パフォーマンス向上と体組成改善のためのケトン食に関する国際スポーツ栄養学会ISSNのステートメント
国際スポーツ栄養学会(ISSN)は6月27日、ケトン食に関する同学会の見解を学会誌「Journal of the International Society of Sports Nutrition(JISSN)」に論文掲載した。アスリートにおけるケトジェニックダイエットの理論的な根拠を整理し、文献レビューに基づくエビデンスの総括を行ったうえで、7項目からなる‘Position statement’を示している。一部の章の要旨を紹介する。
背景:ケトン産生とケトジェニックダイエット
スポーツパフォーマンスの向上と体組成の改善を目的とするケトジェニックダイエットは、一般向けの書籍や記事、ソーシャルメディア、学術調査などによって、ますます人気が高まっている。国際スポーツ栄養学会(International Society of Sports Nutrition;ISSN)は、トレーニング適応とスポーツパフォーマンスを最適化するための栄養要件について従来、持久系アスリートに対しては高炭水化物食(約5〜12グラムg/kg/日)を推奨し、筋力系アスリートを含む一般的なフィットネスには少なくとも3~5g/kg/日を推奨したうえで、高炭水化物食からケトン食まで幅広い食事療法が体組成の改善に有効であるとしている。
ケトン体は、主に肝臓で起こるプロセスにより産生され、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸(βHB)、アセトンの3種類を指す。これらの化合物は水溶性であるため、体内を容易に移動して、グルコースの代替エネルギー源を提供する。ミトコンドリアを含むすべての細胞は、ケトン体を使用してエネルギーを生成することができる。脳も、数週間の断食後にはエネルギー必要量の3分の2をケトンから生成し得る。ただし、必要な酵素を欠く肝細胞は例外である。
ケトーシスとケトアシドーシス
運動は、その期間と強度に応じて炭水化物の可用性を低下させ、ケトン産生を刺激する。長時間かつ激しい有酸素運動は断食に似た異化状態を作り出し、ケトーシスを生じる。ケトーシスは、ケトン体、とくにβHBの血中濃度が上昇した状態であり、医学的には高ケトン血症とも呼ばれる。一般に血中ケトンレベルが0.5mMを超える場合がケトーシスと定義されている。
一方、ケトジェニックダイエットは一般的に1日あたりの炭水化物摂取量が50g未満であり、比較的安定したケトーシス状態となる。しかし、タンパク質摂取量や活動レベルなどの要因により、達成されるケトーシスの程度は異なる。
重要な点として、ケトーシスをケトアシドーシスと混同してはならないという点が強調される。ケトアシドーシスは血中ケトンレベルが12~15mMを超える生命を脅かす状態である。通常、ケトン産生には負のフィードバックが機能し、血中濃度が過度に上昇した場合にはケトン体の合成が減少する。
「ケト適応」とスポーツパフォーマンス
ケトジェニックダイエットが運動能力の向上に役立つという関心は1980年代に始り、その後、何度か関心の高まりと消退を繰り返し、そのなかで、「ケト適応(keto-adaptation)」という概念が提唱された。これは、運動中にエネルギー源が炭水化物の酸化から脂肪酸化へとシフトし、それによって筋グリコーゲンが温存され持久力のパフォーマンスが向上するというものだ。これに関連して、ケト適応がなされた男性エリートサイクリストの脂肪酸化率が非常に高いことなどが報告された。
ケト適応により脂肪酸化率が高まる可能性はあるが、酵素活性や運動効率の変化など、他の代謝への影響も考慮する必要がある。
文献レビュー:16件の研究のうちパフォーマンス向上を報告した研究は1件
ISSNとしてのPosition statementをまとめるために、JISSN誌の編集者と研究委員会によって招待された研究者による文献レビューが行われた。著者陣が文献レビューに基づき草稿を執筆し、エキスパートによる精査を経た後、その合意声明がISSNの公的な立場とされた。
文献検索にはPubMed/Medlineが用いられ、検索キーワードはケトジェニックダイエット、持久力、筋力、パワー、体組成とし、ヒットした論文の参考文献も検索対象とした。包括基準は、運動を行っている成人を対象として、ケトン食(1日あたりの炭水化物摂取量が50g未満、または血中ケトン値が0.5mM以上、または尿中ケトンが陽性で定義)と非ケトン食を比較した対照試験であり、間歇的ケトジェニックダイエットの有用性に関する研究は除外した。
16件の報告が抽出された。大半は男性のみを対象としており、女性のみを対象とした研究はなかった。対象者の競技レベルは、レクリエーションレベルが11件、エリートレベルが5件であり、運動介入は通常の運動習慣を維持することが9件、研究デザインの規定に従うことが7件で、食事については11件では食事記録によってモニタリングされ、5件は研究者が提供していた。
16件の対照試験のうち、対照群と比較してケトン食群のパフォーマンスが有意に改善したと報告したのは1件のみであった。反対に、ケトジェニックダイエットはパフォーマンスを低下させると報告した研究は8件だった。
これらの研究について、論文中では詳しい考察が加えられている。それらの考察に基づき、ISSNとしてのPosition statementが以下の7項目に総括されている。
国際スポーツ栄養学会(ISSN)の見解
- ケトジェニックダイエットは栄養性ケトーシス状態を引き起こす。これは通常、血清ケトン値が0.5mMを超える状態と定義される。このレベルに達する毎日の炭水化物摂取量は多くの要因によって左右されるが、大まかなガイドラインとしては、1日あたり50g未満である。
- 炭水化物の制限と食事中の脂質の大量摂取によって達成される栄養性ケトーシスは、本質的に有害ではなく、医学の臨床でみられる生命を脅かす状態であるケトアシドーシスと混同すべきでない。
- ケトジェニックダイエットは、運動中に脂肪酸化レベルが著しく上昇するにもかかわらず、炭水化物が多く脂質が少ない食事と比較すると、運動能力にほとんど影響を及ぼさないか、または悪影響を及ぼす。
- ケトジェニックダイエットの持久力効果は、トレーニング状況と食事介入期間の両方によって影響を受ける可能性があるが、これらの可能性を明らかにするにはさらなる研究が必要とされる。エリートアスリートを対象としたすべての研究で、ケトジェニックダイエットによるパフォーマンスの低下が示され、それらの研究の期間はいずれも6週間以内だった。研究期間が6週間以上の2件の研究のうち、統計的に有意なケトジェニックダイエットのメリットを報告したのは1件のみだった。
- ケトジェニックダイエットは、炭水化物を多く含む食事と比較して、最大筋力または筋力トレーニングプログラムによる筋力増加という点で、同様の効果をもたらす傾向がある。少数の研究では、非ケトジェニックである比較対象のほうが優れた効果を示している。
- 炭水化物が多く脂質が少ない食事と比較すると、ケトジェニックダイエットでは体重、脂肪量、除脂肪体重の減少が大きいが、除脂肪組織の減少も大きくなることがある。ただし、これはカロリーとタンパク質の摂取量の違い、および体液バランスの変化によるものと考えられる。
- ケトジェニックダイエットが男性と女性で異なる影響を与えるかどうかを判断するには、エビデンスが不足している。しかし、性差が存在するという強力なメカニズム的根拠がある。
文献情報
原題のタイトルは、「International society of sports nutrition position stand: ketogenic diets」。〔Int Soc Sports Nutr. 2024 Dec;21(1):2368167〕
原文はこちら(Informa UK)