代替肉・代替牛乳の消費が拡大すると、ビタミンB12、亜鉛などの不足が増える可能性
近年、環境保護対策の一環として、温室効果ガス排出量の少ない植物性食品を素材として用い、肉や牛乳などの動物性食品を模倣した食品が開発・消費されてきている。環境保護という視点では文句のつけようのない対策だが、栄養価はどうなのだろうか? このような視点でシミュレーションを行った研究結果が報告された。ビタミンB12や亜鉛などの微量栄養素が不足する人の割合が増加する可能性があるという。
「肉のない月曜日」は既に40カ国以上で実施されている
世界的な人口の増加に伴う食料需要の増大と、気候変動の緩和が地球にとって喫緊の課題であるとすることに異論は少ない。気候変動の緩和のため、化石燃料の利用削減などとともに、動物性食品の摂取を減らして植物性食品の摂取を増やすという対策が提案され、既にその方向に向かって世界が動いている。この施策は、人々の健康の維持・増進という視点からも、深く検証されずに推奨される傾向も存在する。
もっとも、環境負荷という点では実際に、動物性食品の生産には、家畜の飼料として穀類を生産し、それを運搬するという工程ですでに、多くの環境負荷が発生する。さらに家畜が発生する温室効果ガスも膨大であり、肉の加工工程でも環境負荷が発生する。
ミートフリーマンデー(Meat free Monday)、つまり「肉のない月曜日」(週に1日は肉を食べない)というキャンペーンは、既に40カ国以上で実施されている。肉のかわりに植物性食品を使って加工された肉、いわゆる代替肉、あるいは牛乳の消費も世界的に急拡大している。英国からは、従来のソーセージに比べて植物由来のソーセージの環境負荷は、3分の1~10分の1程度に抑制されると報告されている。本論文はオーストラリアの研究者らの報告だが、2015~2019年にオーストラリアのスーパーマーケットで入手できる植物ベースの“肉”製品の数は5倍に増え、2011~2021年に植物ベースの“牛乳”の需要は2倍に高まったという。
しかし、当然ながら、動物性食品と植物性食品は別物である。植物由来の“肉”や“牛乳”が、動物の肉や牛乳と同じ栄養素を有しているわけではない。地球環境保護の旗の下、マーケットの切り替えが進んでいるが、国民の栄養素摂取量への影響も考慮する必要がある。本論文の著者らは以上を背景として、以下の研究を行った。
2030年の栄養素摂取量をシミュレーションして予測
この研究は、2011~2012年にオーストラリアで行われた全国栄養・身体活動調査で示されている同国国民の栄養素摂取量が、今後、代替肉・牛乳のシェアが拡大した場合に、どのように変化していくかをシミュレーションし、2030年時点の摂取量を予測するという手法で行われた。また、食品が切り替わることの影響がすべての人に同様に現れるとは考えられないため、性別や年齢層のカテゴリー別のシミュレーションも行っている。
シミュレーションのシナリオは、今後、比較的急速に市場の切り替えが進むパターン(加速シナリオ)と、過去約10年間の知り替えと同程度のスピードで今後も市場が変化していくというパターン(保守的シナリオ)の2種類のシナリオが検討された。例えば“肉”の場合、前者の加速度的に切り替えが進むシナリオでは1人あたり年間15.5kg(1日あたりでは約42g)で、後者の保守的シナリオでは1人あたり年間2.4kg(1日あたりでは約6.5g)が切り替わると設定された。代替肉に用いられる植物性食品としては、大豆、小麦、エンドウ豆などが想定され、代替牛乳に用いられる植物性食品としては、大豆、アーモンドなどが想定された。
ビタミン12は幼児で3割減、女性はn-3系脂肪酸が1割減
シミュレーションの結果、保守的シナリオでは、主要栄養素についてはすべて、摂取量の変化率は2%未満だった。一方、加速シナリオでは15%増から19%減という広い範囲で、栄養素摂取量の増加と減少が生じると予測された。
加速シナリオでは、摂取エネルギー量は全体で0.4%増とほぼ変化がないものの、幼児では-2.3%と予測された。加速シナリオで予測される主な栄養素の変化率は以下のとおり。
摂取量減少が予測される栄養素:多くの微量栄養素が不足する可能性
タンパク質と脂質
タンパク質は全体で-3.5%減少し、幼児では-8.1%、高齢者でも-4.5%。
総脂肪は全体で2.3%増加し、飽和脂肪は全体で-4.3%減、長鎖n-3系脂肪酸は全体で-7.9%減少し、幼児は-13.5%、若年女性も-10.5%。なお、一価不飽和脂肪は1.6%増で大きな変化は予測されなかった。
ビタミン
ナイアシンは全体で-7.7%減少し、幼児では-12.7%、若年女性も-9.7%、高齢者が-8.9%。ビタミンB12は全体で-19.0%と大きく低下し、とくに幼児では-31.3%と3割以上の減少が予測された。また、高齢者も-19.7%減だった
ミネラル
ヨウ素は全体で-14.1%減であり、とくに幼児は-36.4%と顕著な減少が予測された。リンも同様に全体で-6.2%減であり、とくに幼児は-14.1%と影響が大きいと予測された。亜鉛も全体で-7.0%減であり、幼児は-11.0%と予測された。
摂取量増加が予測される栄養素:ナトリウムが7%以上増える可能性
ミネラル
鉄は全体で15.2%増であり、幼児は20.9%の増加が予測された。マグネシウムも同様に全体で5.3%増であり、幼児は10.3%の増加と見積もられた。
また、ナトリウムは全体で7.3%増が見込まれた。鉄やマグネシウムの増加とは異なり、ナトリウムの増加は健康リスクとなり得る。
植物性食品への切り替えは、健康と環境の双方に有益?
論文は以上のシミュレーションのほかに、“肉”のみ市場が変化した場合、および“牛乳”のみ市場が変化した場合の予測も示されている。全般的に、微量栄養素の不足は“牛乳”の市場が切り替わった場合により大きい傾向があり、一方、ナトリウムの増加は“肉”の市場が切り替わった場合に大きく現れることが予測されている。
結論には、「植物性食品への置き換えが『健康と環境の双方に有益である』と言われることもあるが、シミュレーションの結果は、肉や牛乳を植物ベースの“牛乳”や植物ベースの“肉”に切り替えると、人々の一部の栄養素の摂取量に悪影響が生じる可能性があることが示唆している」と述べられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Impact of a Switch to Plant-Based Foods That Visually and Functionally Mimic Animal-Source Meat and Dairy Milk for the Australian Population—A Dietary Modelling Study」。〔Nutrients. 2023 Apr 10;15(8):1825〕
原文はこちら(MDPI)