ドーピング発生率と社会経済的指標との間に有意な関連 地域や競技による違いも明らかに
ドーピングの発生率が、国民1人あたり所得(PCI)や人間開発指数(HDI)、腐敗指数(CI)といった社会経済的指標と有意な関連があることが報告された。また、地域や競技によるドーピング発生率の違いも示された。
ドーピングはアスリート個人ではなく、社会にも問題がある?
ドーピング行為に対する世界的な取り組みが長年続けられてきているが、国や地域などによってドーピング発生率が異なることが知られている。一方、近年では疾患リスク、とくに生活習慣病と呼ばれるような、環境因子の影響が大きい疾患のリスクは、社会経済的因子によって変化することが理解されるようになり、そのような疾患は個人の問題のみではなく、社会の構造的な問題があるとの考えに基づいた公衆衛生戦略が模索されるようになった。
ドーピングについてもこのような考え方が当てはまる可能性が高く、例えば汚職が多い国や地域に居住するアスリートでは、ドーピングが多いとも考えられる。ただし、これまでその検証はされていなかった。
今回紹介する論文の研究では、そのような背景のもと、(1)ドーピング発生率の地域間の差異、(2)社会経済的要因とドーピング発生率との関連の有無、(3)スポーツの競技カテゴリーによるドーピング発生率の違いの有無の検討が行われた。
160カ国のドーピング発生率を比較
この研究には、2016年にリオデジャネイロで開催された夏季五輪に参加した諸国、およびアンチドーピング規則違反のレポートからドーピング発生率のデータを入手可能であることを適格条件として、160カ国を分析対象とした。社会経済的因子については、2013~2018年の1人あたり所得(per capita income;PCI)、人間開発指数(human development index;HDI)、腐敗指数(corruption index;CI)の三つとの関連を検討した。
なお、人間開発指数(HDI)は、平均余命、教育レベル、識字率、所得指数などから算出される統計指標。腐敗指数(CI)は、公務員や政治家の汚職の程度の統計指標。
地域間の比較:欧州で高くアジアやアフリカは低い
まず、地域間で比べた結果をみると、人口10万人あたりの報告されたアンチドーピング規則違反の合計数が多い順から、北欧・中欧1.06±0.81、オーストラリア・オセアニア1.02±0.75、南欧1.01±0.88、米国0.53±0.58、アジア0.27±0.36、アフリカ0.10±0.11。米国、アジア、アフリカは北欧・中欧より有意に少なく、またアジア、アフリカは南欧より有意に少なく、さらにアフリカはオーストラリア・オセアニアよりも有意に少なかった。1国あたりの平均での比較では、南欧が最も高く0.39±0.73であり、それに対してアジアとアフリカは有意に少なかった。
ただし、リオ五輪に参加した選手数とアンチドーピング規則違反との比でみると、地域による有意差は消失した。
社会経済的指標や、リオ五輪参加選手数との相関
次に、社会経済的指標との相関をみると、人口10万人あたりのアンチドーピング規則違反は、合計、平均ともに、1人あたり所得(PCI)、人間開発指数(HDI)、腐敗指数(CI)と有意に正相関していた。また、リオ五輪参加選手数も、それらの指標と有意に正相関していた。さらに、リオ五輪参加選手数が多いほど、アンチドーピング規則違反件数が多いという有意な正相関も認められた。
各相関の係数は以下のとおり(上記の関係の一部のみを記載)。
人口10万人あたりのアンチドーピング規則違反の合計数とPCIがr=0.305、HDIはr=0.497、CIはr=0.504。リオ五輪参加選手数とPCIがr=0.285、HDIはr=0.424、CIはr=0.384。リオ五輪参加選手数とアンチドーピング規則違反件数がr=0.66。
競技カテゴリーとの関連:五輪競技では少なく独立系競技で多い
続いて、スポーツ競技を、夏季五輪国際競技連盟(association of summer olympic international federations;ASOIF)や冬季五輪国際競技連盟(association of international olympic winter sports federations;AIOWF)に含まれる競技、国際競技連盟(association of recognised international sports federations;ARISF)に含まれる競技、および、独立系スポーツ競技連盟(alliance of independent recognised members of sport;AIMS)という3つのカテゴリーに分類して比較。
すると、違反が疑われる報告(adverse analytical finding;AAF)は、五輪競技(ASOIF、AIOWF)はテスト1,000回あたり7.64±4.41回で最も少なく、国際競技連盟(ARISF)の競技では21.25±18.10でASOIFやAIOWFより有意に多く、独立系スポーツ競技連盟(AIMS)の競技は49.66±36.48であり、ASOIFやAIOWFおよびARISFより有意に多かった。
アンチドーピング規則違反と認定された件数も、ASOIFやAIOWFでは4.13±3.17、ARISFは10.45±10.90、ARISFは30.43±28.65の順に多く、ARISFとASOIFおよびAIOWFとの間に有意差が存在した。
まとめると、地域別では欧州、オーストラリア、オセアニアでドーピング違反が多く、五輪で行われるような伝統的なスポーツよりもその他のスポーツで違反が多く、さらに、より経済的に発展した国や汚職の多い国ほどドーピング発生率が高かった。
著者らは、「願わくば、われわれの調査結果が単にデータの供出に終わらずに、アンチドーピングの戦い、リスク要因の特定に役立つことを願っている」と述べている。
文献情報
原題のタイトルは、「Relationship between Doping Prevalence and Socioeconomic Parameters: An Analysis by Sport Categories and World Areas」。〔Int J Environ Res Public Health. 2022 Jul 30;19(15):9329.〕
原文はこちら(MDPI)