覆面調査でわかった薬剤師のアンチ・ドーピングに関する知識とスキル オーストラリアからの報告
喘息のあるアスリートを装い、薬局薬剤師に薬剤使用に関するアドバイスを求め、適切な回答を得られるか否かを覆面調査した結果が、オーストラリアから報告された。臨床的な視点とアンチ・ドーピングの視点の双方について包括的なアドバイスをした薬剤師は、わずか11%だったという。
日本のスポーツ薬剤師のような存在が、日本以外にはほとんどない
2013年から2018年に世界アンチ・ドーピング機構(World Anti-Doping Agency;WADA)によって報告されたドーピング違反事例のうち、平均1%は意図しない不注意により発生したと判定されている。禁止物質の不注意な使用は、市販薬やサプリメントの摂取、および処方薬の使用に関する理解の不足により発生する。それらを防ぐにはアスリートやサポートスタッフの努力も当然ながら、薬局薬剤師のアドバイスも極めて重要といえる。
ただし、論文の研究背景に述べられているところによると、薬剤師によるアンチ・ドーピング対策が確立されている国は、「日本の顕著な例を除くと、ほとんど存在しない」とのことだ。この「日本の顕著な例」とは、日本薬剤師会の協力のもとで日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が行っている「公認スポーツファーマシスト認定制度」のことを指している。実際、日本薬剤師会のサイトには、この制度を「世界に類を見ない日本特有の取り組み」として紹介している。
そこでこの論文の著者らは、薬局薬剤師のアンチ・ドーピングに関する知識とアスリートに対する助言のスキルを、覆面調査により測定するという研究を行った。
覆面調査の方法について
この研究は、オーストラリアのシドニーの中心街から半径10km以内にある393件の薬局のうち、無作為に抽出した100件に対して実施された。100件という数値は、既報研究に基づき、アンチ・ドーピングの対応が不十分でない薬局の割合を推測するうえでの適切なサンプル数として設定された。
まず、喘息のあるアスリートを装った模擬患者のトレーニングが行われた。トレーニングには、標準化されたシナリオが用いられシミュレーションが繰り返された。
その後、無作為抽出した薬局に電話をかけ、「国内大会に参加しているアスリートだが、喘息のためサルブタモール(β2刺激薬)吸入薬の使用を継続できるかどうか」という質問をしてアドバイスを求めた。なお、サルブタモールは禁止薬物であるものの疾患治療目的での使用は認められているが、承認を受けるには除外措置の申請(therapeutic use exemption;TUE)を要する。
調査精度を保つために、薬局に対して事前にこの調査を行うことは告知しなかった。電話は薬局の営業時間内にかけ、電話に出たスタッフが薬剤師でない場合は除外し、100件に到達するために111件へアプローチした。電話連絡の際、最初の12件に関しては、模擬患者の会話に不自然な点がないかを確認し修正するため、2名の研究者(薬学部准教授)がつきそった。
電話に応対した薬剤師の知識やスキルが十分か否かは、2名の研究者が独立して判定し、結果の不一致は3人目の研究者が加わり討議により解決した。
判定のポイントは二つに大別され、一つは喘息の治療に関する臨床上のポイント。それには喘息の管理状態や薬剤の吸入回数などを、薬剤師が確認することが重要な要素とした。二つ目のポイントはアンチ・ドーピングに関することで、アスリートのサルブタモールの使用には承認の申請が必要であり、かつ使用量が24時間で1,600μg、8時間で600μgを超えてはならないという情報が伝えられることが重要な要素とした。
臨床とアンチ・ドーピングの包括的アドバイスをした薬剤師は1割
100件の薬局のうち63%は個人経営、37%はフランチャイズだった。薬剤師の性別は音声によって51%が女性と判定された。平均通話時間は6分(範囲1~8分)で、会話内容に疑いがもたれたケースはなかった。
15%の薬剤師は、電話を受けた時点ではアドバイスが不能であると判断し、いったん電話を切り、後に連絡をとってきた。2%はアドバイスを開始後に内容が不完全また不正確であることに気付き、いったん電話を切り、後に連絡をとってきた。
喘息治療の臨床情報の把握とアドバイスに関する評価
まず、喘息の臨床に関する薬剤師の対応については、23%の薬剤師が、喘息の病歴に関するいくつかの質問をし、他の薬剤師も少なくとも最低限のアドバイスを提供した。臨床的観点から、模擬患者の喘息を管理するための適切な最小限のアドバイスは、48%によって達成され、包括的な臨床的アドバイスを行ったと判断されたのは18%だった。
アンチ・ドーピングに関するアドバイスの評価
次にアンチ・ドーピングに関する薬剤師の対応については、薬剤師の22%が包括的なアドバイスを行い、46%は最小限のアドバイスを提供し、32%はアドバイスを行わなかった。個人経営薬局の薬剤師の方が最低限のアドバイスを得られる
全体として、52%の薬剤師は、臨床およびアンチ・ドーピングに関して最小限のアドバイスを行い、両方の点について包括的なアドバイスを行った薬剤師は11%だった。フランチャイズと個人経営の薬局を比較した場合、後者の薬剤師のほうが最低限のアドバイスを行う可能性が高いことがわかった(p=0.018)。
これらの結果から著者は、「多くの薬剤師は、アスリート患者をアンチ・ドーピングから守るための包括的なケアを提供するうえで、コアとなる知識を欠いていた」と結論づけている。
文献情報
原題のタイトルは、「Examining pharmacists’ anti-doping knowledge and skills in assisting athletes to avoid unintentional use of prohibited substances」。〔Int J Pharm Pract. 2023 Mar 4;riad015〕
原文はこちら(Informa UK)