アスリートの怪我からの回復を栄養でサポートする スポーツリハ栄養戦略
怪我からの回復のリハビリテーションにおける栄養戦略をまとめた総説が、米国アスレティックトレーナー協会の「Journal of Athletic Training」に掲載された。要旨を抜粋して紹介する。
術前の栄養上の留意点
術後の栄養サポートに比べて術前は、栄養介入が積極的に行われないことがあるが、受傷後は、炎症や免疫反応が活性化し代謝が亢進した状態となる。この代謝亢進状態に対応し治癒プロセスを支えるためには、主要栄養素・微量栄養素の適切な摂取が必要だ。
術前の栄養サポートは手術に向けての絶食に焦点があてられるが、手術直前まで高炭水化物飲料の摂取が安全であり、それが異化ストレスを軽減して術後の転帰の改善に関連しているとする報告もみられる。例えば術前2時間にグルコース溶液100gを摂取した場合、術後のインスリン抵抗性が抑制されることや、術前2〜3時間に100gの炭水化物を含む飲料を摂取した場合、術後の筋肉量の減少幅が少ないなどのデータがみられる。
また、周術期の血糖を安定化させる目的で、持久力アスリートに用いられる炭水化物サプリメントが有効との試みが報告されている。
術後リハビリテーションにおける栄養所要量
受傷後に移動が困難になると、筋組織はわずか36時間で減少が始まる可能性があり、48時間後には遺伝子発現の変化が生じ、5日以内に筋肉組織が大幅に減少する。これに対するリハビリテーション栄養の目標は、創傷治癒を助け、除脂肪体重(lean body mass;LBM)の低下を防ぐことにあり、十分なエネルギーと蛋白質を確保する。
リハビリテーション段階では、ストレス反応がエネルギー需要の増加を引き起こす。そのため異化反応が亢進しやすくなり、LBM低下を加速させることがある。一方、怪我から回復後は、エネルギー、蛋白質、微量栄養素の必要量を再評価することが重要。
エネルギー確保
必要なエネルギー量は、受傷前の所要量や、外傷の治療が外科的か保存的かなどにより異なる。回復期の基礎代謝率 BMR (basal metabolic rate) は、細胞のターンオーバーと一致する。
個々の必要エネルギー量は、BMRを間接熱量測定法または推算式で求めるが、受傷のストレスのためのエネルギー量を追加する必要がある。ストレス要因によるエネルギー需要は、軽傷や手術の場合の20%前後の増加から、重度の熱傷などでは100%増加することがある。
また、リハビリ開始後は身体活動のためのエネルギーも追加する。
蛋白質
受傷後にはアミノ酸の需要も大幅に増加している。外傷の重症度、受傷から手術までの期間、固定の範囲などによっては骨格筋が大幅に減少することもある。
LBMの低下は、入院期間延長の独立した危険因子であり、とくに蛋白質の失調は創傷治癒を遅らせ、術後感染のリスクを高める。さらに、外科的治療を行った場合は侵襲の負荷からの回復のためにアミノ酸需要はさらに増加すると考えられる。
外傷によるストレスは、蛋白質需要を約80%上昇することがあり、摂取量1.4〜2.0g/kg/日が推奨される。さらにリハビリ開始後は、筋蛋白合成の刺激に関与するアミノ酸で"アナボリックトリガー"(同化の惹起)と呼ばれるロイシンを、1食あたり約3グラム摂取し、蛋白質としては1.6g/kg/日以上、または2.0〜3.0g/kg/日も検討される。
健常者において、蛋白質合成を最大化するには1食で30gの摂取が最適との報告があることから考慮し、受傷後の回復段階では、1食あたり20〜40gの摂取が推奨される。
複合炭水化物
炭水化物はリハビリ中の重要なエネルギー源であり、異化が亢進している状態では蛋白質の消費を節約する効果もある。怪我からの回復中は、総摂取エネルギー量の55%を複合炭水化物から摂取する。
回復が進み身体活動量が増加するにつれて炭水化物の必要性が増加する。ただし総摂取エネルギー量の60%以下とすべきで、それ以上の摂取は高血糖を招く可能性があり、高血糖が治癒を遷延させたり免疫機能を妨げることがある。
複合炭水化物は、リハビリに必要なビタミンやミネラル、食物繊維も豊富であることが多い。一方、精製糖などの単純糖質は制限する。
必須脂肪酸
受傷による炎症反応は、それ自体、治癒にとって不可欠なプロセスである。しかし、重度の外傷または手術侵襲による長期間の炎症反応は、治癒にとって逆効果になることがある。これに対し、必須脂肪酸の摂取が炎症反応の抑制に有用とされる。
受傷からの回復段階では、高レベルの不飽和脂肪酸を含む食事が良く、1日あたり2gのω-3脂肪酸、10gのω-6脂肪酸の摂取が推奨される。
摂取のタイミング
1日の総摂取量ではなく、1日を通してバランスよく栄養素を摂取することが、スポーツパフォーマンスにとって重要であると考えられているが、受傷からの回復にもこれが当てはまる可能性を示す研究結果が報告されている。リハビリ開始後は栄養摂取のタイミングをより重視すべきと言える。
サプリメント
いくつかの栄養補助食品、サプリメントは回復をサポートし、術後の安静保持中の筋肉の喪失を軽減することが示されている。なお、サプリメント利用に際しては、ドーピング等のリスクを避けるために、第三者機関の認証を受けたものの使用が推奨される。
クレアチン一水和物
怪我とクレアチンの関連についは、外傷性脳損傷の予防や骨代謝、神経筋機能の改善などが報告されている。また、安静保持中にクレアチンを摂取することで、筋肉量・筋力にポジティブな効果がみられることも報告されている。クレアチン摂取による重大な有害事象は確認されておらず、安全性は高い。
ω-3脂肪酸
慢性炎症性疾患に対するω-3脂肪酸の抗炎症作用が知られている。怪我や手術後の急性期に起こる炎症反応は治癒プロセスであるため、この時期に炎症抑制を目的としてω-3脂肪酸を摂取することは慎重に検討すべきだ。しかし、炎症が過度または長期にわたる場合、ω-3脂肪酸摂取が有益な戦略である可能性がある。
必須アミノ酸(EAA)
必須アミノ酸(Essential Amino Acid;EAA)サプリメントは、濃縮された形態のアミノ酸であり、食事性蛋白質よりも強い同化作用をもたらす。とくに消化と生物学的利用能に優れているロイシンの含有量は、筋蛋白の同化亢進に関連する。他の主要栄養素を含まず筋肉に直接作用すると考えられるEAAサプリメントも最近、使用可能になった。
ビタミンD
ビタミンDは骨代謝の面で怪我からの回復に重要と認識されるが、免疫能や骨格筋機能においても役割を果たしている。ビタミンDレベルが不十分な人は、筋肉の修復、再生、肥大が遅延すると報告されており、感染症リスク抑制という点からも受傷からの回復期には積極的な摂取が検討される。
β-ヒドロキシ-β-メチルブチレート(HMB)
EAAのロイシンの代謝産物のβ-ヒドロキシ-β-メチルブチレート(β-Hydroxy β-Methylbutyric;HMB)は、傷害や手術などのストレス負荷の大きい状況において、蛋白異化の抑制と蛋白合成に益する可能性が報告されている。HMBに副作用は報告されておらず、潜在的なメリットは高いと考えられる。
プレバイオティクスとプロバイオティクス
プレバイオティクスは通常は食物繊維に含まれる栄養素であり、プロバイオティクスは善玉菌と呼ばれる微生物。免疫系における腸内細菌叢の重要性が近年注目されている。腸内細菌叢に介入することで、免疫能を高めたり、外科的治療後の抗生剤による副作用軽減にメリットがもたらされる可能性がある。
微量栄養素
ビタミンやミネラルは他のサプリメントとは異なり、生理学的機能の維持のために不可欠であり、その欠乏は健康の問題となる可能性があって、とくにストレス負荷の高い状態では欠乏による影響が大きいと考えられる。怪我や手術からの回復期には代謝要求が高まるため、微量栄養素の摂取量のモニタリングをより重視すべき。
具体的には、ビタミンA、C、およびEは創傷治癒と免疫能において重要な役割を果たしている。ただし、これらのサプリメントが効果的であるか否かに関する情報はほとんどなく、通常レベル以上の摂取がより効果的であることは示されていない。
まとめ:スポーツリハ栄養の可能性
本論文では上記以外にも、外傷性脳損傷や脳震盪に対する栄養介入の可能性なども解説されている。それらの解説のうえで、全体を以下のようにまとめている。
「栄養は怪我の回復とリハビリテーションにおいて重要な役割を果たす。何よりもまず、エネルギー需要が満たされていることを確認するために、個人のエネルギー要件を評価し、1日を通して摂取量を均等に配分する。蛋白質摂取量を増やすことは、安静時の筋肉量と筋力の損失を最小限に抑える。サプリメントは、摂取すべきエネルギー量を満たすことができない時に有用。確固たる栄養計画によってサポートされている場合、治療とリハビリテーションを強化し、受傷したアスリートの回復を速めることが可能である」。
文献情報
原題のタイトルは、「Nutritional Considerations and Strategies to Facilitate Injury Recovery and Rehabilitation」。〔J Athl Train. 2020 Sep 1;55(9):918-930〕
原文はこちら(Allen Press)