身体活動による健康へのメリットは、大気汚染によって相殺されてしまうのか
身体活動量の低下と大気汚染への曝露はともに非感染性疾患(non-communicable diseases;NCDs)のリスク因子だ。この両者は交互に作用し健康に対して複雑な影響をもたらす可能性がある。例えば大気汚染は直接的に健康被害をもたらすが、大気汚染のために身体活動を十分行うことができず、その結果として健康へのリスクが上昇するという経路も想定される。今回は、これらの関係を探求したレビュー論文を紹介する。
世界人口の9割は大気汚染に曝露されて生活し、成人の4人に1人は身体活動不足
全世界の成人の4分の1以上は、世界保健機関(WHO)の身体活動に関する推奨である「週に150分以上の中程度運動または75分の高強度運動」を満たしていない。その割合は、低中所得国よりも高所得国でより高い。一方、世界の人口の9割はWHOの空気質に関するガイドライン値を超える環境で暮らしている。身体活動の不足に関連する死亡者数は2016年に320万人、大気汚染に関連する死亡者数は420万人と推計されている。
身体活動の不足は、心血管疾患、2型糖尿病、ある種の癌、呼吸器疾患の発症、および死亡のリスクを増大させる。大気汚染への曝露は、心血管疾患、呼吸器疾患、ある種の癌、および死亡のリスクを増大させる。そして両者の間には、考慮すべき関連性があり、身体活動を行うことのメリットの一部、あるいはすべてが大気汚染のために無効になる可能性がある。その影響は、とくに大気の汚染度の高い地域では公衆衛生に重要な影響を与える。
本論文では既報のレビューにより両者の関連を整理しまとめている。以下はその抜粋。
大気汚染が身体活動に及ぼす影響
大気汚染が疾患の罹患や重症化に悪影響を及ぼすことに関しては数々の報告が存在する。しかし人々の行動への影響はあまり研究されていない。大気汚染は複数のメカニズムを通して、人々が定期的な身体活動を行うことを妨げる可能性がある。
まず、大気汚染による肺機能の低下、血圧上昇などが、身体活動の妨げとなる。第二にスモッグなどの目に見えるかたちの大気汚染は、人々が屋外に出ることを思いとどまらせる。
米国での6件、英国での1件、計7件の研究を統合すると、PM2.5レベルの上昇に伴い運動不足の成人の増加が認められる。とくに呼吸器疾患患者では、大気汚染の悪影響を避ける必要のため、屋外での活動が減少する。
中国からの10件の報告でも同様に、PM2.5レベルとウォーキング、ランニング、サイクリングなど屋外での活動時間の減少との関連が認められる。ただし屋内での座位行動とPM2.5レベルとの関連は報告により異なる。
欧州からは、自宅の近辺の大気汚染レベルと、手首に装着した加速度計により評価した身体活動量および歩行数が逆相関することや、大気汚染レベルの高い地域の住民は総身体活動量が少ないことが報告されている。
大気汚染に関するメディアの情報が、人々の身体活動量を左右することを示した研究もある。米国では、メディアが発する警告と医療専門家からのアドバイスの双方が、屋外での身体活動量を有意に減らすとされ、またオーストラリアでは大気汚染アラートによりサイクリング実施者が14~35%低下していた。ただし後者では、アラートの効果は2日続くと弱くなる傾向が認められ、研究者らは"アラート疲れ"の結果であると考察している。
韓国からは、携帯電話のデータを使用して、PM 2.5レベルとレクリエーション施設でのオープンスペースの歩行者数が減少すること、大規模な公園の訪問者数は小規模公園よりも大きく減少することが報告されている。一方、屋内スポーツ施設の利用者数は影響を受けないとする中国からの報告もある。
大気汚染と身体活動低下の短期的および長期的な健康への影響
大気汚染と身体活動量低下の健康への影響を調査した研究は、曝露時間の長短や調査対象(主に小児か成人か)によって大別される。このうち大気汚染と身体活動量の短期的な影響を複合的に評価した研究は少なく、エビデンスに基づく結論を得ることは現段階では不可能。
小児や未成年者を対象とする研究としては、喘息の既往のない9~16歳の3,535人の子どもを5年間追跡した結果、大気汚染レベルが高い地域に居住する子どもは喘息の新規発症率が有意に高いという米国からの報告がみられる。また香港の2地区からの8~12歳の821人の子どもの最大酸素摂取量(VO2max)を比較したところ、大気汚染レベルの高い地域で運動をしている子どもはVO2maxが相対的に低いという結果が示された。
大気汚染によって身体活動のメリットが減弱する可能性
デンマークで行われた研究などから、健康増進のために行うサイクリングあるいはガーデニングなどのメリットは、心血管疾患や糖尿病による死亡率という点では大気汚染レベルの影響を受けないことが報告されている。しかしその一方で、呼吸器疾患による死亡率は大気汚染レベルの有意な影響を受けることが示された。
別の研究では、スポーツの実践と大気汚染は健康転帰でそれぞれ独立して影響を及ぼし、相互作用は認められないと結論づけている。これらの報告のシステマティックレビューの著者は、大気汚染レベルが比較的低い地域では、運動中に大気汚染に曝されることのリスクを身体活動のメリットが上回るようだが、大気汚染レベルが高い地域にこの結果を外挿できるとは限らないと述べている。
身体活動量低下と大気汚染の相互作用、成人と小児の違い
長期的な健康への影響に関する研究の結果は一貫性がない。複数の研究は、死亡率、喘息、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、心筋梗塞の発生率に、大気汚染と身体活動量低下の相互作用はないことを報告している。しかしそれらの研究は大気汚染レベルが比較的低い地域の住民を対象に実施されている。別の複数の研究は、大気汚染による早期死亡と肺機能の低下を身体活動によりキャンセル可能であることを示している。
一方、大気汚染レベルの高い地域では、喘息のリスクの増大、有酸素運動によるメリットの減少が観察されている。また、検討対象が成人の場合と小児の場合とで結果が異なる可能性が考察される。小児は身体活動中の大気汚染の悪影響を受けやすい集団かもしれない。
文献情報
原題のタイトルは、「Air pollution, physical activity and health: A mapping review of the evidence」。〔Environ Int. 2020 Dec 19;147:105954〕
原文はこちら(Elsevier)