握力とうつ病リスクが逆相関 男性40kg、女性は27kgまで有意な関連 24カ国11万人超の調査
握力が強いほどうつ病リスクが低下するという関連のあることがわかった。欧州を中心とする24カ国の一般住民、11万人以上を対象にとして縦断的な解析を行った結果。著者らは、「身体的な強さがうつ病の予防因子として働く可能性がある」と述べている。
握力のとうつ病発症に時間的関係はあるか?
世界中の多くの国でうつ病の増加が公衆衛生上の課題となっている。1990年から2017年の間に世界のうつ病患者数は50%増加したと報告されており、さらに新型コロナウイルス感染症パンデミックがその傾向に拍車をかけていると推測されている。
うつ病は全死亡(あらゆる原因による死亡)や心血管死のリスクの高さと関連のあることが知られている一方、早期の予防的介入によって発症リスクを20~25%程度抑制できるとする研究結果も報告されている。よって、うつリスクの高い個人を特定する手法の開発が、公衆衛生対策として求められている。
一方、筋力の指標としての握力が、サルコペニア(筋肉量や筋力低下)やダイアペニア(筋力の低下)およびフレイル(要介護予備群)の診断基準やマーカーとして採用されている。また、筋力の維持・向上のために重要な運動は、全身の炎症反応抑制や神経可塑性を高めることなどの多くのメカニズムを介して、精神面にも好ましい影響を与えることが知られている。実際、握力とうつリスクが逆相関するというデータも既に報告されている。
ただし、それらの研究の多くは横断研究として行われたもので、両者の関連性を示した段階にとどまっていたり、特定の限られた対象での検討であったりして、時間的関係の強固なエビデンスは得られていない。以上を背景として、この論文の著者らは、大規模なサンプルを用いて握力とうつ病リスクの関連を縦断的に解析した。
欧州とイスラエルの50歳以上の住民11万5,601人で調査
この研究には、欧州諸国とイスラエルに居住する一般住民が参加して行われている、加齢と健康、離職の関連についての調査研究(Survey of Health, Ageing and Retirement in Europe;SHARE)のデータを用いて行われた。
研究登録時にうつ病の既往のあった人を除外し、11万5,601人を解析対象とした。追跡期間中のうつ病の発症は、EURO-D 12項目スケールという指標を用いて把握し、臨床的に重要なうつ状態と判定する4ポイント以上をカットオフ値とした。
7.3年の追跡で26%がうつ病に
解析対象11万5,601人の年齢は64.3±9.9歳、女性が54.3%で、握力は34.3±12.1kgだった。79万2,459人年(追跡期間中央値7.3年〈四分位範囲3.9~11.8〉)の追跡で、3万208人(26.1%)がEURO-D 12のカットオフ値以上となり、うつ病と判定されていた。
握力とうつ病リスクとの関連は、年齢と性別を調整する「モデルA」、および、モデルAの調整因子に、BMI、喫煙・飲酒・運動習慣、教育歴、婚姻状況(パートナーと同居しているか否か)、慢性疾患、処方されている薬剤数、果物・野菜摂取量、国、研究参加の時期を加える「モデルB」という2通りで解析した。
交絡因子調整後も握力が強い群ではうつ病リスクが有意に低い
まず、モデルAの解析結果をみると、握力の第1三分位群(握力の弱い下位3分の1)のうつ病リスクを基準として、第3三分位群(握力の強い上位3分の1)は、うつ病リスクが半減していた(HR0.50〈95%CI;0.48~0.53〉)。また、握力の第2三分位群(握力が中等度の3分の1)も35%有意にリスクが低いことが示された(HR0.65〈0.63~0.68〉)。
次に、モデルBの解析結果をみると、リスク低下の幅はモデルAよりやや少なくなったものの、なお第2三分位群でも有意に低リスクだった。具体的には、第3三分位群は36%低リスク(HR0.64〈0.59~0.69〉)、第2三分位群は24%低リスクだった(HR0.76〈0.71~0.81〉)。
うつ病リスク低下との関連は、男性は握力40kg、女性は27kgまで有意
続いて握力を連続変数としてうつ病リスクとの関連を検討した。
その結果、男性は握力が最大40kgまで、うつ病リスクが低下するという有意な関連がみられ、40kgを超えてそれ以上握力が強い場合に、うつ病リスクがさらに低下することはなかった。女性の場合は27kgが上限だった。
なお、感度分析として、研究参加から2年以内にうつ病と判定された人を除外した解析を施行。その結果も主解析の結果と変わらなかった。
握力でうつ病リスクをスクリーニングし、筋トレ介入という考え方も支持される
握力が強いほどうつ病リスクが低下するという関連について、著者らは既報の知見に基づき、いくつかのメカニズムを考察している。
第一に、握力はサルコペニアなど全身の筋肉量や健康状態を反映する指標であり、メンタルヘルスに影響を及ぼす可能性のある脳由来神経栄養因子などは骨格筋でも産生されていることが、うつ病リスクに影響を与える理由として考えられるという。第二のメカニズムは炎症で、筋肉量の減少は全身の炎症反応の亢進を反映している可能性があり、タンパク質やビタミンDの欠乏の関与も考えられるとのことだ。また、第三の理由として、筋力が強い、つまり強固な肉体を持っているということは、心理的な幸福感につながる可能性があり、うつに対して保護的に働くのではないかとも述べている。
論文のImplications(含意)には、「我々の研究結果は、握力が高いほど、高齢者のうつ病のリスクが低いことを示している。この知見は、うつ病のリスクを軽減するために高齢者を対象とした筋力トレーニングを推奨することを支持するものだ。また、握力によりうつ病リスクをスクリーニングすることも検討すべきかもしれない」と書かれている。
文献情報
原題のタイトルは、「Dose–response association of handgrip strength and risk of depression: a longitudinal study of 115 601 older adults from 24 countries」。〔Br J Psychiatry. 2022 Dec 5;1-8〕
原文はこちら(Cambridge University Press)