日本人ジュニア体操競技選手の怪我のリスク因子となり得る身体的な特徴が明らかに
全国大会レベルの日本人ジュニア体操競技選手に発生しやすい怪我を男女別に調査し、そのリスクと関連する身体的特徴を解析した、前向き観察研究の結果が報告された。横浜市スポーツ医科学センターリハビリテーション科の小林優理亜氏らの研究によるもので、「International Journal of Sports Physical Therapy」に論文が掲載された。
ジュニア体操競技選手の怪我の発生状況と、身体的リスク因子を前向きに調査
体操競技は早期特化が顕著な競技であり、競技開始年齢の平均は女子が6歳、男子は9歳、パフォーマンスのピーク年齢はそれぞれ16~18歳、20代前半と報告されている。そのため、ジュニア期の怪我の発生が少なくない。
ジュニアアスリートの怪我に関するこれまでの研究の大半は横断研究であり、体操競技に特化した研究は少なく、またリスク因子との関連を縦断的に検討した研究はほとんどない。加えて、怪我の重症度は通常、トレーニング中断期間の長短によって評価されるが、体操競技は複数の種目で構成されている競技のため、受傷後にも受傷部位に負荷のかからない種目の練習を継続する選手が多く、トレーニング中断期間では重症度を正確に把握できない。
以上を背景として小林氏らは、国内の小中学生体操競技選手の身体的特徴(とくに柔軟性に焦点をあてて)を把握した上で、23週間にわたり怪我の発生を前向きに観察し、好発する怪我のタイプとその発生に関連のある身体的特徴を明らかにする目的で、以下の研究を行った。
全国大会レベルのジュニア選手36名を23週間追跡
この研究は、ある体操クラブ(1団体)に所属していて全国大会レベルで競技を行っている小中学生36名(12.0±1.8歳、男子19名、女子17名)を対象に行われた。男子は1名を除く18名が6種目(床、あん馬、吊り輪、跳馬、平行棒、鉄棒)に出場し、1名は3種目(床、跳馬、鉄棒)に出場。女子は2名を除く15名が4種目(床、跳馬、段違い平行棒、平均台)に出場し、2名は3種目(床、跳馬、平均台)に出場していた。
研究参加時点(ベースライン)に身体機能測定を行い、関節可動域、筋タイトネス、筋弾性を評価。怪我の発生については、オスロスポーツトラウマ研究センター(Oslo Sports Trauma Research Centre;OSTRC)の質問票をジュニア向けに改変した日本語版を用いて、23週間にわたり週1回のモニタリングを継続した。OSTRC質問票は、重症度を問題なし0点、最も重症100点と評価する。この評価は研究者の監督下で参加者が記載した。また、観察期間中に怪我が発生した場合は研究者(1名の理学療法士)が受傷状況を直接確認し、関連情報を記録した。怪我の発生は、OSTRC質問票で1点以上の記録がなされた場合と定義した。
好発する怪我や関連のある身体的リスク要因が性別で異なる
観察期間中の怪我の発生率は、週あたり平均65.9%(95%CI;62.3~69.5)で推移していた。男女別にみると、男子は70.0%(同65.3~74.8)、女子は61.7%(57.8~65.6)だった。部位別にみた場合の上位3部位は、腰(21.2%)、手首(21.2%)、かかと(13.8%)であり、これを男女別にみると、男子は手首(42.1%)、腰(30.2%)、足部(9.5%)、女子はかかと(22.2%)、膝(16.0%)、腰(12.8%)だった。
男子で手首の怪我が多いことの理由として、論文中には「男子体操選手は上肢で体を支える動作が多く、とくに手首に回旋、圧迫、牽引などの物理的ストレスがかかりやすい。その負荷は体重の最大16倍に達するとする報告もある」と述べられている。
男子選手での比較
この研究では、男女別にみた上位3部位の怪我について、ベースラインで行っていた身体機能測定の測定値が、怪我をした選手としなかった選手で異なるのか否かを検討している。論文中には、身体機能測定で評価されていた多くのパラメーターを比較した結果が示されているが、ここでは怪我の有無で有意差が観察された項目のみを紹介する。
手首の怪我の有無での比較
手首の怪我をした男子選手は以下のように、ベースラインの肩の内旋角度が左右ともに、手首を怪我しなかった男子選手よりも小さかった。右は47.8±10.0 vs 60.5±13.1度(p=0.04)、左は40.6±9.8 vs 53.0±13.6度(p=0.047)。
腰の怪我の有無での比較
腰の怪我をした男子選手は以下のように、股関節の屈曲・伸展、肩の外旋、手首の掌屈角度が、腰を怪我しなかった男子選手とベースラインの測定値に有意差が認められ、いずれも怪我をした選手のほうが低値だった。
左股関節の屈曲は140.0±7.5 vs 149.5±5.4度(p=0.01)〈右股関節の屈曲は有意差なし〉、右股関節の伸展は27.5±4.3 vs 36.4±6.4度(p=0.01)〈左股関節の伸展は有意差なし〉。右肩の外旋は58.1±12.7 vs 78.6±16.4度(p=0.01)、左肩の外旋角度は65.0±17.5 vs 88.6±14.9度(p=0.01)。右手首の自動的な掌屈は62.9±6.5 vs 70.5±6.9度(p=0.04)左手首の自動的な掌屈は、66.3±4.1 vs 72.7±6.2度(p=0.03)、右手首の他動的な掌屈は78.6±9.5 vs 88.6±6.4度(p=0.02)、左手首の他動的な掌屈は、77.5±8.3 vs 88.2±7.2度(p=0.01)。
足部の怪我の有無での比較
足部の怪我に関しては、怪我の有無により有意差のあるベースライン測定値は観察されなかった。
女子選手での比較
かかとの怪我の有無での比較
かかとの怪我をした女子選手は以下のように、ベースラインの下肢伸展挙上(straight leg raise;SLR)と肩の複合外転テスト(combined abduction test;CAT)が、かかとを怪我しなかった女子選手と有意差が認められた。
左側のSLRは147.1±2.5 vs 134.5±10.6度(p=0.002)で、怪我をした選手はハムストリングスの柔軟性が高かった。左側のCATは158.7±7.5 vs 166.0±4.9度(p=0.02)。なお、右側のSLRやCATには有意差はみられなかった。
膝の怪我の有無での比較
膝の怪我をした女子選手は以下のように、肩の屈曲、手首の背屈、およびトーマステストが、膝を怪我しなかった女子選手とベースラインの測定値に有意差が認められた。左肩の屈曲は、194.0±2.0 vs 185.4±5.2度(p=0.001)、左手首の他動的な背屈は84.0±8.6 vs 92.9±5.2度(p=0.02)、右側トーマステストは0.6±0.2 vs 1.0±0.3cm(p=0.01)。右肩の屈曲、右手首の他動的な背屈、左側トーマステストは有意差がなかった。
なお、膝に怪我をした選手のほうが左肩の屈曲角度が高値であり、トーマステストの結果が低値(=腸腰筋の柔軟性が高い)であったことに関連して、論文の考察には、「この結果は、関節可動域の狭さだけが受傷のリスク因子ではないことを示している」と述べられている。
腰の怪我の有無での比較
腰の怪我をした女子選手は、右側トーマステストのベースライン値が高値(=腸腰筋の柔軟性が低い)であり(1.3±0.3 vs 0.8±0.2cm)有意差が認められた(p=0.01)。左側は有意差がなかった。
柔軟性に関する身体機能測定以外の指標も組み込んだ、より詳細な検討が求められる
以上の総括として著者らは、「本研究の結果は、ジュニア体操競技選手の怪我の発生やそのリスクに関連する柔軟性にかかわる要因が、男女間や受傷部位によって異なることを示している」と述べている。また、本研究では筋力や年齢など、受傷リスクとの関連を検討していない潜在的な交絡因子があると考えられること、観察期間が競技シーズン全体をカバーしていないこと、1クラブのみのデータであることなどの限界点を挙げ、ジュニア体操競技選手の怪我のリスク抑制のため今後のさらなる研究の必要性を指摘している。
文献情報
原題のタイトルは、「Relationship of Physical Factors to the Occurrence of Injuries in Young Gymnasts」。〔Int J Sports Phys Ther. 2024 Oct 1;19(10):1216-1227〕
原文はこちら(North American Sports Medicine Institute)