「日本人の食事摂取基準」を産科領域の視点で概観 今後の方向性も含めたナラティブレビュー
国内の栄養職者にとってバイブルともいえる厚生労働省「日本人の食事摂取基準」を、産科の視点から概観した、慶應義塾大学医学部産婦人科の春日義史氏らの論文が「The Journal of Obstetrics and Gynaecology Research」に掲載された。エビデンスの不足や実臨床との乖離、妊娠前の栄養に言及していないことなど、いくつかの課題を指摘し、今後の方向性が述べられている。要旨を紹介する。

イントロダクション:妊婦・授乳婦の適切な栄養を巡る課題
胎内環境(お母さんのお腹の中の環境)は周産期予後だけでなく、児の成長後の健康リスクにも関係する。胎内環境に影響を与える因子として、喫煙、飲酒、薬剤、ストレス、そして栄養などが挙げられる。とくに我が国においては、低出生体重児の割合が他の先進国よりも高く、これに妊娠前の低体重や妊娠中の不十分な体重増加が関与していると考えられている。
一方、国民の健康の維持・増進のために多くの国が食事摂取基準(dietary reference intakes;DRI)を定めている。国内でも厚生労働省が、かつては「日本人の栄養所要量」、2005年からは「日本人の食事摂取基準」を策定し、性別やライフステージにあわせたエネルギー・栄養素量の目安等を掲げており、多くの項目に妊婦・授乳婦の付加量が示されている。
ただし、妊婦や授乳婦の最適な栄養素摂取推奨量を規定することは、介入研究が倫理的に許容されないというハードルが存在するために困難。また、周産期管理における栄養の重要性が、妊婦や臨床医の間で十分に認識されているとは言えない現状もある。さらに現行の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」(以下、DRI2025)には、妊娠中のエネルギー付加量を妊娠初期・中期・後期という三つのステージに分けて示しているものの、妊娠前のBMIが考慮されていないという点を、課題として指摘できる。
妊婦の栄養
エネルギー量
DRI2025では妊婦の必要エネルギー量の1日あたり付加量として、妊娠初期は50kcal、中期は250kcal、後期は450kcalとしている。これらは妊娠していない女性が40週間で11kgの体重増加を達成するために必要なエネルギー量に基づき推定された。つまり臨床に基づくものではないため、生理学的な観点で十分な根拠があるとは言えない。
また、前述のようにDRI2025は妊娠前のBMIを考慮しておらず、妊娠中の体重増加の目安も示していない。それに対して日本産科婦人科学会は2020年に、妊娠前のBMIカテゴリー別に妊娠中の体重増加の目安を示した(詳細はこちら)。この遵守が周産期有害事象発生リスクの低下と関連していることも報告されている(DOI: 10.1111/jog.15863)。
ただし、この体重増加を達成するために、妊娠中どのようにエネルギー摂取量を増やしていくべきかを検討した研究はまだなく、今後の課題となっている。
栄養素量
DRI2025において、妊婦の栄養素必要量は同年齢の日本人女性のデータを参考に、妊娠中の需要増大を勘案して定められている。とはいえ、その計算に利用できるエビデンスは少なく、とくに日本人でのエビデンスは限られている。
また、周産期合併症(悪阻、妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群など)の治療のための栄養管理に関する情報は、DRI2025に限らず十分とは言えない。例えば、関連学会等から妊娠糖尿病については、血糖管理目標、主要栄養素の比率、葉酸、ビタミンDなど、妊娠高血圧症候群については塩分摂取制限の言及があるものの、その他の栄養素については触れられていない。もっともDRIに関して言えば、DRIは基本的に健常者を対象とするという位置づけであることから、周産期合併症治療のための栄養について記載を求めることに無理があるかもしれない。
授乳婦の栄養
DRI2025において、授乳婦の必要エネルギー量は母乳の産生に必要なエネルギー量を勘案し、1日あたり350kcalを付加量としている。また、多くの栄養素についても付加量が示されている。
一方、こども家庭庁の調査によると、完全母乳育児を行っているのは34.5%であり、人工乳が11.7%、混合授乳が53.8%という実態が示されている。このような授乳行動の差異、および、ライフスタイル等により必要とされる栄養素量は異なると考えられ、授乳婦に対する推奨は妊婦に対する推奨よりも、策定が困難な可能性がある。
妊娠前の栄養(プレコンセプションケアとしての栄養)
妊娠前のケア(プレコンセプションケア)は、良好な周産期予後を得るために重要であり、妊娠前の栄養は母体の健康と胎児の発育に影響を与える。とくに胎児神経管閉鎖障害のリスク抑制のために、妊娠前の葉酸摂取は妊娠中の葉酸摂取よりも重要である。しかし、DRI2025には妊娠前の栄養に関する推奨事項は掲げられていない。
また、妊娠前の質の高い食事は、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群、早産、低出生体重児などの周産期合併症リスクの低さと関連していることが報告されている。周産期合併症を発症する前の女性は健康な状態であることから、DRIの対象に該当すると理解される。よって今後のDRIには、妊娠前ケアを正式に組み込む必要がある。
さらに近年、パートナーの栄養状態が、周産期合併症や児の成長後の疾患リスクと関連しているという知見が蓄積されてきている。したがって、妊娠前のパートナーの栄養の重要性に関する認識を高める必要があり、この点も今後のDRIでは言及することを検討する必要がある。
プレコンセプションケアやDOHaDの啓発活動
以上、論文の要旨を紹介した。
なお、春日氏らは現在、医学部生や栄養学科の学生とともに、プレコンセプションケアやDOHaD(胎児期と出生後早期の環境が生涯の健康リスクを左右するという考え方。Developmental Origins of Health and Diseaseの略)の概念を広めるために、インスタグラムを用いた活動を行っている。栄養に関しても、実体験に基づく幅広い情報が共有されており、エビデンスと日常生活との橋渡しとなる実践的な内容が発信されている。
著者らのインスタグラム「どどメシ(dohad_recipe)」
文献情報
原題のタイトルは、「The Dietary Reference Intakes for Japanese (2025): Overview and Future Directions for the Pregnant and Lactating Women's Section」。〔J Obstet Gynaecol Res. 2026 Mar;52(3):e70236〕
原文はこちら(John Wiley & Sons)







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