都市部在住高齢者の低栄養をどのように防ぐか 千代田区の組織横断的な取り組みの成果と課題
自治体の複数の部署が連携する体制を構築して、3年間というスパンで地域高齢者の低栄養予防戦略を計画し実行・評価した、東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と精神保健研究チームの杉山美香氏らによる論文が「日本公衆衛生雑誌」に掲載された。管理栄養士が4回にわたり個別訪問し栄養指導を行うといった集中的なハイリスクアプローチと、住民対象講習会などのポピュレーションアプローチの成果と課題が総括されている。

高齢者の低栄養リスクに、自治体が保健事業と介護予防を一体化してあたる
高齢者のフレイルや低栄養が社会的な課題となっており、地域ごとに主に自治体を中心とする予防・対策が展開されている。ただし自治体の施策においては、介護予防事業と保健事業が別々に行われることが多く、また施策計画を年度単位としなければならないといった制約が発生しやすい。
これに対して東京都千代田区は2022年度から「高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施」を推進し、2024年度にその一環としてハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチを開始した。東京都健康長寿医療センター研究所は同区と連携協定を締結し、この活動と研究を相互に推進・支援している。なお、千代田区においては後期高齢者健診に占めるBMI18.5未満の割合が9.2~14.7%で推移しており、これは全国平均の8.1~9.1%よりも高い。つまり同区内の高齢者には低栄養のハイリスク者が多いと考えられる。
このたび報告された杉山氏らの論文では、同区のこの事業の実施過程と成果をRE-AIMモデルに基づき評価したうえで、今後の課題を考察したもの。要旨を紹介する。
事業の全体像と研究手法
ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチ
ハイリスクアプローチでは、保険年金課保健師が対象者の自宅を個別訪問し、栄養状態等をアセスメントした。また、東京都栄養士会にプログラムの実施を委託し、管理栄養士による訪問栄養指導を実施した。一方、ポピュレーションアプローチは、保険年金課が事業統括を行い、在宅支援課の介護予防事業と連動しながら、保健所保健サービス課の管理栄養士が講師となって講座を実施した。
職員の研修
この取り組みを開始する前段階において、区職員が区内の住民から低栄養リスク者を抽出して部署間で情報を共有するという基本プロセスが、十分に機能していなかった。そのため、2022年度から保健福祉部職員を対象に「データ活用研修」を継続的に実施した。この研修では、データ解析、公的データの活用法など、いわゆる「エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング(EBPM)」も含め、2024年度までカリキュラムを作成し実施した。
事業成果の評価方法
事業成果の評価にはRE-AIMモデルを用いた。RE-AIMモデルは、対象への到達(Reach)、効果(Effectiveness)、採用(Adoption)、実施(Implementation)、継続(Maintenance)という五つの要素を評価し、介入プロセス全体の理解と改善につなげるもの。なお本事業では、単年度での成果の見極めは困難と予測されたため、3年間という中期的なスパンでロードマップが策定されている。
RE-AIMモデルに基づく評価結果
論文では、RE-AIMモデルに基づく評価結果が詳細に記されているが、ここでは対象への到達(Reach)と効果(Effectiveness)の結果を中心に紹介する。
到達(Reach)
ハイリスクアプローチ
千代田区は集合住宅の居住者が多く、また単身世帯、高齢者のみの世帯も少なくない。高齢化率は16.7%であり、後期高齢者は約6,500人。このうち2022年度の後期高齢者健診には2,191人が参加していた。このなかから、BMI20以下、かつ過去6カ月間で体重が2~3kg減少したと報告した人を抽出。明らかな疾患による体重減少、認知症、施設入所者、要介護3以上などの該当者を除外して、43人をハイリスクアプローチの対象として特定。そのうち25人が介入に同意し、継続率は80%で20人が計4回の訪問栄養指導を受けた。
ポピュレーションアプローチ
フレイル啓発パンフレットを作成し、65歳以上の高齢者の自宅へ、約3,000部配布した。また、低栄養予防講座を6回開催して保健所保健サービス課の管理栄養士が講演。このほか、本事業開始前から行われているフレイル予防教室や「男の料理教室」などを通しても、フレイル啓発を行った。
効果(Effectiveness)
ハイリスクアプローチ
介入前後で体重が1kg以上増加した場合を「改善」、1kg以上減少した場合を「悪化」、±0.9kg以内の変化を「維持」と判定したところ、6人(30%)が改善、12人(60%)が維持、2人(10%)が悪化だった。主観的な評価からは、15人(75%)に日常生活の変化や行動変容が生じており、介入の意義が示唆された。また、地域包括支援センターとの連携により、介護申請や孤立者のサポートなど、新たな支援の開始にもつながった。
ポピュレーションアプローチ
啓発パンフレットの配布のほか、講座・フレイル測定会を通じて延べ271人に情報提供が行われた。講座参加者の9割以上が内容を有益と評価し、8割以上が「講座内容を人に伝えたい」と回答した。
職員の研修
データ活用研修によって、業務における保健データベースシステムの活用や、データに基づいた施策立案に対する意識向上が確認された。
今後の課題
これらの結果を基に著者らは、考察として次のように今後の課題を述べている。
まず、ハイリスクアプローチの対象者のうち、5人(25%)から主観的孤独感の悪化が報告された。この背景として、転倒による入院、骨折痛、認知症などのための外出困難が認められ、これらは訪問栄養指導のみでは解決困難な課題として浮かび上がった。また、高齢者の低栄養の背景に、経済的・社会的・心理的な要因が複合的に関与している可能性もあり、医療機関や地域包括的支援センターとの連携強化の必要性も認められた。ポピュレーションアプローチについては、他の多くの健康課題と同様に、無関心層へどのようにアプローチするかという点が未解決であり、また効果測定の評価の難しさも存在している。
論文の結論は以下のように総括されている。「千代田区における高齢者低栄養対策の一体的な実施は、地域連携を推進しながら個別支援と集団支援の両輪で事業展開を進めた点で大きな意義を有する。また、職員の育成を通じて組織の体制づくりも図られた。今後は、事業評価の方法の確立や各部門で実施している高齢者支援事業の整理と一元化を進め、既存のICTシステムや会議体を活用した情報共有方法の強化とともに、持続可能で柔軟性のある地域包括ケアの構築を目指すことが課題となる」。
文献情報
原典論文のタイトルは、「都市部高齢者の低栄養予防を目的とした一体的実施事業の実践:東京都千代田区の取り組み」。〔日本公衆衛生雑誌. 2026年4月10日(早期公開)〕
原文はこちら(J-STAGE)







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