自転車競技パラアスリートの栄養戦略をどうするか? ナラティブレビュー
自転車競技のパラアスリートの栄養戦略を考察した、スイスの研究者によるナラティブレビュー論文が「Sports」に掲載された。パラスポーツの栄養に関するエビデンスは非常に少ないながらも研究報告は存在し、それらから得られた知見に考察を加え、著者の考える推奨事項もまとめられている。要旨を抜粋して紹介する。
パラ自転車競技アスリートの障害固有の生理学的側面
オリンピックと比べればパラリンピックの規模は小さいものの参加選手は急増していて、アスリートのパフォーマンス発揮を助けるテクノロジーも急速に進歩している。それに対してパラアスリートのスポーツ栄養は、依然研究が少なくエビデンスに基づく推奨は困難。スポーツ固有の要求とアスリートの障害のタイプにあわせ、個別に考慮する必要がある。
例えば脊髄損傷に伴う運動神経支配の喪失は、影響を受けている四肢の筋肉量の減少、脂肪量の増加、および骨塩密度低下をもたらす。ハンドサイクリングアスリートは、健常サイクリストと比較して、除脂肪量が低いこと、安静時エネルギー消費量(resting energy expenditure;REE)が低下していることが報告されている。栄養素の吸収という面では消化管運動神経機能低下という影響が現われ、神経因性膀胱による尿路感染症または褥瘡などの合併症は、トレーニング量の制限につながる。
四肢切断では、体重、体表面積、および筋肉量が減少する。除脂肪量の減少に伴い、四肢切断アスリートの安静時エネルギー消費量(REE)は低下している可能性があるが、それを示すデータの報告はない。骨密度という面では、骨への負荷が減ることなどから、低下が進行しやすいことが報告されている。
視覚障害の場合、生理学的には健常者アスリートと同様の状態と考えられるが、バランス機能への影響が大きい。
パラ自転車競技での生理学的要求
パラ自転車競技はオリンピックの自転車競技と同様に、トラック競技とロードレースがある。ロードレースでは最大120km、タイムトライアルでは15~30km、トラックでは200mのスプリント、500〜4,000mなどがあり、さらにチームリレーという種目もある。また、ハンドサイクリングによる上半身を主とする運動と、サイクリングによる下半身を主とする運動の違いにより、消費エネルギー量にも相違がある。
多くの車椅子スポーツでは一般に、健常者に比較して代謝コストが40~70%低いと言われる。ハンドサイクリングでの消費エネルギー量に関しても複数の報告がみられるが、それらの研究の大半は非エリートアスリートで行われており、エリートハンドサイクリストでは、報告されているデータよりも高い代謝コストが予想される。一方、視覚障害アスリートでは、健常者とほぼ同程度の代謝コストと考えられる。
パラサイクリストのレース分析では、20kmの走行タイムが平均36.7分(パワー199±42Wであり、エリート健常サイクリストは30分で同じ距離を完走(同325W)との報告がある。パラサイクリストは活動的な筋肉量が少ないことに伴い、グリコーゲン貯蔵容量も低いと報告されており、長距離ロードレースでは、レース前およびレース中の炭水化物補給の必要があると考えられる。
一方、トラックレースでのエネルギーは、パラサイクリスト、健常サイクリストにかかわらず、主として糖分解エネルギーに依存していることが示唆されている。
栄養上の考慮事項
脊髄損傷のあるアスリートは、消化管機能や食欲、満腹感などの注意深いモニタリングを要する。健常者と比較してレプチンレベルが32%高いといった、栄養関連ホルモンの分泌も変化していることを示す研究があり、満腹感や食事パターンへの影響が生じ得る。
そのほかの注意点として、陸上競技パラリンピック選手は果物と野菜の摂取量が不十分であることや、健常サイクリストのプレシーズントレーニングキャンプ中の食事量は、エネルギー要件に比較し30%低く、とくに炭水化物の摂取量が少ないことなどが報告されている。健常アスリートとパラアスリートの双方で、スポーツ栄養の知識と理解が欠如しているとの報告もあり、一般的な栄養教育はパラサイクリストにも必要だろう。
パフォーマンスの源としての炭水化物の摂取
エネルギー産生の源として、炭水化物の貯蔵と酸化はことに重要。脊髄損傷、脳性麻痺、四肢切断のあるアスリートのグリコーゲン貯蔵量は、活動的な筋肉量が少ないために、健常アスリートに比し小さい可能性がある。また、ハンドサイクリング(上半身の運動)とパラサイクリング(下半身の運動)のエネルギー要件の差を考慮する必要もあろう。さらに別の考慮すべきこととして、胃内容排出能低下などに伴う消化管通過時間の延長も評価する必要性がある。
競技時間が短い種目(タイムトライアル、トラックレースなど)では、水分や炭水化物の追加摂取は必要ない。一方、ロードレースでは、肝臓と筋肉のグリコーゲン貯蔵を確保するために、スタート36~24時間前に炭水化物(一例として、障害が最小限のアスリートの場合は10~12g/kg/日)を摂取する必要がある。
また、競技終了後の迅速な回復とグリコーゲン合成を促進するため、4時間以内に1~1.2g/kg/時の摂取が推奨されるだろう。この点は、数日にわたり複数回の競技に参加することが多い、ワールドカップやパラリンピックではとくに重要な点と言える。
適応と回復をサポートするためのタンパク質の摂取
炭水化物の摂取についてはパラアスリート対象の研究も少ないながら複数あるが、タンパク質摂取に関する研究はより限られている。妥当と考えられるタンパク質摂取量は、やはり最低1.2g/kg/日であり、障害が最小限にとどまっているパラアスリートであれば健常アスリート同等の1.2~2.2g/kg/日も推奨される。減量中などもタンパク質摂取量は確保すべき。また、褥瘡がある場合などにも治癒機転を促すため、2.0g/kg/日程度は必要ではないか。一方、便秘や腎機能低下が生じている場合は、過剰摂取への注意が求められる。
論文ではこのほかに、パラサイクリストの水分補給戦略、暑熱対策、減量戦略、微量栄養素の摂取量、サプリメントの活用などのテーマを取り上げ解説している。これらの詳細な検討の上で著者は、「パラサイクリングの中にも、ロードレースやトラック競技の違い、上肢主体の運動か下肢主体の運動かなど、さまざまなタイプがあるため、栄養に関するアドバイスは個々に考慮しなければならない。本レビューは、考慮すべき要素の多様性と複雑性を示すものとなった。パラサイクリストの栄養に関する研究が進展するまでは、健常サイクリストへの推奨事項を援用し、個別に判断していくべきたろう」と総括している。
文献情報
原題のタイトルは、「Nutritional Considerations for Para-Cycling Athletes: A Narrative Review」。〔Sports (Basel). 2021 Nov 16;9(11):154〕
原文はこちら(MDPI)