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ヒトは甘味・うま味・苦味をどうやって認識しているのか? ATPチャネルの可視化に成功

2020年08月13日

東京大学と京都府医大の共同研究グループによる、甘味・うま味・苦味物質の認識に必要なATPチャネルの構造可視化に成功したとする研究結果が「Science Advances」に掲載された。また、東大のサイトにニュースリリースが掲載された。

ヒトは甘味・うま味・苦味どうやって認識していのか? ATPチャネルの可視化に成功

研究の要旨:味を区別する仕組みの一端が明らかに

味の認識は、食べられるものとそうでないものを区別したり、栄養の豊かなものを選んだりすることに役立ち、人間にとって重要な機能と言える。ヒトを含む多くの哺乳類では、甘味・うま味・苦味物質の認識に「Calcium homeostasis modulator 1(CALHM1)」というチャネル(注1)が関係している。CALHM1は舌にある味蕾細胞の細胞膜にあり、活動電位に依存してATP(注2)を放出することによって、味覚情報を味覚神経に伝達している。しかし、そのCALHM1が、どのようにATPを透過するのかなどは、明らかになっていなかった。

注1 チャネル:生体膜に存在し、イオン等を透過させる膜貫通蛋白質。脂質二重層で構成された生体膜はイオン等をほとんど透過させないため、チャネルは生体機能に必須。
注2 ATP:アデノシン三リン酸(Adenosine tri-phosphate)。塩基と糖と3分子のリン酸からなる。生体内でエネルギー伝達物質として使われるほか、神経伝達物質としても使われる。

今回、東京大学大学院理学系研究科と京都府立医科大学の共同研究グループは、CALHM1およびそのファミリーの立体構造を、クライオ電子顕微鏡(注3)を用いた単粒子解析法(注4)によって決定した。また、その立体構造から、CALHM1のATP透過機構およびCALHMファミリーの多量体化(注5)の構造基盤が明らかになった。

注3 クライオ電子顕微鏡:光学顕微鏡では可視光を用いて像を観測するのに対し、クライオ電子顕微鏡では試料を低温下に置き、電子を用いて像を拡大し観測する。電子線の持つ波長は可視光線よりも短いため、光学顕微鏡では見ることが難しい原子レベルの大きさの試料を観測することが可能となる。この手法は試料に対する制約が少なく、結晶化しにくい膜蛋白質や高分子量の蛋白質の構造解析に有効である。
注4 単粒子解析法:クライオ電子顕微鏡で撮影した多数の像を画像処理によって平均化し、蛋白質の三次元構造を再構築する方法。
注5 多量体:生体内では、同種の蛋白質分子(単量体)が複数個まとまり、多量体を形成して働くことがある。一つの多量体を形成する分子の個数を量体数という。

研究の詳細:アルツハイマー病の味覚障害とも関連

ヒトを含む多くの哺乳類は、甘味・うま味・苦味・酸味・塩味といった基本味を、舌に存在する味蕾を用いて認識している。このうち、甘味・うま味・苦味は、図1のように、味蕾細胞の細胞膜に発現するGタンパク質共役受容体によって受容され、細胞内のシグナル伝達を活性化し、最終的に神経伝達物質であるATPがチャネルを通って細胞から放出されることで、味神経へ味覚情報を伝達する。このATP放出過程には、イオンチャネルの一つであるCALHM1が必須。

図1 味覚情報の伝達におけるCALHM1の働き

図1 味覚情報の伝達におけるCALHM1の働き

(出典:東京大学)

CALHM1は、脱分極または細胞外Ca2+濃度の減少によって活性化し、Ca2+やATPなどの小分子を透過させる。活動電位に依存した細胞からのATP放出の多くは、チャネルではなくシナプス小胞によって行われており、CALHM1は現在見つかっている中では唯一の電位依存性ATPチャネル。また、ヒトCALHM1の遺伝子多型(P86L)は、哺乳類細胞におけるCa2+透過性の減少およびアミロイドβの蓄積との関連が報告されており、アルツハイマー病との関わりが明らかとなっている。

しかし、これまでCALHM1がどのような孔(ポア)を形成してATPを透過させるのか、また、CALHM1のホモログも同様の構造をとっているのかといった立体構造に基づく詳細なポアの透過機構や、CALHM1のホモログの構造、多量体の形成機構などは謎に包まれていた。

今回の研究では、クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析法により、ヒトCALHM1と60%程度の配列類似性を持つメダカ由来CALHM1、ヒト由来CALHM2、および線虫のホモログであるCeCLHM-1の立体構造を明らかにした(図2、3)。

図2

図2

(a)決定したCALHM1の全体構造。横および細胞外側からの図。(b)CALHM1の単量体構造。N末端のαへリックス(NTH)はピンク色で示してある。(c)CALHM1のポア構造。
(出典:東京大学)

図3 決定したCALHMファミリーの全体構造

図3 決定したCALHMファミリーの全体構造

(a)CALHM2(11量体)、(b)CeCLHM-1(9量体)、(c)CALHM2とCALHM1のキメラ蛋白質(8量体)、(c)CALHM2とCALHM1のキメラ蛋白質(9量体)
(出典:東京大学)

CALHM1単量体は4本の膜貫通へリックス(注6)からなり、それが8量体のチャネルを形成することが明らかとなった(図2a-b)。膜貫通ヘリックスのトポロジーは新しく、C末端は細胞質側に伸びてαへリックスを形成し、多量体間の相互作用に寄与していた。N末端は各単量体からリング状構造の中心に伸びてαヘリックスを形成しており、この8つのヘリックスがチャネルのポア部分を形成していることが示唆された(図2c)。

注6 ヘリックス:蛋白質中にみられる構造の一つ。ペプチド結合でつながれたアミノ酸の鎖が、らせん状に巻かれた構造をしている。

そこで、ポア部分にあたるN末端のアミノ酸残基を欠失させた変異体を作製し、培養細胞を用いてCALHM1のATP放出能欠失の効果を評価した。細胞外にCa2+が存在しない開状態では、変異体のATP放出活性は野生型と比較して著しく上昇したことから、N末端のαへリックス(NTH)がATPの放出において重要な機能を果たしていることが示唆された(図4a)。一方で、細胞外にCa2+が存在する閉状態では、欠失変異体も野生型同様、ATP放出活性をほとんど示さなかった(図4b)。

図4 本研究より提唱されたCALHM1開閉機構の模式図

図4 本研究より提唱されたCALHM1開閉機構の模式図

(a)開構造ではN末端のαへリックス(NTH)がATPの放出において重要な機能を果たしていることが示唆された。(b)一方、閉状態ではNTH以外の領域も関与していることが示唆された。
(出典:東京大学)

以上の知見から、CALHM1構造中のN末端は実際にATPの放出に関与するが、チャネルの閉鎖には構造中の他の領域も関与していることが示唆された。

一方、CALHM2とCeCLHM-1の構造では、膜貫通部分のトポロジーはCALHMファミリー間で類似しているものの、C末端領域の構造はそれぞれ異なっていた(図3a)。また、各々11量体と9量体を形成しており、CALHMファミリー間で異なる量体数が存在することを示した。

さらに、量体数を決定する構造基盤を解明するために8量体のCALHM1と11量体のCALHM2のキメラ蛋白質を作製し、クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析法により構造解析を行った結果、8量体と9量体という異なる量体数の構造が得られた(図3b)。キメラ蛋白質はCALHM1の膜貫通部分とCALHM2のC末端領域からなるため、膜貫通ドメインでの相互作用が量体数の規定に寄与していることが明らかとなった。

本研究により、CALHMチャネルのATP透過機構および多量体化のメカニズムが解明されたことで、今後、アルツハイマー病などのCALHMファミリーに関連した疾患や味の感受に関わる研究が進展していくことが期待されるという。

関連情報

甘味・うま味・苦味物質の認識に必要なATPチャネルの構造可視化に成功(東京大学大学院理学系研究科・理学部)

文献情報

原題のタイトルは、「Cryo-EM structures of calcium homeostasis modulator channels in diverse oligomeric assemblies」。〔Sci Adv. 2020 Jul 17;9(29):eaba8105〕
原文はこちら(American Association for the Advancement of Science)

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