炭水化物マウスリンス及びスプレーは、長時間運動のパフォーマンスの低下を効果的に抑制する
炭水化物溶液でのマウスリンス(洗口、うがい)またはスプレーによる口腔内への噴霧が、長時間運動でのパフォーマンス低下を抑制し得ることを示すデータが報告された。大阪体育大学体育学部の白井麻子氏、関西大学人間健康学部の弘原海剛氏らの共同研究によるもので、「Sports」に論文が掲載された。長時間運動終盤の運動パフォーマンスを水だけを摂取した場合(コントロール)と比較した。その結果、長時間運動序盤に炭水化物溶液を単回摂取(飲み込む)した場合には差異はなく、エネルギーを体内に入れないマウスリンス及びスプレーでは有意に高値を示したことから、炭水化物のエネルギー基質としての利用とは異なる経路で、効果を発揮していると考えられるとのことだ。
炭水化物溶液の摂取 vs マウスリンス vs スプレー
マラソンやトライアスロン、トレイルランなどの長時間競技では、エネルギー源であるグリコーゲンの枯渇がパフォーマンス低下につながるため、レース前またはレース中の炭水化物補給戦略が成績を左右する。しかし、炭水化物の摂取により消化器症状を生じやすくなるというマイナス面もある。これに対して代替的に、炭水化物溶液を飲み込まず、うがいをして吐き出す「マウスリンス」という方式が考案され、その有効性を示した報告が増えている。
とは言え、レース中にうがいをするという行為は呼吸や走行リズムに悪影響を与え、かえって記録を低下させかねない。また、口に含んだものを路上などに吐き出すことで、衛生上の問題が発生する可能性も否定できない。それに対してスプレーによる口腔内への噴霧は、そういった問題点を解決し得る方法として注目される。
これらを背景として弘原海研究室では、炭水化物マウスリンス(以下:マウスリンス)やスプレー噴霧(以下:スプレー)の有用性を、炭水化物溶液の単回摂取、およびコントロールとして栄養素を含まない水を摂取した場合とで比較検討した。
男子大学生を対象にランダム化クロスオーバー法で検討
この研究は、同一対象者に無作為な順序で条件を変えて同じ手順の試験を試行する、「ランダム化クロスオーバー法」で実施された。対象は健康な男子大学生8人で、年齢22.3±1.3歳、身長171.9±4.7cm、体重67.0±6.63kg、体脂肪率21.1±3.15%であり、40%VO2peakが1,212.0±112.5mL/分。
試行された条件は、前述のとおり、①マウスリンス(CMR)、②スプレー(CMS)、③炭水化物溶液の単回摂取(G)、および④水の摂取(WAT)という4条件。これらの試行には1週間以上の間隔をあけ、また試行順序は研究対象者ごとにランダム化した。
試験はすべて午前9時に開始し、25℃に保たれた研究室内で実施。なお、試験日前日の21時以降は絶食とし、また24時間前からはカフェイン、アルコールの摂取、激しい運動を禁止した。
用いられた炭水化物溶液とスプレーについて
炭水化物溶液の濃度は6%とした。摂取(飲用)する2つの条件(GまたはWAT)では、どちらも500mLを摂取した。一方、CMRでは25mLを口に含み10秒間すすいだ後、吐き出した。
マウスリンス後に吐き出された炭水化物溶液を計量すると、口に含む前よりも平均0.54mL減少していた。そこでこの0.54mLという数値を参考に、CMSでは、1回プッシュすると0.1mL噴霧されるスプレー容器を用いて、口にめがけて6回噴霧することとした。
GまたはWATを摂取する2条件の摂取タイミングは、ウインゲート試験の1回目の終了後とした。マウスリンスまたはスプレーするタイミングは、30分間定常負荷運動中に7.5分間隔で計15回とした。
なお、水はすべての条件で自由に摂取してよいこととした。
パフォーマンス計測について
実験にはWadazumiプロトコールを採用し運動パフォーマンスの評価にはウインゲートテスト(最大パワー値および平均パワー値)を用いた。自転車エルゴメーターを用いて、40%VO2peakで60分の定常負荷運動を行い、続いて30秒×3回のウインゲートテスト、40%VO2peakで30分間の定常負荷運動を1セットとして4セット繰り返した。合計で約4時間にわたり運動を続けた。
このほか、自覚的運動強度(rate of perceived exertion;RPE)と血糖値変動も評価した。
ウインゲートテストの平均パワー値は、マウスリンス(CMR)とスプレー(CMS)で有意に高値を示した
4回行われたウインゲートテストの1回目の平均パワー値を100%とすると、4条件すべて回数を重ねるに従い低下し、3回目(p=0.03)と4回目(p=0.042)は有意な低下が認められた。
3回目の平均パワーを条件別に比較すると、WATが88.65±2.6%、Gが94.9±4.0%、CMRが96.12±3.8%、CMSが96.5±3.2%であり、WATに比較しCMR(p=0.007)やCMS(p=0.002)は有意に高値を示した。GはWATよりも高値ではあったが、条件間の差は有意水準に至らなかった(p=0.147)。
同様に4回目は、WATが83.5±4.0%、Gが89.6±6.8%、CMRが91.6±5.4%、CMSが93.4±5.3%であり、WATに比較しCMR(p=0.021)とCMS(p=0.013)は有意に高値を示したが、GはWATと有意差はなかった(p=0.314)。
なお、CMRとCMSとを比較すると、4セットすべてにおいて有意差はなかった。
自覚的運動強度と血糖値変動の結果
自覚的運動強度(RPE)は、4セットの運動負荷中に計12回評価されたが、条件間に有意差のみられたポイントはなかった。
血糖値も同様に計12回、指先穿刺により測定された。CMR、CMSとWAT3条件間には実験期間中に有意差はなかった。2セット目の直前の測定ポイントで、Gは炭水化物摂取により血糖値が急激に上昇し、他の3条件に比較し有意に高値を示したが、中盤以降は、条件間で有意差はなかった。
マウスリンスやスプレーは、脳内報酬系を介してパフォーマンス改善?
以上から、4条件すべてで長時間運動中のパフォーマンスが経時的に低下したものの、マウスリンスまたはスプレーの使用時には、パフォーマンス低下幅が有意に抑制されたとまとめられる。
パフォーマンス低下抑制効果の認められた2条件(CMR、CMS)では、合計9mLの6%炭水化物溶液が口腔粘膜から吸収されたことになり、そのエネルギー量はわずか2.2kcalにすぎない。それにもかかわらず、6%炭水化物溶液500mLを単回で摂取する条件よりもパフォーマンス低下抑止の有効性が高い可能性が示されたことから、著者らは「この根底にあるメカニズムは、炭水化物のエネルギー基質としての利用ではなく、脳内報酬系の賦活などを介したものではないか」と考察している。ただし、それを直接評価していないことや、サンプル数が少ないことを本研究の限界点として挙げている。
また、「今回の研究で、従来のマウスリンス方式とスプレー方式の2種類には、運動パフォーマンス向上効果に差異がないことが明らかになった。このことから、マウススプレーは、競技の直前や競技中に衛生的かつ簡便に使用でき、今後は現場での汎用的な活用が考えられる。また、マウススプレー方式の利用はマウスリンスの基礎研究の発展にも繋がるものと期待される」と述べている。
なお、著者らの研究グループでは、持久系スポーツアスリートのパフォーマンスを支える戦略の一つとしてのマウスリンスやスプレーの可能性を、より確固たるものにするための研究を現在も継続している。
文献情報
原題のタイトルは、「Carbohydrate Mouth Rinse and Spray Improve Prolonged Exercise Performance in Recreationally Trained Male College Students」。〔Sports (Basel) . 2022 Mar 29;10(4):51〕
原文はこちら(MDPI)