アスリートの腸内細菌叢はどのような特徴があり、どのように変えられるか
「The athletic gut microbiota(運動性腸内細菌叢)」というタイトルのレビュー論文が「Journal of the International Society of Sports Nutrition」誌に掲載された。
消化管内の微生物は、栄養素の取り込み、ビタミン合成、エネルギーの取り込み、炎症調節、宿主の免疫応答に極めて重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。アスリートの健康にとっても重要であり、パフォーマンスにも影響を及ぼすと考えられるが、詳細は明確になっているとは言えない。
本論文では、ナラティブレビューにより、この領域の現時点での知見をまとめている。とくに、「アスリートの腸内細菌叢は非アスリートと比較し、どのように異なるか」「腸内細菌叢に対する各種トレーニングの影響」「腸内細菌叢に対する"アスリート食"の影響」の3点に関心を当てている。
アスリートの腸内細菌叢は非アスリートと比較し、どのように異なるか
アスリートを含む身体活動量が多い人とその他の対照群とで腸内細菌叢を比較した研究がいくつか報告されている。それらによると、アスリートに特異的な腸内細菌叢の特徴は見い出せていないが、座位時間が多く不活発な群では細菌の多様性が低く、アスリートは多様性が高いことが報告されている。
また、総脂肪量、血清脂質、C反応蛋白(C-reactive protein;CRP)、うつ症状スケールと細菌多様性が逆相関することも示されている。これらは生活習慣関連の交絡因子の影響が考えられ、注意深い解釈が必要だろう。
さらに、限られたエビデンスから、アスリートの腸内細菌叢は対照群に比し、炭水化物分解と二次性代謝産物の利用に有利な機能を有するようだ。
ポイント
- エビデンスは少ないが、活動的な人の細菌叢は、健康促進的な細菌種の豊富さと、多様性が高い
- 身体組成と身体活動は、ある種の細菌の割合と正の相関がある
- アスリートは、活動性の低い人よりも、筋肉の代謝回転と全身的な健康の向上に関連するより多くの代謝物(例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸を含む微生物の短鎖脂肪酸)を有している。これらの違いは、おそらく運動トレーニングや食事摂取の影響によって引き起こされる
- アスリートの腸内細菌叢は、組織修復や炭水化物代謝、および食事からのエネルギーの利用などにおいて、優れた能力を持っている可能性がある
腸内細菌叢に対する各種トレーニングの影響
プロとアマチュアのサイクリストの腸内細菌叢を比較した検討では、明確な違いは認められなかった。ただし、トレーニング量(週当たりの時間)とPrevotella属の割合は正相関が認められたという。
一方、動物実験の結果は、運動により影響を受ける細菌群について一致した結果がみられない。運動によってもたらされる変化は個体の生理学的状態に依存するようにも考えられる
急性運動の影響については、ハーフマラソンに参加したアマチュアランナーのレース前後の糞便を検討した報告がある。それによると、多様性には大きな違いはみられなかったが、特定の細菌の割合はレース前後で異なっていたという。
身体活動が腸内細菌叢へ影響を及ぼすメカニズムは完全には明らかになっていないが、内因性の要因と外因性の要因が考えられる。また、過度の運動負荷は1回であっても、低灌流や脱水を介して腸の機能に影響をもたらす可能性がある。
ポイント
- 心肺機能(VO2peak)の高さは、微生物の多様性と代謝機能の増加、および短鎖脂肪酸の増加と正の相関があるようだ
- トレーニングは、身体活動量が少ない人の腸内細菌叢の構成と代謝能力を調節することができる
- 運動による腸内細菌叢の変化は、個人の生理学的状態に依存しているようだ
- 腸内細菌叢の代謝能力の運動による変化は一過性であり、反復運動の刺激に依存している可能性がある
- 長時間の過度の運動は、腸管粘膜透過性の亢進など、腸機能に悪影響を及ぼす
腸内細菌叢に対する"アスリート食"の影響
腸内細菌叢の研究において、運動と食事それぞれの影響を完全に分離し検討することは難しい。例えば、レジスタンストレーニングを行うアスリートは蛋白質の摂取量が多く、一方、持久系アスリートは炭水化物の摂取量が多いことが一般的である。そしてアスリートは非アスリートとは異なり、腸内細菌叢の構成に影響を与える食生活をすることが多い。
摂取エネルギー量の影響
健康な成人では、炭水化物の約85%、蛋白質の65〜95%、脂肪のほぼすべてが、大腸に入る前に吸収される。大腸の消化能力は限られているため、細菌叢がなければ栄養素はそれ以上吸収されず、便中に排出される。したがって腸内細菌叢はエネルギーの取り込みに重要な役割を果たしている。
90kgの男性の場合、腸内細菌叢は1日の摂取エネルギー量の7〜22%の取り込みに寄与すると期待でき、腸内細菌叢は明らかに体重増加または減少、および身体組成に影響を及ぼす。
栄養不良の小児は、腸内細菌叢の発達障害を示すことが観察されており、ビフィズス菌と乳酸桿菌種の相対的な量が減少する。エネルギーバランスは、栄養素に比較し運動による腸内細菌の変化として注目されることが少ないが、パフォーマンスに関連するだけでなく、スポーツにおける相対的なエネルギー不足(Relative Energy Deficiency in Sports;RED-S)の状態での健康にも関連がある。
蛋白質摂取の影響
各栄養素それぞれの影響を研究することが困難であるにもかかわらず、蛋白質摂取が腸内細菌叢の構成や機能に影響を及ぼすことに関するエビデンスが存在する。
高蛋白低炭水化物食を摂取したボランティアでは、有害な可能性のあるN-ニトロソ化合物の糞便中濃度が著しく増加したと報告されている。また動物性蛋白質を大量に摂取している5人の男性ボランティアの研究では、潰瘍性大腸炎に関与する硫化物生成が肉の摂取量に関連していることが示された。
一方、蛋白質と細菌叢の多様性の関係も報告されており、蛋白質の代謝産物である血中尿素レベルと細菌叢の多様性が正相関するという知見もある。しかし、長距離ランナーでは蛋白質摂取量が多様性と負の相関があるとの報告もみられる。これらの相違は、炭水化物と食物繊維の摂取量の違いの影響かもしれない。
炭水化物摂取の影響
食物繊維を含む炭水化物は、腸内細菌叢に大きな影響を与える。バクテリアと比較しヒトは炭水化物を分解する酵素がはるかに少なく、それらの酵素によって消化されるものは小腸で吸収され、食物繊維は消化されずに大腸へ到達する。よって食物繊維を含む炭水化物は、腸内細菌叢を調節する大きな可能性をもっている。
食物繊維の摂取量を増やしてもビフィズス菌の総量が増加することはないが、特定の食物繊維がビフィズス菌の量を選択的に増加させることが示されている。また食物繊維の摂取量の増加は、とくに細菌叢の多様性が低下した人のその改善と関連している。
トレーニングや競技中の消化器症状のリスクを減らすために、脂質や食物繊維を避ける栄養戦略が推奨される。ただし、複合炭水化物が不足していると、腸内細菌叢の構成と機能に悪影響を及ぼす可能性がある。多くのアスリートは、宿主の代謝とホメオスタシスの維持に有益な副産物を生成する共生細菌を養うのに十分な食物繊維を摂取していない可能性がある。また、難消化性デンプンを含む繊維を高蛋白食に加えることは、高蛋白摂取の潜在的な悪影響を低減し得る可能性があり、腸と全身の健康のために適切な食物繊維を摂取することが重要であろう。
脂質摂取の影響
蛋白質や炭水化物と同様に、腸内細菌叢に対する脂質のみの影響を特定することは困難だ。ただし、摂取する脂質の種類は重要であると思われる。げっ歯類の研究では、ラードを与えた動物は代謝機能障害の兆候を示し、対照的に魚油を与えた動物は乳酸菌のレベルが増加を示し、代謝機能不全から保護された。
脂質の多い食事は、消化管での上皮吸収が低下し、腸内細菌叢と相互作用する胆汁酸のプールを増加させる可能性がある。この相互作用は、腸内細菌叢の構成に影響を与える可能性がある。
ポイント
- 食事は腸内細菌叢の構成と活動に対する確立されたモジュレーターであり、食事の変更から24時間以内に細菌叢の構成の変化が生じる
- エネルギーバランスは、とくにスポーツにおける相対的なエネルギー不足(RED-S)による腸内細菌叢への影響を考慮する際、見落とされることが多い
- 食事のばらつきを考慮せずに、総エネルギー消費量の影響を調査することは、不可能ではないながら困難
- 腸内細菌に対する高蛋白摂取(または高脂肪摂取の併用)の影響は十分に研究されていない。この点は、高蛋白摂取と高繊維摂取の影響についても同様
- 蛋白質摂取は、細菌叢の多様性の強力なモジュレーターであるようであり、ホエイなどの蛋白質補充に関して、潜在的な利点が示されつつある
- 野菜由来の蛋白質は腸内細菌叢に明らかに影響を及ぼすが、アスリート対象の研究が必要とされる
- 今後の研究では、蛋白質と同時に摂取される脂質の種類と量を考慮し、腸内細菌叢に対する影響を調査する必要がある
- 食物繊維の摂取量の増加は、細菌叢の豊富さや多様性に関連している
- アスリートの炭水化物と食物繊維の摂取量の増加は、Prevotella属の増加と関連しているようだ
- 腸内細菌叢に対する脂質の影響を特定することは困難。ただし、摂取する脂質の種類は重要であると思われる
文献情報
原題のタイトルは、「The athletic gut microbiota」。〔J Int Soc Sports Nutr. 2020 May 12;17(1)〕
原文はこちら(Springer Nature)