ライフスタイルの選択と脳の健康 ポイントは運動、栄養、睡眠、社会的つながりなど
全米退職者協会(AARP.旧称:American Association of Retired Person)のGlobal Council on Brain Health(GCBH.脳の健康に関する世界評議会)の勧告による生活様式と脳の健康に関する現在のエビデンスをまとめた論文が発表された。
AARPは米国に拠点のある無党派の非営利団体で、50歳以上であれば誰でも入会でき、現在3,800万人の会員を擁する。人々の年齢に応じた建設的な生活のための情報を発信している。今回の論文は、その傘下に置かれているGCBHが勧奨しまとめられたもので、加齢に伴う脳の健康に関連する文献検索の結果をもとに専門家のオピニオンを加え、推奨事項が掲げられている。その構成要素は、精神的健康、運動、認知機能を刺激する活動、睡眠、栄養、社会的つながりという項目。栄養については、地中海食やDASH食とともに、沖縄の食習慣も取り上げられている。
運動、栄養の項目を主として、全体からポイントを抜粋し紹介する。
脳の健康と精神的健康
精神的に幸福感が強い人は記憶と思考のスキルが高く、また人生に目的を持っている人は認知症のリスクが低いこと、幼少期のストレスが精神的健康に影響を及ぼすこと、加齢により身体的・感情的な喪失が訪れること、アルツハイマー病の唯一の初期症状がうつ病である可能性があることなどを列挙。この項目の結論として、精神的幸福が脳の健康と強く関連していると考えられ、神経変性疾患の保護因子である可能性があるとまとめている。
運動(脳と体のつながり)
長年にわたり臨床医は身体的に活動的なライフスタイルや意図的な運動を推奨してきており、これまでの研究はこの考え方を強く支持している。動物実験では運動が神経可塑性を促進し学習成果をもたらすが、同じことが人間にも当てはまるようであり、運動が脳由来神経栄養因子(BDNF)の末梢レベルを増加させることも明らかになっている。BDNFは高齢者のニューロンの成長と維持を促進する脳のタンパク質である。
有酸素運動のパフォーマンスへの効果は性差があるようで、女性の場合、複数の試験でパフォーマンスの向上が認められているが、男性の場合、パフォーマンスには明らかな効果は認められていないようだ。
脳の健康との関連については、高齢者の有酸素運動により脳灰白質領域と白質領域の有意な増加がみられるが、ストレッチと非有酸素運動ではそれがみられないとの報告がある。
すべての研究の結果が一致し身体活動が脳の健康に資するとしているわけではないが、GCBHはアメリカ心臓協会の「週に150分間の中程度の有酸素運動」という推奨を支持する十分な根拠があると判断する。
認知機能を刺激する活動
老化プロセスの中でも脳の可塑性は引き続き存在することが基礎的研究で示されている。このことから、認知刺激活動が認知機能を維持する、または認知機能低下を遅らせると考えられ、実際に認知的な刺激と脳の健康との関連を検討した研究もある。しかしこの関係はまだ十分に証明されていない。
結論として、認知訓練が推論、記憶、および処理速度を改善できることを示唆する多くのエビデンスがあるが、これらはまだ大規模な無作為化対照試験では報告されていない。現段階では、「脳のゲーム」や「脳の運動」と言われるものが、脳の健康に効果的であることが示されていないことに注意が必要。
睡 眠
24時間ごとに7〜8時間の睡眠をとることが、脳の健康を保つ上で重要であると報告されている。定期的な睡眠パターンなどの生活習慣に特に注意を払うこととともに、光への露出時間を確保することも非常に有益である。
昼寝は、7〜8時間の推奨睡眠時間を全うするためにも生産的と言える。
睡眠時無呼吸や不眠症などの睡眠障害は年齢とともに増えるため、睡眠パターンが崩れる前に、それらを見い出して治療することが不可欠。
栄養(脳の食べ物)
GCBHが高齢者の認知機能を改善する可能性のある食事スタイルを評価し、「脳に良い」と判断されたものを以下に示す。
地中海ダイエット
ギリシャ、イタリア、スペインなどの地中海諸国の食物消費のパターンを反映したもので、一般的には一価不飽和脂肪(主な供給源としてオリーブオイルを含む)、野菜、果物、植物性蛋白質、全粒穀物、魚の摂取量が多いことが特徴。赤身の肉、精製された穀物、菓子の消費を制限し、多くの場合、1回の食事中に適度な量のワイン(通常は赤)が含まれる。
北欧ダイエット
デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンなどのスカンジナビア諸国で消費される食品。果物や野菜などの非動物性栄養素に重点が置かれる。地中海食とは異なり、オリーブオイルの代わりに菜種油を主に用いる。
DASH(高血圧防止食)
ナトリウムの摂取量が少ないことを特徴とし、健康上の利点があることが示されている。
沖縄の食習慣
日本の琉球列島に住む先住民の食生活に基づく。平均寿命が長いことから注目されるようになり、彼らの食生活が研究された。沖縄の食生活は、黄色、オレンジ、緑の野菜の消費で特徴づけられ、大豆とマメ科植物を含んでいる。また、精製された穀物、砂糖、塩の摂取は少ない。
興味深い点は、この地域住民は満腹になるまで食べないことだ。1990年当時の研究では、沖縄の出生時平均余命は世界で最も長く、虚血性心疾患と脳血管疾患のリスクは記録的に低かった。
MIND(神経変性遅延のための地中海食-DASH食介入研究)食
神経変性疾患の進行を抑制させるための地中海食とDASH食の組み合わせによる介入試験が実施され効果が報告されている。
社会的つながり
人間は本質的に社会的な動物である。我々の成長、経験、個性は、社会的関与を通じて形作られている。社会的関与におけるさまざまな段階での成功が、我々の生活の質の主要な推進力となる。
また、社会的つながりのもう1つの重要な側面は、結婚などの密接な関係を構築することだ。ただし、1つの主要な関係だけに社会的関係を頼ることは、分離につながる可能性もあり、配偶者の喪失がコルチゾールなどのストレス関連ホルモンの調節不全を引き起こすこともある。
より強い近隣との社会的結束は、居住者に帰属感を与え、身体活動の増加や禁煙の試みの増加などの肯定的な健康行動を誘発する。
結論として、社会的つながりを発展させることは、脳の健康を向上させ、記憶力さえ改善することができる。ソーシャルネットワークに依存することは問題であり、孤独につながる可能性があるため、さまざまなソーシャルネットワークに参加することが不可欠だ。
文献情報
原題のタイトルは、「Lifestyle Choices and Brain Health」。〔Front Med (Lausanne). 2019 Oct 4;6:204.〕