比(α1/α2)が高いことがわかった。α1鎖とα2鎖の比が高いことは、通常2本のα1鎖と1本のα2鎖から成るヘテロトリマー※4として存在するI型コラーゲンが、3本のα1鎖から成るホモトリマー※4の形で組織中に存在することを示唆している。
以上より、I型コラーゲンα1鎖遺伝子多型のCC型やAC型を有する女性アスリートは、I型コラーゲンの組成の違いにより骨密度が低く筋が軟らかいこと、その結果、筋傷害のリスクは低い一方で疲労骨折のリスクは高いことが明らかとなった。
※4 ヘテロトリマー・ホモトリマー: コラーゲン分子を構成する3本のα鎖が、異なる種類のα鎖で構成される場合をヘテロトリマーと呼び、同一のα鎖から成るものをホモトリマーと呼ぶ。
今後の展開
近年、スポーツ外傷・障害の受傷リスクと関連する遺伝子多型が同定されつつある。しかしその遺伝子多型による受傷メカニズムはほとんど検討されていない。
本研究により、遺伝要因が骨密度や筋の硬さといった組織の特性を介してスポーツ外傷・障害の受傷リスクに影響することが明らかになった。これにより、組織の特性をターゲットとした新たな予防法の開発につながる可能性がある。また、個人の遺伝的体質によるスポーツ外傷・障害受傷リスクの高低を組織別に事前に把握することができれば、より効率的に予防策を講じることが可能となる。
研究グループでは、「今後さらに他の遺伝要因も明らかにすることにより、個人の遺伝的体質と競技特性を総合的に考慮したスポーツ外傷・障害予防法の構築を目指す」としている。
関連情報
女性アスリートの遺伝的なケガのリスクが明らかに~肉離れしにくい選手は疲労骨折しやすい?~(順天堂大学)
文献情報
原題のタイトルは、「Female athletes genetically susceptible to fatigue fracture are resistant to muscle injury: Potential role of COL1A1 variant」。〔Med Sci Sports Exerc. 2021 Mar 12〕
原文はこちら(American College of Sports Medicine)