スポーツ中の心臓突然死を防ぐため、遺伝子検査の有用性
アスリートは基本的に健康であるにもかかわらず、心臓突然死のリスクが高い。一般人口における1〜35歳の心臓突然死は10万あたり1.3人であるのに対し、英国の青年サッカー選手では同6.8人と報告されている。心臓突然死はアスリートのスポーツ時の死亡の最大の原因である。
過去30年間の遺伝学的研究によって、心臓突然死につながる遺伝性のQT延長症候群、不整脈性心筋症などを診断できるようになった。本論文は、それら遺伝子検査の有用性をまとめたレビュー。以下にポイントを抜粋する。
アスリートの遺伝性心疾患
定期的な運動を長期にわたり継続したことの結果として、心臓には多くの生理学的適応が生ずる。これらの適応は「スポーツ心臓」と総称される。しかし、QT間隔延長、左室肥大などの生理学的適応と、心疾患の結果として生じた変化とを区別することは困難な場合がある。ところが近年の急速な技術進歩、とりわけ次世代シーケンス技術の出現により、遺伝子検査のハードルが下がり、アスリートへ積極的に適用する環境が整いつつある。
遺伝子検査の有用性を高めるためには検査前確立を向上すべきである。つまり、家族歴が認められるような場合にはとくに有用性が高い。
ただし、遺伝性心疾患の多くが常染色体優性遺伝であることから、遺伝子検査の結果が陽性なら一親等の家族は50%の確率で罹患する可能性がある。よってアスリート本人の遺伝子検査の実施を検討する前に、検査の意味、潜在的な課題などを本人と家族、および所属クラブが理解すること、かつ検査前から検査後に及ぶ包括的な遺伝カウンセリングの体制を整えることが重要だ。反対に結果が陰性の場合、家族は安心しアスリートを監視対象から解放することができる。
QT延長症候群
QT延長症候群の推定有病率は2,000人に1人。QT間隔480m秒以上を繰り返すアスリートでは、自覚症状を伴うか否かに関係なく、多くの場合、遺伝子検査の適応と考えられる。反対にQT間隔480m秒未満でQT延長症候群の存在を示唆する症状がない場合、遺伝子検査は推奨されない。
アスリートは一般集団と比較してよりQT間隔が長い傾向があり、これは左心室重量増加の結果として迷走神経緊張または再分極遅延の影響と考えられる。ただし2,000人のエリートアスリートを対象とした研究からは、アスリートでもQT間隔が500m秒を超えることはまれであり、積極的な検査の必要性がより高い。
現在、遺伝性QT延長症候群に関連する17の遺伝子が同定されているが、症例の90%以上は主要な3つの遺伝子型による。遺伝子検査はQT延長症候群の診断に有用であると同時に、予後と治療の意思決定を支持する情報を提供する。具体的には、水泳や大きな音などのトリガーが明らかになっている。
カテコラミン誘発多形性心室頻拍
カテコラミン誘発多形性心室頻拍は稀な疾患だが致死率が高い。推定有病率は1万人に1人。構造的に正常な心臓で、アドレナリン刺激による心室性頻拍を特徴とする。
本疾患の重要ポイントは、ベースライン心電図と心エコーは異常所見が認められないことである。運動負荷テストなしでは疾患を見逃す可能性がある。運動誘発性失神の既往者では、運動負荷テストが常に考慮されるべきであり、その結果が陽性であれば遺伝子検査に進める必要がある。
不整脈性心筋症
不整脈性心筋症は、弁膜症や虚血性心疾患、高血圧性心疾患によるものではない不整脈性の心筋症を包括する用語として用いられる。原因として、遺伝性、炎症性疾患等があり、遺伝的なものとしては不整脈誘発性右室心筋症が多く、その有病率は2,000人に1人。
不整脈性心筋症患者では運動によって心室性不整脈が誘発され、アスリート心臓突然死の重要な原因である。アスリートでは非アスリートと比較して不整脈性心筋症による突然死が16倍多いという報告があり、かつその多くの場合で前駆症状がないことが示されている。
明らかな表現型を持たない遺伝子保有者(遺伝子型陽性で表現型陰性)であっても、心室性不整脈の増加、心不全への急速な進行のリスクがある。
肥大型心筋症
肥大型心筋症は、大動脈弁狭窄症や高血圧などの負荷がない状態での左室肥大を特徴とし、有病率は500人に1人以上とされている。アスリートは運動への生理学的適応の一環として顕著な左室肥大を発症する可能性があるが、左心室壁厚が16mmを超えることは非常にまれであり、そうであれば遺伝子検査を考慮する必要がある。
その他の留意事項
アスリート本人とその所属クラブ・組織に、遺伝子検査の結果、加入保険の条件等に影響が生じることもある。その一方、診断の確定によるメリットは少なくなく、例えばβ遮断薬などの"救命薬"の治療開始もそれに含まれる。さらに、アスリートの血縁者、とくに一親等の家族にとっても重要な意味をもつ。
もちろん、アスリートの遺伝子検査を進める際には、経験豊富な遺伝カウンセラーによる検査前後のカウンセリングが欠かせない。
文献情報
原題のタイトルは、「Utility of genetic testing in athletes」。〔Clin Cardiol. 2020 Jan 11〕