ウルトラマラソン競技中の炭水化物摂取量と血糖値安定性がパフォーマンスと有意に関連
ウルトラマラソンに参加した選手のレース中の食事摂取状況と血糖値変動、および走行スピードや競技成績との関連を解析した結果が報告された。成績上位者はレース中の炭水化物摂取量が多いことや、血糖値変動が少ないことなどが明らかになった。龍谷大学農学部運動栄養学研究室の石原健吾氏、京都府立大学大学院生命環境科学研究科の谷口祐一氏らの研究によるもので、「Scientific Reports」に論文が掲載された。
100km超のウルトラマラソンの食事戦略は手探り状態
ウルトラマラソンの人気が世界的に高まり、より過酷な条件が設定されたイベントが多く開催されるようになってきている。走行距離100kmを超えるウルトラマラソンでは1日あたり1万kcal以上を消費すると推定されており、そのエネルギーをどのように補給するかが、成績を大きく左右すると考えられている。
持久系スポーツのエネルギー基質は炭水化物と脂質である。脂質の体内貯蔵量が豊富であるのに対して、炭水化物の体内貯蔵量はわずかである。そのため、適切な炭水化物摂取戦略によって、パフォーマンス低下につながる筋グリコーゲンの枯渇や低血糖が抑止される。石原氏らも既に、ウルトラマラソン完走者の走行速度はレース中の炭水化物摂取量と正相関することを報告している(doi.org/10.3390/nu12041121)。
一方、近年になり、血糖値(正確には皮下細胞間質液の糖濃度)を連続的に測定可能な機器(持続血糖測定〈continuous glucose monitoring;CGM〉)が普及したことで、医学の研究・臨床のみならずスポーツ領域の研究でも、血糖変動に関する新たな知見が蓄積されてきている。ただし、走行距離が100kmを超えるようなウルトラマラソン参加者20名以上の血糖変動を栄養素摂取量と関連付けて検討した研究は、これまで行われていない。
以上を背景として石原氏らは、2021年に琵琶湖をとりまく山岳地帯で開催された「LAKE BIWA 100」参加者を対象として、レース中の食事摂取状況と血糖変動を把握し、パフォーマンスとの関連を解析するという研究を行った。
琵琶湖周辺の山岳地帯169kmウルトラマラソン中の食事と血糖変動を解析
LAKE BIWA 100は琵琶湖をとりまく山岳地帯を縦走するウルトラマラソンで、2021年大会は10月1~3日にかけて行われた。レース距離は100マイル(169km)で、累積標高差は1万500m。参加者は、レース中に摂取する飲食物を含む必需品を携帯して走行し、制限時間は52時間だった。
同大会のレース参加者は100人限定で、参加条件として過去に100マイル以上のウルトラマラソンの完走経験があることとされているため、全員が高い持久力を有するアスリートであった。2021年大会では77人が完走し走行タイムの中央値は45時間15分だった。
本研究は、この参加者の中から研究参加の同意を得られた22人を対象に行われた。研究参加者には、レース中に摂取したすべての飲食物の量と摂取時刻を記録してもらった。また、レースの前後に飲食物の写真を撮影し、レース中に摂取された栄養素量を算出した。そのほか、簡易型自記式食事歴法質問票(brief diet history questionnaire;BDHQ)により、ふだんの栄養素摂取量を推計した。
血糖値については、レーススタートの24時間前から15分ごとに測定した。血糖値には個人差があるため、レース前日の最低血糖値(主に睡眠時)からの増加量をΔ血糖値と表記した。各ブロックごとに、Δ血糖値の最高値、最低値、平均値、さらに最高値と最低値の差を算出した(それぞれ、Δ最高値、Δ最低値、Δ平均値、Δ最高値―最低値と表記)。
研究参加者の特徴
研究参加者22人の主な特徴は、性別の内訳が男性18人、女性4人で、年齢は46.0±6.9歳であり、BMIは21.0±1.6であった。16人(72.7%)が完走し、残り6人はリタイアだった。なお、コース全体が9ブロックに分けられていて、それぞれに定められている打切り時刻内に通過できない場合にリタイアと判定された。
ふだんの食事摂取状況は、エネルギー量が2,005±631kcal/日で、炭水化物が48.6±7.7%、タンパク質15.6±3.1%、脂質29.2±6.1%。CGMで把握された安静時血糖値は77.1±12.5mg/dLだった。
炭水化物摂取量が多く、血糖値があまり下がらず安定しているほうがハイスピード
統計解析は、完走者16人については走行タイムの中央値で、成績上位群7人、成績下位群9人と二分し、これにリタイア群を加えて全体を計3群に分類した。この3群で、栄養素摂取状況、血糖変動、パフォーマンスを比較するという手法で行われた。
なお、この3群の基礎データを比較すると、身長、体重、BMI、安静時血糖値には有意差がなかった。また、ふだんの摂取エネルギー量や栄養素バランスも有意差がなかった。ただし年齢については、リタイア群が他の2群より有意に高齢だった(p=0.002)。成績上位群と下位群の年齢は有意差がなかった。
成績上位群は下位群よりレース中、とくに前半の炭水化物摂取量が多い
次に、レース中の食事摂取量を9ブロック通してみると、成績上位群は下位群に比べ、摂取エネルギー量(p=0.025)や炭水化物摂取量(p=0.012)が高値で推移していた。レースの前半と後半に分けて比較した場合、その傾向はレース前半において強く認められた。
レース中の炭水化物摂取量と走行速度との相関を検討すると、成績下位群では有意な正の相関が観察され(ρ=0.700、p=0.036)、上位群でも非有意ながら正相関の傾向が認められた(ρ=0.479、p=0.060)。摂取エネルギー量は走行速度と相関していなかった。
成績上位群は下位群よりレース中の最低血糖値が高く、血糖変動幅が少ない
続いて血糖変動との関連を検討した。まず、レース中に観察されたΔ最高値とΔ平均値には、3群間に有意差が見られなかった。
それに対して、レース中に観察されたΔ最低値は、成績上位群のほうが下位群よりも大きかった(p=0.012)。すなわち、成績上位の選手はレース中に低血糖となることが少なかった。また、Δ最高値ー最低値については、上位群のほうが小さかった(p<0.001)。すなわち、成績上位の選手はレース中の血糖変動幅が少なかった。
レース中の血糖変動幅と走行速度との相関について検討すると、負の有意な相関が観察された(ρ=-0.612、p=0.012)。つまり、レース中に血糖値の変動が少ない選手のほうが、パフォーマンスが良好だった。
レース中の血糖値を安定させ得る戦略が、ウルトラマラソンの記録向上につながる可能性
まとめると、LAKE BIWA 100をリタイヤした選手では、完走した成績上位や中位の選手よりも、低血糖が多く見られた。リタイヤした選手では、炭水化物摂取量と走行速度に有意な正の相関が見られたことからも、炭水化物摂取量の増加を意識することは有効であろう。
完走した選手の中で比較すると、成績下位の選手は、成績上位の選手よりも血糖値の変動幅が大きかった。一方、成績下位の選手は成績上位の選手よりも、レース中の炭水化物摂取量が少なかった。このことから、成績下位の選手は、まずは、よりこまめな補給を心がけた上で、炭水化物摂取量をさらに増加できるか検討する方が良いと考えられた。
これらの総括として著者らは、「パフォーマンスの高いウルトラマラソン選手は、レース中の炭水化物摂取量が多く、血糖値が維持されていた。従来、ウルトラマラソンのパフォーマンスの規定因子は明らかでなかったが、本研究からは低血糖の予防と、血糖の変動が一定の範囲内におさまることの重要性が示唆される」と結論づけている。
文献情報
原題のタイトルは、「A comparative observational study of carbohydrate intake and continuous blood glucose levels in relation to performance in ultramarathon」。〔Sci Rep. 2024 Jan 11;14(1):1089〕
原文はこちら(Springer Nature)