WADAのアンチ・ドーピング教育プログラムの有効性を確認 英国でアスリート300人を調査
アンチ・ドーピング教育プログラムの受講前に比べて受講後には、アスリートのドーピングに対する感受性が有意に低下することが、英国で行われた研究から明らかになった。ドーピングの感受性の変化は、サプリメント使用の意向と間接的な関連があることなども示されたという。
アンチ・ドーピング教育の有効性に関するエビデンスは不足している
世界アンチ・ドーピング機構(World Anti-Doping Agency;WADA)は現在、さまざまな競技団体に対してアンチ・ドーピング教育のプログラムを標準化することを目指した活動を行っている。2021年には国際教育基準(International Standard for Education;ISE)を策定し、各国の組織が教育プログラムを計画、実行することを求めた。一般にドーピングはアスリートによる禁止物質の利用として理解されるが、WADAによる定義はより広く、検体提出の拒否、他者のドーピングの報告を阻害する行為なども含まれる。
過去数十年にわたり、アンチ・ドーピング教育は充実化が図られてきている。しかし、そのようなプログラムの有効性の評価は必ずしも十分とは言えず、本論文によると「アスリートのドーピングに対する感受性を変化させ得るかというエビデンスが不足している」とのことだ。また近年では、サプリメントの使用がドーピングへの感受性を低下させる可能性が指摘され、個人の道徳的価値観の高さがサプリ使用からドーピング行為への進展を抑止する因子であることが報告されてきているが、アンチ・ドーピング教育によって道徳的価値観が変容するのか否かも不明点として残されている。
以上を背景として、この論文の研究では英国のアスリートに対するアンチ・ドーピング教育プログラムの有効性が検討された。
WADAの国際教育基準(ISE)に準拠したプログラムの有効性を評価
研究では、英国全土で開催されているアンチ・ドーピング教育プログラムに参加したアスリートを対象とする、縦断的な解析が行われた。2021年4月~2022年7月に英国内3カ所で延べ28回開催された教育プログラムに参加したアスリート831人に対して研究協力を依頼。教育プログラム終了3カ月後に実施した追跡調査に協力し、教育効果の解析が可能だったのは302人だった。
対象は全員16歳以上で翌シーズンに競技会出場を予定しているアスリートであり、平均年齢は18.71±2.61歳、女性41.4%、英国人95.5%、競技会出場歴2.85±2.02年、トレーニング時間10.12±5.07時間/週。行っている競技は陸上が25.8%で最多であり、次いでサッカーが13.9%、水泳12.9%。競技レベルは、世界大会出場レベルが29.5%、国内大会レベル32.7%、地域大会レベル37.8%。
教育プログラムは、5年以上のアンチ・ドーピング教育の経験があり自身も元アスリートであるファシリテーターによって、60分1セッションとして行われた。内容はWADAの国際教育基準(ISE)に準拠した。
7種類の評価項目のすべて、スコアが有意に改善
プログラムの有効性は、受講前と受講3カ月後の追跡調査の結果を比較することで判定した。評価項目は、ドーピング感受性、サプリメント使用の意向、スポーツ精神、道徳的価値観、アンチ・ドーピングの知識および実践の態度、内部告発に関する知識という7項目。
結果は以下の通りで、すべての項目のスコアが受講前より受講後のほうが有意に良好になっていた。
ドーピング感受性は受講前が1.58±1.35で、受講後は1.48±1.20であり、-0.10±0.05点低くなっていた(p=0.04)。同様にサプリメント使用の意図は4.10±2.32から3.55±2.25へと-0.72±0.04点の変化だった。この2項目以外はスコアが高いことが良好であることを意味するが、スポーツ精神の価値観は4.17±0.85から4.42±0.80点に上昇、道徳的価値観は4.29±0.50から4.52±0.44点、アンチ・ドーピングの知識は4.07±1.26から5.57±1.19点、アンチ・ドーピングの実践は2.38±1.04から3.43±1.25点、内部告発の知識は3.99±1.39から5.81±1.28点という変化であり、サプリメント使用の意図以降に記した項目の受講前後スコアの差もすべて有意だった(p<0.01)。
道徳的価値観のスコアが低いアスリートは、サプリ使用がドーピングの入り口に?
受講前後の各評価項目のスコア同士の相関をみると、さまざまな項目のスコアが有意に相関していた。相関係数の高いものを挙げると、道徳的価値観とスポーツ精神の価値観の相関が強く、受講前の時点でr=0.94、受講後もr=0.95だった。また、受講前の道徳的価値観は受講後のドーピング感受性(r=-0.22)や受講後のサプリ使用の意向(r=-0.21)と有意に逆相関していた。ただし、受講後の道徳的価値観とそれらのスコアとの相関は非有意だった。
一方、受講前と受講後のドーピング感受性のスコアもr=0.80と高い相関が認められた。また、受講前と受講後のサプリ使用の意向のスコアもr=0.72であり、高い相関が認められた。
このほか、受講後の内部告発のスコアとアンチ・ドーピングの実践のスコア、および受講後の内部告発のスコアと道徳的価値観のスコアとの間にも、比較的高い正相関が認められた(いずれもr=0.50)。
統計学的な解析により、教育プログラムを受講したことによるドーピング感受性の変化は、サプリの使用意向の変化と間接的に関連していて、この間接的な関係が道徳的価値観によって緩和される(道徳的価値観が高い場合には関連が弱まる)ことが明らかになった。これは、道徳的価値観のスコアが低いアスリートでは、サプリ使用の意向の変化がドーピング感受性の変化と結びつきやすい可能性を示唆している。
以上より論文の結論は、「この研究結果は、アンチ・ドーピング教育プログラムの有効性を裏付けるものと言える。また、サプリメントの使用と個人の価値観が、ドーピング感受性の変化に寄与していることが浮き彫りになった」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「A national anti-doping education programme reduces doping susceptibility in British athletes」。〔Psychol Sport Exerc. 2023 Nov:69:102512〕
原文はこちら(Elsevier)