アスリートや健常者の運動負荷時の血圧上昇(運動誘発性高血圧;EIH)は危険な兆候?
運動負荷時に血圧が過剰に上昇する「運動誘発性高血圧(Exercise-induced hypertension;EIH)」に関する米国からの総説論文が発表された。
運動は一般に高血圧や心血管疾患の発症リスクを低下させるが、運動負荷時の収縮期血圧が女性は190mmHg以上、男性は210mmHg以上で定義されるEIHが、将来の高血圧や心血管疾患の発症と関連するのかは従来明らかでなく、そのメカニズムも不明とされてきた。この総説では、現時点のエビデンスからEIHについて、想定されるメカニズム、臨床的意義、現実的な対応をまとめている。以下に、要旨の一部をまとめる。
イントロダクション:EIHが将来の高血圧発症と関連する可能性
高血圧は先進諸国で最も多くみられる慢性疾患の代表であり、米国では人口の45%、18歳以上の成人の2人に1人が罹患している。慢性疾患(心血管疾患、糖尿病、高血圧など)の予防における運動の役割は十分確立されているが、一方で高血圧が一般的に高齢者の病気であるのに対し、若年のアスリートあるいは身体活動量の多い人では、高血圧の有病率が高いことが報告されている。
EIHは、若年アスリートや身体活動量の多い人の老年期の高血圧発症に関連している可能性がある要因の一つ。これまでEIHは予後予測の上での価値は限られているとされていたが、EIHが将来の高血圧の発症に関連しているとの報告もあり、現在ではEIHは、心血管イベントと死亡、左心室肥大、不整脈、心臓突然死などの独立した危険因子と考えられるようになった。一例としてごく最近の研究では、高度なトレーニングを受けたアスリートにEIHがある場合、高血圧発症リスクが3.6倍高いことが示された。
このように、EIHと心血管イベントや死亡リスクとの関連を示すデータが増えつつある。しかしそれにもかかわらず、病態生理やEIHの管理については多くの不明点が残されている。
EIHの臨床的な意義:血圧のモニタリング強化が必要
心血管リスクとの関連
アスリートのEIHでみられる最も一般的な所見は左室や左房の肥大であり、EIHに該当するアスリートの75%が左室肥大であるとの報告がある。左房容積の変化は不整脈リスク、とくに心房細動を増加させる可能性が考えられる。マラソンなどの高強度の運動を行うアスリートは、一般人口に比し不整脈は2.5倍、なかでも心房細動は5倍多いという報告もみられる。
このような構造的な変化が運動に対する生理学的適応のみに起因するかどうかはまだ不明だが、理論的には運動負荷に伴う血圧の上昇や左室への負荷が左室肥大を引き起こすことは、生理学的適応と言える。従来の研究では、運動に対するこの生理学的適応は、心血管系の有害事象(不整脈など)のリスク増加とは関連しないと報告されている。よって、病的意義のある左室肥大を抽出したうえで、不整脈、アテローム性動脈硬化症、心臓突然死などの心血管系有害事象を防ぐ戦略が重要と考えられる。
そのためのマーカーとして、N末端プロ型脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)やトロポニン-I高値が、運動誘発性心筋損傷に関連している可能性があることが示唆されている。運動後にこれらの値が高値を呈するマラソンランナーは、慢性のEIHであり、心筋損傷が進行するリスクが存在するかもしれない。
高血圧の新規発症との関連
EIHと将来の高血圧の発症との間に関連があるとする多数の報告が存在する。最大規模のメタ解析では、中等強度の運動中または運動後の血圧レベルが、心臓脳血管転帰(致死的・非致死的脳卒中、冠動脈疾患、心筋梗塞)のリスクを増加させるとの結論だった。そのリスク比は、年齢、性別、その他の心血管リスク因子を調整後、36%(95%CI:1.02~1.38,p= 0.039)で有意とされている。また最近も、中等強度の運動によって誘発された血圧上昇が、高血圧の早期発症と関連していることが報告された。
これらより、運動中に観察される血圧の著明な上昇は、警告サインと見なすべきだろう。運動中に血圧が高値で推移するアスリートは、臓器障害を防ぐためにより綿密に血圧をモニタリングすべきと言える。
治療介入はどのように?:抗酸化サプリも候補
EIHが高血圧と心脳血管疾患の発症の危険因子であることが確認されているが、EIHのスクリーニングと治療介入をいかにすべきかはいまだ議論が続いている。
EIHの背後にある最も基本的な病態生理学的メカニズムは、アンジオテンシンIIの上昇、一酸化窒素(NO)レベルの低下、および交感神経緊張の亢進である。したがって、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とβ遮断薬は、良い治療選択肢と考えられる。また、抗酸化サプリメントは過度のトレーニングから生じるフリーラジカルと酸化ストレスを抑制し、血管内皮機能の維持に有用な可能性がある。
大多数のアスリートは、米国スポーツ医学会(American College of Sports Medicine)と米国心臓協会(American Heart Association)が推奨している運動量よりもはるかに多いトレーニングを行っている。その現実を考慮すると、心血管系有害事象を防ぐために、アスリートに対し運動の時間と強度を減らすという介入が、正当化される場合もあるだろう。
文献情報
原題のタイトルは、「Exercise-Induced Hypertension in Healthy Individuals and Athletes: Is it an Alarming Sign?」。〔Cureus. 2020 Dec 9;12(12):e11988〕
原文はこちら(Cureus)