飽和脂肪酸の摂取制限に関する推奨事項の再考と新たな提案 JACCの最新のレビュー
米国心臓病学会誌「Journal of the American College of Cardiology(JACC)」に、飽和脂肪酸の摂取制限を再考するレビュー論文が掲載された。
飽和脂肪酸(Saturated fatty acid;SFA)の摂取を制限するという推奨が続いているが、無作為化試験や観察研究の最新のメタ解析では、心血管疾患(cardiovascular disease;CVD)や全死亡に対する飽和脂肪酸摂取制限の有益な効果はみられず、反対に、SFA摂取による脳卒中に対する保護効果も報告されている。
SFAは低密度リポ蛋白コレステロール(LDL-C)を増加させるものの、ほとんどの場合、増加するのは粒子サイズが大きいものであり、CVDリスクとなる粒子サイズの小さなLDL-C(small dense LDL-C)は変化しない。その一方で、炭水化物の摂取量増加は、近年、多くの国々で疫学的な問題となっている肥満や2型糖尿病を増やし、CVDリスクとなる可能性があるという。
レビューが行われた背景
1970年代後半以来、SFAの消費量を減らすことは、米国における食事摂取上の推奨事項の中心的なテーマだった。1980年以降はCVDリスク軽減のためSFAの摂取量を総摂取エネルギー量の10%未満とすることが推奨されている。しかし、メタ解析からは、それによってCVDの発生率や死亡率が低下したとのエビデンスは認められない。一方で、わずかではあるがSFAの摂取に有益な効果を報告するエビデンスも存在する。よってSFAの摂取制限を引き続き推奨する根拠は明らかでない。
このことから、食事性SFAの健康への影響を批判的に評価し、さまざまなSFA含有食品の健康的な摂取に関し、エビデンスに基づく新たな推奨の提案のため、本検討が行われた。
SFAの健康への影響に関するエビデンス
1950年代以降の欧米諸国での冠動脈性心疾患(Coronary Heart Disease;CHD)の増加に伴い、栄養と健康に関する研究が精力的に行われてきた。その結果、食事性脂肪(とくに飽和SFA)の有害な影響、地中海式食事によるリスク低下が明らかになり、米国、北欧、英国の人がCHDになりやすい理由が説明されるようになった。
しかし、この数十年の間に、この地域での食習慣は大幅に変化した。一例としてフィンランドの非常に高かったSFA摂取量は大幅に減少し、1人あたりのバター消費量は1955年の約16kg/年から2005年の約3kg/年となり、SFAが摂取エネルギー量に占める割合は1982年の20%から2007年には12%に低下している。このことから、数十年前の情報に基づいて作成された食事ガイドラインは、もはや適用できない可能性を否定できない。
実際にそれを示唆する報告も相次いでいる。例えば、5大陸18カ国13万5,000人を対象に行われたPURE(Prospective Urban Rural Epidemiological)研究では、全タイプの脂肪酸(飽和、一価不飽和、多価不飽和)の摂取量が多いことは死亡リスクの低下と関連し、CVDリスクとは関連が認められなかった。対照的に、炭水化物を多く含む食事は死亡リスクの上昇と関連していた。また、SFA摂取量が最も多い第5五分位群では脳卒中のリスクが低いことが示された。20万人近くを10年以上追跡したUK Biobankなどからも、同様の結果が報告されている。
これらの観察結果は、ほとんどの集団では総脂肪またはSFAの摂取量をさらに制限する必要はほとんどないことを示唆している。対照的に、今日では炭水化物の摂取、とくに精製された炭水化物の摂取を制限することは、インスリン抵抗性や2型糖尿病などの一部の人の死亡リスクを減らすために、より適切である可能性がある。
炭水化物摂取とインスリン抵抗性による健康への影響
食事性SFAと循環SFAを区別することが重要である。SFAの摂取量の増加と慢性疾患のリスクとの関連は明確でないものの、循環SFA(とくにパルミチン酸)のレベルが高い人は、メタボリックシンドロームや糖尿病、CVD、心不全、および死亡リスクが高いと報告されている。
循環SFA量は食事からのSFA摂取量とは関係がないが、その一方で炭水化物摂取量とより密接に関連する傾向がある。例えばSFA摂取量が2〜3倍に増加しても炭水化物摂取量が少ない状況では、循環SFA量は変化がないか低下する。低炭水化物食は全身の脂肪酸化率を高め、これにはエネルギー源としてSFAを優先的に使用することが含まれる。
循環SFA量は食品中SFA含有量との単純な関数ではなく、しばしば「食品マトリクス」と呼ばれる食品のさまざまな成分の結果であるという考え方が強く支持される。さまざまなSFAには異なる役割がある。
個々の食品のSFAの健康への影響
ヨーグルト、チーズ
乳製品はSFAの主要な供給源であり、食事ガイドラインではSFAの摂取を制限するために、低脂肪または無脂肪の乳製品を推奨している。ただし、食品ベースのメタ解析では、チーズとヨーグルトの摂取量がCVDリスクと反比例することが認められる。また全脂肪乳製品は、2型糖尿病に対し保護的に働くとの報告もある。
チーズやヨーグルトは複雑な食品マトリクスで構成されており、主要成分はさまざまな脂肪酸、蛋白質(ホエイとカゼイン)、ミネラル(カルシウム、マグネシウム、ナトリウム)、リン脂質成分などが含まれる。さらに、プロバイオティクスと細菌による生理活性ペプチド、短鎖脂肪酸などが豊富であり、このような複雑なマトリクスとコンポーネントが、「なぜ乳製品の摂取によるCVDへの影響が、SFA含有量によって説明できないのか」を説明している可能性がある。
卵
卵はSFAの総摂取量に大きく関係する。しかし卵は栄養が豊富で、他の食品からはあまり摂取できない重要な栄養素を摂り入れることが可能だ。卵の摂取量とCVDの関係について相反する結果がみられるが、多くのメタ解析により卵摂取量が多いことはCHDのリスクとは関係がなく、脳卒中のリスク低下と関連している可能性さえある。また無作為化比較試験により、糖尿病前症および2型糖尿病患者の心血管代謝リスクマーカーに影響を及ぼさないか、有益な効果があることも示されている。
ダークチョコレート
ダークチョコレートには、CVDリスクに影響を及ぼさないステアリン酸が含まれている。ただしチョコレートはそのようなSFA含有量よりも、CVDおよび2型糖尿病にとってより重要な可能性がある他の栄養素が含まれている。実験的および観察的研究では、ダークチョコレートには、抗酸化、抗炎症、抗アテローム、抗血栓、抗高血圧の可能性を含む種々の有益な健康効果と、CVDや2型糖尿病の予防効果があることが示されている。
肉類
加工肉の摂取はCHDリスクの増加と関連しているが、未加工の赤身肉の摂取はそうではない。これは、肉のSFA含有量がこの関連の原因である可能性は低いことを示している。
一方で肉類の摂取量が全死亡のリスクと相関するとの報告もある。ただし肉類は蛋白質、生体利用可能な鉄、ミネラル、ビタミンの主要な供給源であり、わずかな量の未加工の赤身肉は、開発途上国の高齢者や低所得層の人々の食事の重要な部分を構成している。
研究のギャップとこれからの方向性
脂肪酸の種類や食物源を考慮せずにSFAの摂取を減らすための食事の推奨は、現在のエビデンスと一致していない。その結果、CVDリスクの抑制に役立つ可能性のある食品や栄養価の高い食品(卵、乳製品、未加工肉など)の摂取量の低下を招くことになりかねない。
SFAに焦点を合わせた結果として、SFAは少ないが精製された炭水化物や砂糖が豊富な食品の摂取を誘導するという、意図しない影響が生じている。特に食品には複雑なマトリクスがあり、個々の栄養素の含有量によって健康への影響を予測することはできないため、飽和脂肪の摂取を導くための食品ベースのアプローチが必要とされる。
文献情報
原題のタイトルは、「Saturated Fats and Health: A Reassessment and Proposal for Food-based Recommendations: JACC State-of -the-Art Review」。〔J Am Coll Cardiol. 2020 Jun 16;S0735-1097(20)35687-4〕
原文はこちら(Elsevier)