トップレベルのフェンシング選手の栄養学 文献レビューと著者個人のネットワークからの洞察
トップレベルで活躍するフェンシング選手のための栄養に関する推奨をまとめた論文が発表された。著者はイタリアとエストニアのオリンピック選手を含むエリートアスリートのコーチなどと長年協力関係にある、ジュネーブ大学の1名の研究者。文献レビューとこの著者個人のアスリートやコーチとの会話から得られた洞察をまとめた内容。
フェンシングの特徴
フェンシングは、素早い反射神経、敏捷性、瞬発力、精神力、持久力を必要とされる、剣を用いた格闘技で、無酸素性と有酸素性の代謝が要求され、栄養学的に複雑な判断が求められる。フェンシングのための栄養学的な推奨に関する報告も増えつつあるが、いまだ断片的なものが多く包括的な推奨はまとめられていない。今回紹介する論文の著者は、これを背景として、文献レビューと個人的な経験、ネットワークから得た知見を統合して、欧州を中心に活躍するエリートフェンサーに必要とされる栄養学的要求の総括を行った。
文献レビューはPubMedに2023年7月までに収載された英語で執筆されている論文から、タイトルや要約でエリートフェンサーの栄養について言及されているものを抽出。またGoogle Scholarでも同様の検索を行った。そのほか国際オリンピック委員会(International Olympic Committee;IOC)などの公的団体が発表している声明、フェンシング以外の類似格闘技でのエビデンスも参考にした。
論文では、欧州における競技スケジュールなども解説されているが、ここでは栄養に関する推奨事項や栄養指導に関する記述部分を中心に紹介する。なお、摂取が推奨されている具体的な食品は、欧州の食習慣を背景とするものであり、日本人アスリートへの適用可能性は個々に判断が必要。
フェンサーへの栄養指導
フェンシング選手は適切な食生活に関する知識が不足していることが少なくない。例えば、加工食品や精製食品を大量に摂取し、飽和脂肪酸の摂取量が多い一方で、新鮮な果物や野菜の摂取は不十分なことがある。これらの食習慣は健康を阻害しパフォーマンス上の課題をもたらす。
イタリアのフェンシング選手に対して個別栄養指導を行っている指導者によると、「試合の合間に食べ物を摂取することを勧めても、その必要性を理解してもらうのが困難なことがある」という。食事をせずに連続して試合を行うというのは、栄養学的には不合理だが、選手が栄養指導を十分に受けていない場合は、このようなことは頻繁に発生する。よって、まずは適切な栄養の重要性を理解できるようにサポートすることから始まる。
フェンシングの試合中の酸素摂取量は、男性で平均53.9mL/kg/分、女性で39.6mL/kg/分であり、嫌気性と好気性双方の良好なコンディションが必要となる。このためいくつかの特定の栄養素の需要を満たし得る、慎重な栄養戦略が要求される。
栄養素に関する推奨事項
炭水化物
- 量
- 1日あたり7~11g/kg、強化期間は最低11g/kg。
- 食品の例
- 全粒穀物、果物、野菜、ライ麦パン。
- 摂取タイミング
- 1日3~4回。運動後は60分以内。
- 競技中の推奨
- 必要かつ実行可能であれば、試合の合間に消化のよい炭水化物、タンパク質、脂質を含む少量の食事を複数回摂取して、エネルギーを補給し消化器症状を予防する(乾燥肉/スモークサーモン/パルメザンチーズ/卵、全粒粉パン、バナナ、リンゴ/ナッツ/ドライフルーツ)。競技中は、慣れていない物は食べない。
- 運動後の推奨
- 運動後60分以内に、炭水化物とタンパク質を一緒に摂取して(比率は4対1)、グリコーゲン貯蔵を回復する。
- その他の推奨
- 体重をコントロールする必要がある場合は、炭水化物の量と種類に注意する。
タンパク質
- 量
- 1日あたり1.5~2g/kg。
- 食品の例
- 赤身肉、鶏肉、魚、卵、乳製品、豆腐、豆類。
- 摂取タイミング
- 1日3~4回。運動後は60分以内。
脂質
- 量
- 総エネルギー摂取量の25~30%で、不飽和脂肪を中心とする。
- 食品の例
- ナッツ、種子、植物油(亜麻仁油、クルミ油、オリーブ油など)、魚油、アボカド。
- 摂取タイミング
- 1日3~4回。運動後は60分以内。
- その他の推奨
- 体重をコントロールする必要がある場合は、脂質の量に注意する。
水分
- 量
- 運動中は1時間あたり約0.5~2L、安静時は1日あたり最低35mL/kg。
- 食品の例
- 水またはブドウ糖電解質溶液。
- 摂取タイミング
- 1日を通して水分を摂り、状況(気温、運動の強度など)に応じて量を調整し、喉が渇くまで待たずに摂る。
- 競技中の推奨
- 1日を通して水分を摂る。グルコース電解質溶液を優先し、消化器症状発現を防ぐために毎回少量ずつ摂取する。
- 運動後の推奨
- 失われた水分を補給するために必要なだけ水分を摂取。発汗量に注意する。
競技会参加中の推奨
- 炭水化物源として全粒ライ麦クラッカーやドライフルーツ、タンパク質源としてパルメザンチーズや干し肉など、食べ慣れた食べ物を持参する(これらは遠征中でも保管しやすい)。リンゴ、バナナ、アボカドなどの果物や、食べ慣れている調理済み野菜を現地で購入する。
- 長期間の競技会の場合は、ホテルよりもキッチン付きの施設に泊まると良い。他のアスリートと設備を共有し、買い物や食事の準備を分担することも検討に値する。
- ホテルのビュッフェで食事をする場合は、米(できれば玄米)、ゆで卵、オムレツ、蒸し鶏や焼き鳥、牛乳、全粒穀物、果物、野菜など、ふだん口にしているシンプルな食べ物を選ぶか注文する。とくに海外では、消化器の不調を避けるために、食べ慣れていない物は避ける。
- 国によっては、飲み水の安全性に注意が必要。
怪我予防や回復の促進のための推奨
筋肉の喪失の抑制
- タンパク質摂取量を増やす(主にロイシン~2.3g/kg/日)。
- クレアチン一水和物の摂取(5~20g/日)。
- オメガ3脂肪酸の摂取。
関節、腱、靭帯のダメージの抑制
- 加水分解コラーゲン10gを含む液体コラーゲン25mL/日。
- 運動の30~60分前にゼラチンまたは加水分解コラーゲン15gを摂取。
- ビタミンCなどのコラーゲン合成を促進するサプリメントの摂取。
骨のダメージの抑制
- ビタミンD800IU/日とカルシウム2,000mg/日の摂取により、疲労骨折のリスクが低下する。
- タンパク質摂取量を増やす
運動間の微小なダメージの抑制
- 短期間(4日)の高用量ビタミンC(2,000mg/日)およびE(1,400U/日)の摂取。
文献情報
原題のタイトルは、「Nutrition for European Elite Fencers: A Practical Tool for Coaches and Athletes」。〔Nutrients. 2024 Apr 9;16(8):1104〕
原文はこちら(MDPI)