一般市民のスポーツや運動の有害事象(怪我や事故など)に関するスコーピングレビュー
一般生活者のスポーツや運動における有害事象の実態をスコーピングレビューにより総括した、慶應義塾大学大学院スポーツ医学研究センターの平田昻大氏、小熊祐子氏らによる論文が「BMJ Open」に掲載された。有害事象の発生状況が検討されていたスポーツはランニングが最も多く、有害事象のタイプとしては運動器の傷害が最も多いという。
高齢化で重視される一般住民の運動やスポーツ。しかし有害事象の実態は不明
運動不足が関与する生活習慣病の増加や加齢に伴う運動器障害の増加に対する公衆衛生上の対策として、一般住民のスポーツや運動が世界的に奨励されている。ただし、スポーツや運動は有害事象のリスクを伴う。従来、プロやエリートレベルのアスリートを対象とした有害事象については数多くの研究がされているが、一般住民の身体活動についてはその重要性が増しているにもかかわらず、そのような報告が少ない。高齢化が急速に進行中の日本では、この点に関する知見の蓄積がより急務となっている。
これを背景として平田氏らは、メタ解析などの詳細な検討をするほど十分な研究報告がない比較的新しいトピックについて、全体像を把握するための研究手法である、スコーピングレビューを行った。
文献検索の手法について
スコーピングレビューのためのガイドラインであるPRISMA拡張版(PRISMA-ScR)に則した手順により、2023年4月13日に、PubMedと医中誌Webを用いた文献検索を実施した。包括基準は、一般住民の余暇時間の身体活動(leisure-time physical activity;LTPA)に伴う有害事象に関する報告とし、プロやエリートレベルのアスリートを対象とした研究報告は含めなかった。また、言語は英語または日本語に限り、学会報告、症例報告、レビュー論文などは除外した。
余暇時間の身体活動(LTPA)には、ウォーキングやレクリエーション活動も含めた。一方、疾患や怪我からの回復のためのリハビリテーション、介護予防目的の身体活動、教育環境での体育やスポーツなどは含めなかった。有害事象の範囲としては、傷害、死亡、疾患、事故などとした。
抽出された研究から明らかになったLTPAに伴う有害事象の傾向
検索により、PubMedで3,133件、医中誌Webで1,208件がヒットし、重複削除後にタイトルと要約に基づくスクリーニングを実施。92件を全文精査の対象として、最終的に67件の研究報告を抽出した。
論文の報告年は1982~2023年の範囲で、米国からが15件で最も多く、以下、日本12件、オーストラリア9件、オランダ5件、ニュージーランド4件と続いていた。日本発の研究論文のうち8件は日本語、4件は英語で報告されていた。
研究の対象者数は36~1,448万3,636人の範囲であり、6件は男性のみ、4件は女性のみを対象としていた。対象者が行っていたLTPAは、51件の研究では1種類に限定し、16件は複数のLTPAを行っていた。単一のLTPAを検討していたものとしては、ランニングが7件で最多であり、以下、スキューバダイビング6件、ラグビーとサッカー各4件などが続いていた。
研究デザインはすべて観察研究であり、29件は後ろ向き研究、21件は前向き研究、17件はアンケートなどによる横断的デザインで行われていた。
有害事象のタイプは運動器の傷害が最多
解析対象とされていた有害事象は、傷害(55件)が最多であり、死亡(12件)、疾患(10件)、事故・心停止(各1件)と続いていた。
傷害の種類
傷害の種類としては、運動器の傷害のほかに打撲、頭部外傷、脳震盪、外傷などの報告もみられた。
死亡例の報告のあるLTPA
死亡例が報告されていたのは、サイクリング、スキー/スノーボード、ダイビング、ラグビー、登山、エアロスポーツ(パラグライダー、ハングライダーなど)といったLTPAだった。
事故や疾患のイベント
事故や疾患のイベントとしては、ダイビングによる気圧外傷や減圧症の報告が多く、そのほかに、サイクリング、野外レクリエーション、ジムトレーニング、ゴルフなどでの熱中症、脳卒中、心不全などが報告されていた。
有害事象の発生頻度に関する報告
13件の研究は、有害事象の発生頻度を検討していた。4件が後ろ向き研究、9件は前向き研究であり、日本発の報告は2件だった。対象者が行っていたLTPAは、サッカー、ラグビー、野球、ソフトボール、スキー、スノーボード、ダイビングなどであり、多くは傷害の発生率を評価していたが、2件の研究は死亡率を評価していた。
これらのうち、例えばサッカーに伴う傷害発生率に関しては、米国の研究からは千人・機会あたり17.8件(17.8/1,000 persons-exposures)であり、日本の研究からは千人・時間あたり2.59件(2.59/1,000 person-hours)といったデータが報告されていた。
一般生活者のLTPAに伴う有害事象のエビデンス不足が浮き彫りに
本レビューについて著者らは、検索に用いた文献データベースが2件のみであり悉皆性が十分でないこと、スコーピングレビューのため各研究の品質を評価できていないことを限界点として挙げつつ、「一般生活者が行っているLTPAに焦点をあてた研究であり、LTPAの種類や有害事象のタイプにかかわらず包括的な検討を行った点で特異なものと言える」と述べている。
結論は、「アスリートではなく、一般生活者のスポーツや運動でも、外傷や特定の疾患などの有害事象が発生することがある。ただし、レビューされた報告は、研究が行われた国や地域、評価対象としたスポーツの種類や有害事象のタイプに偏りがあり、また有害事象の発生頻度に関するデータは不足していた。より多様な集団を対象とした質の高い研究の必要性も浮き彫りになった」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Epidemiology of adverse events related to sports among community people: a scoping review 」。〔BMJ Open. 2024 Jun 12;14(6):e082984〕
原文はこちら(BMJ Publishing Group)