運動による健康効果に関与するエピジェネティクス(遺伝子発現の修飾)の系統的レビュー
習慣的な運動は健康を維持・改善するが、これには、DNAの配列変化によらない遺伝子発現の調節(エピジェネティックな変化。後成的修飾)が関与していると考えられている。この領域の研究報告を対象としたシステマティックレビューの結果を紹介する。
運動とエピジェネティックな変化
非感染性慢性疾患(Non-Communicable Diseases;NCDs)が世界中で増加している。喫煙や飲酒、運動不足、不健康な食事などの生活習慣が、NCDsのリスクを高めることが報告されている。その一方、遺伝や腸内細菌叢とともに、エピジェネティクスも、肥満や脂質異常症、インスリン抵抗性、2型糖尿病、癌、心血管疾患などの慢性疾患の発症に影響を与える。
エピジェネティクスとは、DNA配列を変更せずに遺伝子発現を変化させることを指す。運動習慣による健康状態の改善は、エピジェネティックな変化に媒介されることを示す研究報告が増えている。臨床においては、NCDsに対して身体活動・運動を処方することも行われる。
疾患治療における運動療法は、症状を緩和し機能を改善し、健康の悪化を遅らせることを目的とする。このレビューでは、主に心血管代謝性疾患に対する運動によるエピジェネティクスに関する最新情報を系統的に整理している。
文献検索の手法
文献検索は、PRISMA(preferred reporting items for systematic reviews.システマティックレビューとメタ解析のための優先報告事項)に準拠して実施された。肥満やインスリン抵抗性、2型糖尿病、炎症、脂質変化、心血管リスク、アテローム性動脈硬化症、および運動トレーニング介入に関連するエピジェネティックな変化を測定する研究報告を抽出するため、18歳以上の成人を対象とした無作為化比較試験および非無作為化試験であって、英語で発表されたものを条件として文献検索を行った。
PubMedおよびEbscoHostWebを用い、「エピジェネティック」「エクササイズ」「フィジカルアクティビティ」などのキーワードで検索したところ、2010年1月~2017年6月の間に発行された2,638件の論文がヒットした。適格基準を満たしていたのは34件だった。
疾患と運動誘発性エピジェネティクス
インスリン抵抗性、2型糖尿病
インスリン抵抗性は、インスリン作用に応答する細胞の機能的障害で、一般的には高血糖を特徴とする2型糖尿病の発症につながる。この状態に対する運動による生理的・代謝的適応は主に骨格筋で生じると考えられている。
一連の研究から、運動介入が筋肉再生、ミトコンドリア生合成、エネルギー調節、およびカルシウムシグナル伝達経路に関連する遺伝子やmicroRNA(miRNA)のエピジェネティックな修飾を介して、インスリン感受性の改善に影響を与える可能性があるが示唆されている。このエピジェネティックな調整は、運動の種類や量に依存する可能性がある。
炎 症
習慣的な運動が、炎症とそれに関連する合併症を軽減することを示すエビデンスが存在する。近年の研究は、エピジェネティックな修飾が、健康な個人および慢性疾患を有する個人の双方に対して、運動後に炎症反応が抑制されることに関与していることを示している。一方、過度な運動は有害な炎症を惹起することも明らかであり、運動の時間、強度、および種類を考慮することが重要。
マラソンやハーフマラソンなどの長時間の激しい運動が、骨格筋の損傷、心臓のストレス、および炎症に関連する遺伝子のエピジェネティックな修飾や、miRNAによって媒介される可能性のある炎症レベルの亢進に関係している。
心血管疾患、血清脂質
運動トレーニングは、心筋リモデリングや末梢血管新生など、心肺の適応やその他の心血管変化を誘発し、運動強度、種類、期間に応じて、心血管疾患発症リスクを軽減する。
マラソンレースなどの長時間の激しい運動は、ストレスや心筋への負荷、および炎症プロファイルの増大に関連しているため、心疾患患者には推奨されない。一方、低強度の持久力トレーニングは、脂質・炭水化物の代謝経路に関連する遺伝子のエピジェネティックな修飾を通じて、内皮機能障害とアテローム性動脈硬化の発症・進展リスクを低減する。ただし、これらの結果は、運動の期間、強度、および種類によって変化する可能性がある。
肥 満
肥満の人の座位行動の多い生活は、主にミトコンドリア密度、酸化酵素、インスリン感受性に影響し、骨格筋の病態生理学的変化をもたらす。骨格筋におけるインスリン抵抗性は、利用可能なトリグリセライドを減らし脂質代謝を悪化させ、また酸化ストレス増大、脂質酸化減少につながる。習慣的な運動は、エピジェネティックなメカニズムによってインスリン抵抗性改善をもたらす。
継続的な持久力トレーニングは、脂肪酸の合成と蓄積に関連する遺伝子のエピジェネティックな修飾を通じて、細胞内脂肪蓄積を減少させる可能性がある。レジスタンストレーニングを組み合わせると、血管新生と血清脂質レベルの低下に関連する他のエピジェネティックな変化が観察される。持久力と抵抗運動プログラムを組み合わせることが、エピジェネティックな修飾に重要であることを実証するため、さらなる研究が必要。
文献情報
原題のタイトルは、「Epigenetic Modifications as Outcomes of Exercise Interventions Related to Specific Metabolic Alterations: A Systematic Review」。〔Lifestyle Genom. 2019;12(1-6):25-44〕
原文はこちら(Karger International)