運動誘発性筋損傷からの回復のための栄養戦略 ケトン食やサプリのエビデンスは?
運動誘発性筋損傷(exercise-induced muscle damage;EIMD)に関して、そのメカニズム、評価方法、回復の促進などを一報にまとめて解説したレビュー論文が、「European Journal of Applied Physiology」に掲載された。多岐にわたる内容から、栄養戦略に関する部分を中心に要旨を紹介する。
栄養は、運動からの回復を促進するための重要なファクターだ。アスリートのEIMD回復を促す栄養学的検討事項が多く報告されているが、近年はとくに摂取タイミングを考慮した上でのサプリメントの重要性への認識が高まっている。
サプリメントは、骨格筋や身体の他の組織(具体的には脳)へ特定の栄養素を供給するうえで、通常の食事の摂取のみからよりもすぐれていると考えられ、回復促進上のメリットをもたらす。本論文の栄養に関する記述は、EIMDからの回復促進のために考慮すべき事項を整理するとともに、後半ではこれらサプリメントについても最新の知見をまとめている。
ベジタリアン食と雑食(非ベジタリアン食)の比較
ベジタリアン食などの特定の食事パターンが、運動後のパフォーマンスの回復に及ぼす影響を調べた研究は限られている。数が少ないながらも、ビタミンCやE、ポリフェノール、β-カロテンなどの抗酸化物質が豊富な食事が抗酸化能を高めることが報告されている。また、ポリフェノールは抗酸化物質の濃度が最も高いと考えられ、植物性食品に豊富に含まれていることが知られている。
20年以上菜食を維持した人々は、雑食者(非ベジタリアンの一般者)に比べて酸化ストレスレベルが低いという報告がある。ただし、そのことがEIMDからの回復に有利なのかは明らかでない。植物性食品でなく肉類にも、カルノシンやクレアチンなどの抗酸化物質とみなされる栄養素が含まれている。
運動後の回復を促進するうえで菜食主義のほうが有意だとする科学的エビデンスは、ほとんどみられない。競争力のあるアスリートにとって菜食主義は、積極的に考慮すべき事項ではない可能性がある。
さらにベジタリアンアスリートには、摂取するタンパク質の品質に関する懸念も存在する。大豆タンパク質の十分な摂取により補填できるかもしれないが、とくにパワー系競技アスリートでは、クレアチンやカルノシンレベルが十分でなくなる可能性が考えられる。
ケトジェニック食と雑食の比較
低炭水化物、高脂肪摂取によって定義されるケトン食は近年、人気が急速に高まっている。ブームの前段階でこの食事パターンは、肥満や糖尿病の治療のための食事療法として広まったが、現在ではアスリートが競技のため、代謝を強化するという目的でも実行されている。
ケトジェニック食による運動負荷時の脂肪酸化が最大6割程度上昇するといったデータが報告されている。従来、グリコーゲン貯蔵を最大化することが運動パフォーマンスにとって重要と考えられていたため、ケトジェニック食によってパフォーマンスンの低下が生じる懸念も指摘されているが、代謝の適応により代償され、かつグルコース利用よりもケトン体から生成されるエネルギーのほうが大きい可能性も示唆されている。
また、動物実験からは、ケトジェニック食が高強度運動により惹起される酸化ストレスを抑制する可能性もみられる。ただし、この背後にあるメカニズムは明確でない。
競技アスリートの酸化反応に対するケトジェニック食の効果を調査した研究は非常に少ない。テコンドー選手を対象にケトジェニック食で3週間介入した結果、酸化ストレス応答が改善されたという小規模な研究が存在するが、この領域に関しては明らかにさらなる研究が必要とされている。
運動後の回復に対する栄養補助食品(サプリメント)の効果
運動の回復を促進することが示唆されている栄養補助食品(サプリメント)は少なくない。ここでは、競争力のあるアスリートの使用頻度が高い、タンパク質、クレアチン、β-アラニンなどを取り上げ、運動後の回復促進に焦点を当てる。
タンパク質サプリメント
サプリントとして使用される最も一般的なタンパク質は、カゼインとホエイ(乳清)の二つだ。これらのタンパク質の違いは、主として消化特性とアミノ酸組成の違いにある。
カゼインを摂取すると、胃の中でゲルが形成され吸収が遅くなり、結果としてカゼインは時に数時間、血液中へのアミノ酸の供給を持続させる。ホエイタンパクは必須および分岐鎖アミノ酸をより多く含み、またカゼインより吸収が速く、トレーニング後のタンパク質合成速度を増加させるという報告が多い。
また興味深いことに、ホエイタンパクは肝臓や骨格筋のグリコーゲン合成を促進する作用が報告されている。よって運動後の回復という点においては、ホエイ蛋白サプリメントの摂取がタンパク質合成だけでなく、グリコーゲン再補充にもメリットをもたらすかもしれない。
β-アラニン
β-アラニンは筋カルノシン合成の律速段階であると考えられおり、カルノシンは持続的な嫌気性代謝への耐性を高めるほか、抗酸化作用をもつことが報告されている。β-アラニン摂取による酸化ストレスへの影響を調べた研究は少ないが、動物実験レベルでは酸化ストレスを抑制し得るとする報告が複数存在する。しかし、競争力のあるアスリートにおいても、β-アラニン摂取が激しい運動後の回復促進に資するほど、抗炎症あるいは抗酸化能を発揮するかどうかは、さらなる研究が必要だろう。
クレアチン
パワーパフォーマンスに対するクレアチンサプリメントの有用性については、過去20年間に多くの研究報告がある。そのようなエルゴジェニック作用に加えて、クレアチン摂取が運動からの回復を促進することも示唆されている。ただ、その正確なメカニズムはまだ十分に明らかになってはおらず、研究間で一貫性の欠如も認められる。アスリートがクレアチンを摂取することによってもたらされる、運動後の回復における潜在的なメリットの確証を得るために、今後の研究が期待される。
ポリフェノール
本論文では、上記のほかに、EIMDからの回復に有効な可能性のあるサプリメントの一つとして、ポリフェノールも取り上げている。ポリフェノールは、果物、茶、コーヒーなどの多くの植物性食品や飲料に多量に含まれており、最も一般的な抗酸化物質と言える。アスリートを対象にポリフェノール摂取の効果を検討した研究も少なくなく、EIMDを抑制することを実証した報告も複数みられるという。
上記の考察に続く結論の中で、EIMDに対する栄養戦略について著者は、「運動後の回復という点で、他の食事と比較して何らかの特定の食事が有利だとするコンセンサスの形成には至っていないようだ。しかし、本レビューで取り上げたいくつかのサプリメントの使用が、持久力系スポーツと筋力/パワー系スポーツ双方からの回復を高めるうえで、効果的であることを示唆するエビデンスが存在する」とまとめている。
文献情報
原題のタイトルは、「Exercise-induced muscle damage: mechanism, assessment and nutritional factors to accelerate recovery」。〔Review Eur J Appl Physiol. 2021 Jan 8〕
原文はこちら(Springer Nature)