糖尿病でない人に起きる低血糖の実態を解析 70万人のデータより――神奈川県立保健福祉大
糖尿病でない人に起きる反応性低血糖以外の低血糖の実態に関するデータが報告された。低体重や喫煙習慣のある人、および高齢男性は、そのリスクが有意に高いという。神奈川県立保健福祉大学大学院保健福祉学研究科の田中 琴音氏(研究時点ではヘルスイノベーション科)、中島 啓氏らが、特定健診のデータを解析し明らかにしたもので、「World Journal of Diabetes」に論文が掲載された。
糖尿病でない人に起きる低血糖の実態は、ほとんどわかっていない
血糖は生命活動に必須であり、健常者では絶食が続いても、基準値範囲内に血糖値が保たれる。血糖値が基準値を逸脱して低下する「低血糖」の原因の大半は、糖尿病患者に生ずる血糖降下薬の副作用だ。近年、低血糖が血管障害や認知機能低下のリスク因子であることが明らかになり、糖尿病患者に対しては極力、低血糖を来さない治療介入がなされるようになった。
一方、糖尿病でない健常者にも低血糖が生じることが知られている。最近では、非糖尿病者に生じる無自覚性の低血糖が、高齢ドライバーの交通事故の一因ではないかと指摘する報告もある※。ただし、健常者に生じる低血糖として、食後のインスリン分泌の過剰または遅延によって生じる反応性低血糖は比較的認知されているものの、反応性低血糖以外の低血糖についてはその実態がほとんどわかっていない。
そこで中島氏らは、厚生労働省より提供されたレセプト情報・特定健診等情報データベース(national data base;NDB)のデータを用いた解析により、非糖尿病者の低血糖の頻度とリスク因子の解明を試みた。
約70万人のビックデータでの検討
2012年度に神奈川県で特定健診を受診した162万3,399人のデータから、HbA1c6.5%以上または空腹時血糖値126mg/dL以上で糖尿病に該当する人、糖尿病の薬物治療を受けている人、およびデータ欠落がある人を除外し、69万5,613人(年齢40~74歳、男性56.1%)を解析対象とした。
10時間以上絶食後の血糖値が70mg/dL未満だった場合を「生化学的空腹時低血糖(fasting biochemical hypoglycemia;FBH)」と定義したところ、1,842人(0.26%)がこれに該当した。なお、10時間以上絶食後の検討であるため、観察された低血糖に反応性低血糖が含まれている可能性は極めて低い。
非FBH群とFBH群の比較
非FBH群とFBH群の比較を比較すると、まず平均年齢は非FBH群54.7±10.1歳、FBH群54.7±10.7歳であり、有意差がなかった。
血糖値は同順に94.3±10.0mg/dL、64.7±5.6mg/dLであり、HbA1cも5.5±0.4%、5.4±0.6%と、FBH群のほうが有意に低値だった。
そのほかに有意な群間差がみられた主な因子を上げると、性別(女性の割合)はFBH群のほうが多く(43.9 vs 59.1%)、BMI(22.9±3.3 vs 21.2±3.4kg/m2)や収縮期血圧(122±16.8 vs 118±17.8mmHg)、トリグリセライド(90〈四分位範囲64~131〉 vs 71〈49~108〉mg/dL)はFBH群のほうが低く、HDL-C(64.2±16.8 vs 70.6±19.0mg/dL)はFBH群のほうが高かった。
生活習慣関連では、現喫煙者(21.1 vs 26.7%)、朝食欠食者(14.8 vs 16.8%)がFBH群で多く、夕食後の間食習慣のある人(29.8 vs 26.3%)や大量(エタノール換算で69mg/日以上)飲酒者(4.7 vs 4.4%)はFBH群で少ないという有意差がみられた。習慣的に運動を行っている人の割合(31.3 vs 32.4%)は有意差がなかった。
低血糖に独立して関連するリスク因子
低血糖リスクとなり得る要因(年齢、性別、高血圧・脂質異常症の薬物療法、喫煙・飲酒・運動習慣)を調整した多変量ロジスティック回帰分析により、FBHのリスクに独立して関連する因子として、以下の因子が抽出された。
まず、性別は男性より女性のほうが有意に高リスクだった。年齢については、40代を基準とすると、50代は低リスクだった。BMIは21.0~22.9kg/m2を基準とすると、20.9kg/m2未満は高リスクであり、とくにBMI16.9kg/m2以下の場合、FBHのオッズ比は約4倍に上った。反対に、23.0kg/m2以上は低リスクの関連因子だった。
そのほか、現在の喫煙、心血管疾患の既往、脂質異常症の薬物療法、運動習慣、朝食の欠食が、FBHと有意に関連するリスク因子として抽出された。飲酒習慣については、エタノール換算23g/日未満を基準として、68g/日以下の飲酒はリスクの低さと関連していた。
性別の解析
次に、性別に分けて同様の解析を行ったところ、低血糖リスク因子にやや異なる結果が得れた。
男性での解析結果:
男性のみで解析すると、年齢について、50代は40代と差がなくなり、低リスクではなかった。反対に、全体解析では有意性のみられなかった高齢(60~74歳)であることが、男性のみの解析では有意なリスク因子として抽出された。また、高血圧の薬物治療も、全体解析では非有意だが、男性のみでは有意なリスク因子として抽出された。
一方、全体解析で有意なリスク因子だった、心血管疾患の既往、運動習慣、朝食の欠食は、男性のみの解析では有意性が消失した。
女性での解析結果:
女性のみで解析した場合、年齢について、全体解析でリスクの低さと有意に関連していた50代に加え、60~74歳もリスクの低さと有意に関連していた。
一方、全体解析で有意なリスク因子だった、脂質異常症の薬物療法、運動習慣、朝食の欠食は、女性のみの解析では有意でなくなった。また、飲酒については摂取量にかかわらず、有意な関連が消失した。
以上の結果から著者らは、「非糖尿病者でもまれながらFBHが発生していることが確認された。性別では女性でFBHリスクが高い一方、高齢者では男性においてFBHリスクの上昇が観察された。BMI低値と喫煙習慣は性別を問わず、有意なFBHリスク因子だった」と結論を述べている。
なお、研究グループでは、今回の研究データについてAI(Sony Prediction one)を用いた解析も行ったところ、大量飲酒がFBHのリスクとして同定されたことを除き、上記と同様の結論に至ったという。
文献情報
原題のタイトルは、「Fasting biochemical hypoglycemia and related-factors in non-diabetic population: Kanagawa Investigation of Total Check-up Data from National Database-8」。〔World J Diabetes. 2021 Jul 15;12(7):1131-1140〕
原文はこちら(Springer Nature)